第12話 ユア
セイヤは目の前で少女が倒れているのを見つけたが、すでに生きているとは思ってはいなかった。
なぜなら、セイヤが先ほど行使した魔法は、自分以外のものすべてを消滅させる魔法であり、少女の体が残っているだけでも奇跡に近いから。
少女の体が残っている可能性として考えられることは、少女がとっさに光属性の魔法で自分のことを防御したが、結局セイヤの『闇震』の威力に勝てず、体だけ残してこの世を去ったというところだろう。
闇属性と光属性はお互いに得意とし同時に不得意とする、相対している属性である。
拮抗する二つの属性は最終的に魔法の威力で勝敗が決するため、セイヤの全魔力を使って行使した『闇震』はかなりの威力だった。
セイヤの使った『闇震』は闇属性上級魔法に分類される強力な魔法であったが、その魔法を使う魔法師はほとんどいない。
なぜなら『闇震』は魔法師の全魔力を代償にして周囲のすべてを無差別に消滅させる魔法であり、ほとんどの場合が自爆や、相手を道連れにする際に使われる魔法だから。
一方、セイヤが最初に使った魔法は闇属性初級魔法『闇波』と言い、闇属性魔法の中でも基本中の基本の魔法である。
魔法師が消滅させたいと思う対象だけを消滅させることができる魔法であり、その中でも最大の特徴は、詠唱までも消滅させることができるというところだろう。
闇属性を使う魔法師の中でもレベルの高い魔法師は、他の魔法を使う際に、複合魔法と同じような感覚だが、微妙に早いタイミングで『闇波』を行使して、本当に行使したい魔法の詠唱を消滅させることが出来る。
これは理論上の無詠唱だ。先ほどセイヤが『闇震』を無詠唱で行使できたのもこれが理由であった。
しかし、レベルの低い魔法師が同じことを行おうとした場合、タイミングが合わず、本来行使したい魔法自体を消滅させてしまい、ただ魔力を発散させるだけになってしまう。
このことからセイヤのレベルがどのくらい高いかがわかる。
そんな時だった。
「なに?」
目の前ですでに息を引き取ったと思われる少女が動いたことに、セイヤは驚いた。
「どういうことだ……」
セイヤは自分の全力に近い『闇震』を受けても生き残った少女が何者なのか気になったため、少女に近づく。
しかし倒れている少女に近づくセイヤの動きには、少女に対する警戒がかなり含まれている。それは少女が何者かわからない以上、隙を作るわけにいかないから。
いつでも闇属性を行使できる状態でセイヤは少女に話しかけた。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
「おい、大丈夫か?」
「んっ……」
セイヤの呼びかけで少女が目を覚ます。
少女が目を覚ましたことにひとまず安心を覚え、セイヤはそこで初めて少女の全身を視界にとらえた。
目を覚ました少女は、スラッと伸びた色白の手足に、見る者を魅了するほど綺麗な赤い瞳、さらさらと艶のある白く長い髪に、端正な顔たちをしており、その少女はお世辞抜きで、絶世の美少女だった。
だが、たとえ絶世の美少女だろうとも、セイヤは警戒を解かない。すると少女が初めて言葉を発する。
「…………誰?」
その声は澄んでいて、とてもきれいな声だった。
セイヤはそんな少女に自分の名前を言う。
「俺か? 俺はセイヤ、キリスナ=セイヤだ。お前は?」
セイヤが自分の名前を名乗ると、少女も小さな声で自分の名前を言う。
「ユア……ユア=アルーニャ」
「ユアか。ユア、どこか痛いところとかはないか?」
セイヤはすぐにユアの身体に違和感がないかを確認する。
別にセイヤは戦闘狂でもなければ、人を殺すことに快感を覚えているわけでもない。
一応、人は死なないほうがいいと思っているし、自分もあまり人を殺したくないと思っている。だからセイヤはユアのことを心配していた。
「大丈夫……」
「そっか、それはよかった」
ユアの言葉を聞き、セイヤは一安心する。けれども、セイヤはまだユアに対する警戒を解かない。
なぜなら今のユアの状況には違和感しかないから。
本来の力を取り戻したセイヤの魔力に対抗しえる力を持っているであろうユアが、なぜ非魔法師ごときに捕まったのか。
それにいくら魔封石があるからといって、セイヤの闇属性に対抗しうる光属性を持っていれば、逃げることは容易だ。
なので、セイヤはそこらの事情をまとめてユアに聞く。
「なんでユアは捕まっていたんだ?」
「油断していた……いきなり後ろから薬品を嗅がされて、気づいたら閉じ込められていた……でも急に全部消えた……」
ユア曰く、彼女はアクエリスタンに住んでいる十六歳の魔法師で、魔法学年二年の学生魔法師であり、学園からの帰り道で油断していたところを誘拐されたそうだ。
ユアの説明を聞き、セイヤは驚愕する。それは油断して捕まったことでもなければ、薬品ごときに負けたことでもない。
ユアが十六歳で、セイヤの同級生という事だ。
ユアの見た目は確かに美少女であるが、その外見はどう見たって訓練生にしか見えない。纏う雰囲気がどこかボーっとしているせいかもしれないが、初見で十六歳と見破ることはできないであろう。
そんなユアがセイヤのことを見つめる。
ユアの綺麗な紅い瞳が無表情なユアの表情をどこか神秘的にしており、セイヤはユアの視線に居心地の悪さを覚えた。
「なんだよ? そんなにジロジロ見て」
「セイヤは十七歳……私よりお兄ちゃん……」
「まぁ、そうだな。同級生だけど」
急に何を言い出すのか、と思うセイヤ。この時点でセイヤのユアに対する警戒は完全に解かれており、むしろユアという少女に興味が湧いていた。
しかしユアという少女はセイヤの想像を絶する存在だった。
「だから家まで送って……」
「———————————はっ?」
急に何を言い出すのか…………セイヤは全く理解ができなかった。
「家まで送って……」
「いや、まて。なぜそうなる? ユアも魔法師なら一人で帰れるだろ。しかも俺が年上だとしても学年は変わらないだろ? ふつうそれは同い年というのだが……」
常識を超えるユアの要求に、セイヤは何と言えばいいかわからない。
だがそんなセイヤにことを置いて、ユアは説明を続ける。
「学年は一緒でもお兄ちゃんはお兄ちゃん……今はセイヤが十七歳……私は十六歳……セイヤの方がお兄ちゃん。それに一人じゃ無理……」
そんな答えにセイヤは唖然とする。よくわからない理論を言われた上に、一人じゃ帰れないから家まで送れというのだ。
いくらユアが少女だとしても、ここから近くにあるフレスタンに戻れば、いくらでもアクエリスタンに帰る手段はある。
教会に行けば手続きをしてくれるはずだし、アクエリスタンに入ればもう家に着いたも同然だ。なのに、ユアはなぜか無理と言った。
仕方なくセイヤはユアに聞くことにする。
「なんでだ?」
「ダリス大峡谷を通るから……」
「はっ?」
今度こそセイヤは完全に言葉を失い、目の前の少女のことを理解できなくなる。
ユアの言ったことは常人の考えでは到底考えつかないほど、ぶっ飛んでいることだから。
「ダリス大峡谷ってあの暗黒領にある超強い魔獣達がいるっていう?」
「そう……」
どや顔で答えるユア。
なんと彼女は強力な魔獣たちの巣窟であるダリス大峡谷を通ると言い出したのだ。
ダリス大峡谷とはフレスタンとアクエリスタンの境界線の延長上にある大峡谷のことであり、強力な魔獣の住処として知られている。
また、なんでもウンディーネも住んでいるという噂があり、人々は絶対に近づかない場所だ。
ダリス大峡谷に行った者は絶対に帰ってこないという噂はレイリア王国でも誰が知っていることである。
昔、どこかの馬鹿な魔法師達がウンディーネを探しに行き、ダリス大峡谷の魔獣達に追いかけられて死んだ挙句、その魔獣達がフレスタンに進行したという事件があったぐらいだ。
なのに、なぜ彼女はダリス大峡谷を通ろうとするのか、セイヤには理解できない。はたしてユアにどのような理由があればそのような考えに行き着くのか。
「なんでドヤ顔なんだよ! 普通にフレスタンから帰ればいいじゃないか」
「無理……私は多くの人が苦手……人が多いところは一人で通れない……。だから人のいないダリス大峡谷を通る……ということでセイヤ着いてきて……」
何を言っているのか全く分からないユアに唖然とするセイヤ。
要約すると、ユアは人混みが苦手だから人のいないダリス大峡谷を通って境界を越えたいと言っているのだ。ダリス大峡谷には強力な魔獣たちがいるというのに。
「いや、それこそ無理だから」
当然、セイヤはそんな提案に乗る気はない。どうにかして生き残れたというのに、これからまた自殺行為をする気などセイヤには毛頭なかった。
そこでセイヤはあることに気づく。
「なぁ、俺が一緒に行けばフレスタンから帰れるのか?」
一人がだめなら二人で行けばいい。だがこのとき、セイヤはユアという人間の考えを完全には把握できていなかった。
「ダメ……セイヤはフレスタンに着いたらそのまま消えるかもしれない……。だから逃げられないダリス大峡谷に行く……もう決定事項……セイヤも着いてくる……」
頑なにダリス大峡谷を通ろうとするユア。いくら人混みが苦手だからといって、それだけであのダリス大峡谷を通ろうとするとは考えられない。
再び、セイヤの中でユアに対する疑念が生じ始めた。
セイヤがユアのことを疑い出したように、ユアもまた、セイヤのことを心の底から信頼しているわけではない。
ユアにはある秘密がある。もし、その秘密がセイヤに知られてしまったら、セイヤはどのような行動をとるかわからない。
だからこそ、ユアはダリス大峡谷を通るという方法を選んだのだ。
しかし、例えユアがどう思っていようとも、セイヤには認めることが出来ない。なによりよくわからない少女とダリス大峡谷に行くなど自殺行為である。
「まてまて、逃げないから、しっかり家まで送るから。だからフレスタンに行こう。なぁユアもう一度考え直せ」
「信じられない……それにダリス大峡谷に行くのはセイヤのためでもある……」 「なっ……」
ユアの言葉を聞き、一瞬にしてセイヤの表情が変わった。
「俺のため?」
「そう……セイヤが持っている闇属性は人目に付くと大変……」
「なぜ闇属性魔法のことを知っている?」
セイヤの纏う雰囲気が一瞬にして変わった。
なぜ目の前の少女は闇属性の存在を知っているのか。闇属性の存在は聖教会の中でも一部の人間しか知らない超機密事項であり、聖教会が必死に隠しているものである。
セイヤはもしかしたらユアはダクリアから送られてきたスパイではないかと考えたが、すぐにそんなことは無いと理解する。
もしユアがダクリアのスパイだというのであれば、ユアの選んだ人は相当の馬鹿だから。
ユアの性格はスパイをするには向いていない。ダクリアが送り込んでくるスパイならもっとしっかりとしている人のはずである。
セイヤがそんなことを考えていると、ユアがどこで闇属性を知ったのかを言う。
「お父さんから聞いたことがある……でも本物を見たのはさっきが初めて……」
「ユアの父さんって何者だよ?」
「お父さんはすごい人……」
興味深い話にセイヤは考える。ユアの父親は闇属性の存在を知っている。それはつまり、セイヤ以上にレイリアとダクリアの関係について知っているかもしれない。
もしかしたら、セイヤのまだ思い出せてない記憶のヒントになるかも、セイヤはそう考えた。
実はセイヤはまだ記憶をすべて取り戻したわけではない。さっき取り戻した記憶はセイヤが八歳までの記憶で、まだ八歳から十歳の記憶を思い出せていなかったのだ。
たしかにセイヤの闇属性は人目に付くと危ない。下手をしたらレイリア王国に入った瞬間に、たくさん魔法師から攻撃をされるかもしれない。
そうなってしまえばセイヤの人生は終わりだ。
それにユアの父親が気になる。闇属性魔法の存在とその対処法を知っている存在。いったいユアの父親は何者なのか。
今のセイヤにとって闇属性は最大の懸念材料だ。もしウィンディスタンに戻っても、その存在を知られてしまった場合、どうしていいかわからない。
だがユアに着いていけば見つかるリスクが低く、安全にレイリア王国に入ることができる可能性がある。
ダリス大峡谷は確かに危ないところだ。しかし今のセイヤには闇属性という強力な力がある。
場合によっては、強力だが単純な魔獣より、非力だが頭の利く人間の方が厄介かもしれない。それなら力技でどうにかなるダリス大峡谷を通る方がいいだろう。
それにもしユアが裏切ったりしても、その時は闇属性ですべてを消滅させればいい。
だからこそ、セイヤは覚悟を決めた。
「わかった、ダリス大峡谷に行こう」
「ありがとう……」
こうして、二人はダリス大峡谷に行くことになった。
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