第7話 実践訓練(下)

 突如として『纏光けいこう』が解けてしまい、無防備な姿をザックたちに晒してしまったセイヤ。


 だがセイヤは、なぜ『纏光けいこう』が急に解けたのか理解していなかった。


 実を言うとセイヤは『纏光けいこう』に使う魔力量を図り間違えていたのだ。


 『纏光けいこう』は光属性の魔力を身に纏うことで、身体能力を上昇させる魔法だとセイヤは考えていた。しかしそれだけでは魔法を発動することができない。


 なぜならそのままの肉体では上昇した身体能力に耐えることができず、自らで自らの肉体を壊してしまうから。


 なので、光属性の魔力で肉体の耐久力も上げなくてはいけない。


 セイヤは無意識のうちに肉体の耐久力を上昇させていたため、予想よりも魔力消費量が多く、魔力欠乏を起こしてしまったのだ。


 冷静に考えればすぐにわかることだが、今のセイヤにそんなことを考える余裕はなかった。


 「どうしたぁ、アンノーン。さっきの魔法は使わなくてもいいのか?」


 セイヤの無様な姿を見て喜々とするザックは、セイヤに向かって魔法を行使する。


 「我、火の加護を受ける者。今、我に火の加護を。『火弾ファイヤー・バレット』」


 ザックは次々と『火弾ファイヤー・バレット』」をセイヤに向かって行使していき、セイヤはその攻撃を防ぐ暇もなく全て受けてしまう。


 「うわぁぁぁぁぁぁ」

 「まだまだこんなんで終わらねーぞ」


 一切の容赦がないザックの攻撃にセイヤは苦しみ、ただ見ていたホアとシュラが急いでザックのことを止めにかかる。


 「おい、ちょっとやりすぎだろ」

 「そうだよ~。さすがにこれはダメだよ~」


 自分のことを止めようとする二人を、ザックはにらみつけた。


 「黙れ。お前らもこうなりたくなかったら中級魔法師一族に逆らうな」


 何かに取り付かれたように荒れ狂うザック。


 その姿は二人の知るザックとはかけ離れていた。しかし止めようにも、ザックは中級魔法師一族で二人は初級魔法師一族。逆らえば当然セイヤと同じ目にあう可能性もあるため、黙って見ているしかない。


 「おらおら、どうしたアンノーン。これで終わりか? あぁん? このクズ魔法師が」

 「うっ……」


 ザックの攻撃のほとんどを体中に受け、地面に倒れこむセイヤ。すでに意識がなくなりそうで、限界なのがわかるが、ザックはそれでも攻撃をやめない。


 「『火弾ファイヤー・バレット!』」

 「やりすぎだってザック」

 「そうだよ。これ以上は~」


 ホアとシュラの二人はザックに飛び掛かりながら魔法を行使するのを止める。


 いくらザックが中級魔法師一族だとしても、無抵抗の魔法師に過剰の攻撃を加えるのは、たとえ訓練であろうとも褒められたことではない。


 下手をしたら学園から何らかの罰則が下り、三人の家柄に傷をつけてしまう。


 「離せ!」

 「待てってザック」

 「そうだよ~」

 「うるせぇ。こいつは学園長に会って自分の地盤を固めようとしているクズ野郎だ。そんなやつをかばう必要がどこにある?」


 ザックが急に言い出したことを理解できない二人。そんな二人にザックは午前中の出来事を伝える。


 「学園長が言っていた。こいつを学園長の養子として迎えたいと。そしたらこいつのいじめもなくなると。こいつは俺と同じ中級魔法師一族になるために学園長に媚を売っていたんだ」

 「なんだよ、それ……」


 ザックの言葉に、ホアが言葉を失う。


 「こいつは中級魔法師一族である学園長の養子になることで、俺と対等になろうとしている。俺はこいつと対等になるなんて、ごめんだ」


 ザックの言っていることはあながち間違ってはいないが、それでも事実とは異なっている。午前中、ザックは偶然セイヤとエドワードが屋上で会話しているのを聞いていた。


 本来は生徒が入ることが許されていない屋上に生徒は近づかない。


 しかしセイヤはまるで許可されているのかのように(実際は許可されている)堂々と屋上に向かっていたため、ザックはセイヤに着いて行ったのだ。


 そこでザックが見たのが親しげに会話をしているセイヤとエドワードであった。


 二人は一生徒と学園長と言うような関係には見えず、ザックは扉に耳をつけ、二人の会話を盗み聞ぎしようとした。しかし扉が鉄製のため、会話の全てを聞くことができなかったのだ。


 ザックが聞けたのは、セイヤを養子にするというフレーズだけ。そしてザックは聞こえたフレーズからセイヤたちの会話を予想し、それをいつの間にか真実だと確信してしまったのだ。


 「ちっ……が」


 ザックの主張が間違っている、誤解が混じっている、そう伝えたかったセイヤだが、ザックの攻撃によりダメージが激しく言葉を発することができない。


 しかも運が悪いことに、ザックはセイヤが舌打ちをしたと認識してしまい、再び攻撃を始めようとする。


 先ほどまでザックを止めようとしていた二人も、ザックの話を聞いてしまったら止めることはできない。


 目の前にいるアンノーンこと、セイヤが自分たちよりも上の地位になろうとしているのだ。そんなことを認められるはずもない。


 「まだ終わらないぞアンノーン」

 「さすがに汚いぜ、アンノーン」

 「そうだ~そうだ~」


 三人はセイヤに向けて軽蔑の目を向けながら魔法を行使しようとする。次に攻撃を受けたらリタイヤしてしまう。


 そう直感的に悟ったセイヤだったが、魔力欠乏の状態ではどうしようもできない。今のセイヤにできることは、ただ現実を受け止めることだけだ。


 「終わりだ」

 「うっ……」


 セイヤが三人から魔法が放たれ、自分の負けを覚悟した時だった。 


 「『風牙ふうが』」


 その時、一つの大きな風が吹き、魔法を発動しようとしたザック達を吹き飛ばして木に打ち付けた。


 「えっ……?」


 何が起きたのか理解できなかったセイヤは、今にも途切れそうな意識を何とかとどめ、風の吹いてきた方を見る。


 そこには手を前にかざしたままの体勢の短い銀髪の少年がいた。


 風属性中級魔法である『風牙』を放ち、ザックたち三人を気に打ち付けたのはジン=ハイント。上級魔法師一族ハイント家の魔法師であり、セイヤたちのクラスメイトだ。


 上級魔法師一族とは、基本属性から派生した属性の固有魔法を持つ一族。その数はレイリア王国内でも少ないが、同時にそれほどの強さを持っているということだ。


 ジンの使った魔法は風属性中級魔法『風牙ふうが』。これは風属性初級魔法である『風刃ふうじん』を同時に複数放ち、刃で牙を作るといった魔法である。


 『風刃ふうじん』を同時に撃つ際、少しでもタイミングがズレればお互いにぶつかり合い威力がなくなってしまう。なので『風牙ふうが』はかなりの技術を必要とする魔法である。


 「てめぇ……」


 木に打ち付けられたザックが、立ち上がりジンのほうを睨む。一方、ホアとシュラの二人は気に打ち付けられた衝撃で、意識を朦朧としている。


 「ジン。どういうつもりだぁ?  人の獲物を横取りするとは」

 「別に……ただ目の前に三人いたから倒しに来ただけ……」


 ザックの問いに対し、ぶっきらぼうに答えるジン。その態度がザックのことをさらに苛立たせる。


 「てめぇ! ふざけんなよ」

 「ふざけてない」


 ジンの行動はいたって普通のことであり、ザックが文句を言える筋合いはない。ましてや相手は中級魔法師一族のザックよりも上である上級魔法師一族。


 もしジンがザックのように気性の荒い少年だったら、制裁があってもおかしくはない。だがそんなことにも気づけないほど、ザックは興奮していた。


 「チッ。ふざけやがって」

 「何度言わせる。ふざけてない」


 ジンのそんな態度が、ますますザックを苛立たせる。今にもジンに飛び掛かかかりそうな様子のザックだが、どうあがいたって実力が違っていた。


 そのことを本能的に理解していたザックはジンの攻撃を警戒する。


 「その言動がふざけ……あぁ?」


 その時、ジンがどんな攻撃を仕掛けてくるのかと警戒していたザックの胸を、何かが背後から貫いた。


 ゆっくりと視線を下ろし自分の胸を見たザックは自分の胸を貫く光を見つける。


 後ろを向き、その光を辿っていくと、そこにはうつぶせに倒れながらも、顔と右腕だけをこちらに向けているセイヤの姿があった。


 「アンノーン……てめぇ……」


 セイヤのことを憎しみを含んだ目で睨みつけるザックだが、次の瞬間、光の塵となってリタイヤする。


 (やった……)


 ザックのことを自分の手でリタイヤさせたセイヤは心の中で喜ぶ。最初こそ反撃する気はなかったセイヤだったが、ジンの登場によってザックに最大の隙が生まれた。


 そこからはただ無心で後のことも考えずにザックに向かって光属性初級魔法である『光延スプリード』をホリンズに行使していたのだ。


 『光延スプリード』はセイヤが四時間目に練習した魔法だ。あの時は枝を折ってしまったりしていたが、今は不意打ち、剣の耐久度などは関係ない。


 ただザックに届くぐらいの長ささえあればいい。


 セイヤはそうして魔法を行使して、初めてザックのことをリタイヤさせた。


 ザックを自分の手でリタイヤさせたことに、うれしさをにじみ出すセイヤ。そしてセイヤは自分のことを助けてくれたジンにお礼を言う。


 まさかアンノーンである自分を助けてくれるクラスメイトなどいないと思っていたセイヤは、そのこともかなり嬉しかった。


 「えっと……ジン君助けてくれてありがとう」

 「助けてない」

 「えっ?」


 衝撃の答えが返ってきてセイヤは戸惑う。


 「でもさっき三人を倒すって……」

 「それはお前が倒れていて見えなかったから。そしてお前も倒す」

 「えっ?」


 次の瞬間、セイヤの意識はぷつんと切れた。


 ジンの風によって、首を切られてリタイヤしたのだ。今回の授業はサバイバルであり、周りは全員が敵である。そのことをセイヤはもう少し考えておくべきだった。


 その後、ジンは木に打ち付けられてのびている二人もリタイヤさせて、新たな戦闘域へと向かう。


 ジンによってリタイヤさせられたセイヤの授業はここで終わりだ。


 しかしセイヤの一日はまだ終わらない。また新たな問題がセイヤのことを待っているのであった。

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