第11話 覚醒
セイヤの中で響いた声は、セイヤが今まで聞いたこともない声だった。その声からは憎悪や殺意など負の感情が濃密に感じられ、とてもとても深い闇のようである。
その闇は、セイヤのことを飲み込むことなど造作もないように感じられた。
しかしとても深いはずの闇は、不思議とセイヤに怖いという感情を抱かせず、どこか懐かしいといった感情を抱かせていた。
目の前に渦巻く深い、深い闇にセイヤは問いかける。
(誰?)
(憎いか? 少年?)
深い闇の声はセイヤに向かって問う。セイヤは謎の声を無視することができずに会話を始めてしまった。
(憎いって?)
(見捨てたあいつらが、理不尽な扱いが、この世界が)
セイヤは謎の声が自分の心の中にスーッと入って来るのを感じた。その感覚は、まるで謎の声が自分の心と話しているようで、セイヤは自然と思っていることを口にしてしまう。
だがそれは入ってはいけない領域への一歩であり、セイヤはもう戻れないところまで来てしまっているということでもあった。
けれども、嘘をつくことはできない。
(憎い。見捨てたあいつらが。理不尽な扱いが。こんなひどい世界も憎い)
セイヤは言ってしまった。それはついに入ってはいけない領域へと入ってしまったことを表していた。
(そうか……なら少年に力を)
(力をくれるの?)
セイヤは力と言う単語に反応する。その単語は今までセイヤが持つことのできなかったものであり、セイヤが何よりも心の底から欲するものだ。
(違う。少年はもう持っている。全てを消滅させる最強の力を)
(すべてを消滅させる力? そんな力、僕は持ってないよ)
セイヤにはすべてを消滅させる力など持っていない。そんなことはアンノーンと軽蔑されて来たセイヤが一番知っていることだ。
(持っている。ただ、忘れているだけだ。思い出せ少年。本当のお前の力を)
(本当の僕の力を思い出す?)
セイヤがそう言うと声の主である深い闇がセイヤの方へと迫る。
いつものセイヤだったら逃げるか防御するかの二択だが、この時はなぜかどちらでもなく、受け入れるという選択をとった。
なぜそんな選択をしたのか、セイヤ自身わからなかったが、何となくその深い闇を拒絶する気にはなれなかったのだ。
深い闇がセイヤのことをどんどんと飲み込んでいく。闇に飲み込まれたセイヤは闇の中で不思議な体験をするのだった。
十二年前 レイリア王国ウィンディスタン地方南部 エルネルニタの街
街から離れたところにある深い森の中に二つの人影があった。
「パパ~」
「どうしたセイヤ?」
「みて、みて、紫の魔法陣」
二つの人影の正体は一組の親子だ。父親は平均よりも高い身長に、まるでルビーのように輝く紅い瞳と色が抜け落ちたかのような白い髪をしている。
さらに顔には特徴的な大きい傷跡があり、初めて見たものは誰もがその男のことを怖いと感じるであろう。しかし、今の男の顔は完全にやさしい父親の顔であった。
子供の方は五歳になるくらいの男の子だ。金色の髪にきれいな青い瞳を持つ少年は、一見父親とは似ていない容姿だが、どこか纏う雰囲気というのが似ていた。
少年の手の上には、特徴的な紫色の魔法陣が展開してある。
少年が魔法陣を展開していることから親子は二人とも魔法師ということがわかる。
魔法師なら自分の子が魔法陣を展開したりすると子供の成長を感じられうれしくなるものだが、父親の顔はとてもうれしいという顔には見えず、むしろ悲しそうだった。
なぜなら、金髪の少年が展開している魔法陣は、レイリア王国では異端の力として扱われてしまう魔法だから。
レイリア王国では光属性の魔法陣なら黄色、火属性の魔法陣なら赤、水属性の魔法陣なら青、風属性の魔法陣なら緑であり、派生した魔法陣なら他の色になり得るが、紫などという色にはなることはない。
これは魔法師の間での常識であり、不変の事実であった。だがこれはレイリア王国の常識であり、世界の常識ではない。
レイリア王国の周りには暗黒領というものが広がっており、暗黒領には魔獣がたくさん住んでいて、人などは一人も住んでいない。
ということも、レイリア王国での常識である。
しかし現実は違った。
暗黒領にも国が存在している。正確にはレイリア王国との間に暗黒領を挟むような形で存在する国。
その国の名前はダクリア帝国といい、レイリア王国と同じようにたくさんの人々が暮らしている。
ダクリア帝国の大きさはレイリア王国の中央王国と変わりない。そのかわり、同じような大きさの都市が七つ、ダクリア帝国の傘下として存在している。
その都市に名前などなく、ダクリア一区からダクリア七区と単純な名前で呼ばれていた。
七つの都市はダクリア帝国に隣接せず、暗黒領を挟んで点在している。このダクリア帝国と傘下の七区を合わせた国を、その国ではダクリア大帝国という。
ダクリア大帝国は、大魔王ルシファーがトップに就くのが伝統であり、各区には魔王と言われる者たちが君臨していた。
ダクリア大帝国の魔法の常識は、レイリア王国とは違う。
闇属性の魔法陣なら紫、火属性の魔法陣なら赤、水属性の魔法陣なら青、風属性の魔法陣なら緑となっており、帝国には光属性の魔法という概念が存在しない。
そんな二つの国は、間に魔獣の住処である暗黒領を挟むため、交流は皆無だ。
しかしお互いがお互いの存在を知らないというわけでもなく、レイリア王国でも一部の人間は、ダクリア大帝国の存在を知っている。
その一部というのは聖教会のなかでもとくに地位の高い者たちである。彼らはダクリア大帝国と闇属性魔法の存在を民衆には秘匿していた。
話は親子に戻る。
「遂にセイヤも闇属性を……」
「パパ?」
父親らしき人は男の子が展開する魔方陣を見て、ついにこの時が来たかという顔をしている。子供の方は父親のことを見て首をかしげていた。
「セイヤ。この紫の魔法陣はパパの前以外で使っちゃだめだぞ」
「なんで?」
「この紫の魔法陣を使うと友達とかいなくなっちゃうからだ。ロナちゃんがいなくなるのはいやだろ?」
「いやだ~」
「じゃあ使わないって約束な。セイヤ」
「うん! 約束」
少年は元気よく返事をして父親に抱きつき、父親も少年のことをやさしい笑顔で受け止める。
「さて帰るか。ママも待っているぞ」
「うん!」
親子は肩車をすると、家に帰るために歩いて森を出た。
親子が住宅街に入ると、そこには小さいがおしゃれな家が何軒も建っており、親子はその中の一つである自宅に入っていく。
親子がちょうど家に着くと、家の中から綺麗な金髪の女性が出て来た。
「ママ!」
「おかえりセイヤ、あなた」
「ただいま、ママ!」
子供は笑顔で母親のほうへ駆け出す。
「あぁ、ただいま……」
ママと言われた女性は、きれいな金髪を腰の上まで伸ばし、鮮やかな青い瞳を持っており、とても子持ちのようには見えないほど美しい。
母親は子供が近寄ってくると、優しく抱き上げて自分の腕の中へ抱き、子供と夫に優しい笑顔を向ける。
子供は母親に抱っこされながらニコニコしていた。
しかし父親の方の顔がさえないことに気づいた妻が、不思議に思い、優しく夫に質問をする。
「どうしたの、あなた?」
「セイヤが闇属性の魔法陣を展開した」
「そう……遂にこの時が来たのね」
母親の表情が一瞬にして曇る。しかし父親の話はこれで終わりではない。
「あぁ、そろそろ光属性の魔法陣も展開するだろう」
「そうね……そしていつかはその上の……」
「ママ?」
「大丈夫よセイヤ」
父親は覚悟を決めた顔で妻に向き合い、それに応えるように妻は夫にうなずいた。
「あと五年だな……」
「えぇ、あなた。その後は、セイヤにがんばって貰うしか……」
次の瞬間、母親が泣き出す。
「ママ?」
子供が心配そうに聞く
「ごめんね、セイヤ。ごめんね」
「セイヤ。明日からパパと魔法の特訓をしよう。あの紫の魔法も使いこなせるようにしないとな」
「うん!」
母親は子供を大事に抱き、父親も母親と子供に抱きついた。
ここでセイヤの意識は深い闇から解放される。
(思い……出した……。あれが僕の……いや俺の両親)
(思い出したか。それがお前の力だ)
(お前は一体誰なんだ?)
セイヤは黒い声の主に問う。しかし答えは得られない。
(私はお前の記憶の一種でありお前でもある。だから私の力を存分に使え)
そう言い残して、深い闇はどこかへと消えていった。最後までセイヤは声の正体がわからなかったが、敵ではないということは確かだ。
(そうか。ありがとな……記憶を返してくれて)
セイヤは最後に記憶を返してくれた謎の声にお礼を言う。
セイヤはゆっくりと目を覚ました。
目を覚ましたセイヤのことを見て、白衣の男が「なに? 起きただと!? 麻酔が効かなかったのか!?」などと言っているが、セイヤには関係ない。
「『闇波』」
セイヤがつぶやいた瞬間、紫の波がセイヤから発せられて、セイヤを拘束していた拘束具を消滅させる。
その光景に、白衣の男はありえないという目をしながら叫ぶ。
「貴様ぁぁぁぁぁ一体何をした? なんだ、これは? こんなの聞いたことないぞ。貴様は一体何者だ?」
白衣の男は先ほどまでの余裕を失って、今では完全に無様な姿さらしている。
しかし無理もないことだ。研究者だった白衣の男は、自分の知識量に相当の自信を持っていたのだが、セイヤが使った魔法は男の知識にはなかった。
この国の魔法はすべて知っている、と自負していた男が知らない魔法を使われ、冷静さを失う。
だがセイヤが使った魔法は本来レイリア王国には存在せず、その名前さえ聖教会によって秘匿にされているため知らなくて当然だ。
セイヤはそんな白衣の男に構わず右手を前に出して魔法を行使する。
そこには白衣の男に対する殺意や理不尽なこの世に対する恨みなどはない。あるのはただの魔力だけ。
セイヤはこの時すでに、白衣の男や、この世界に対する関心を失っていた。
「『闇震』」
セイヤの言葉の直後、セイヤを中心に全方向へと一つの大きな波が発生した。
その波に触れたものはすべて消滅させられていき、その存在があったこともわからなくなる。
消滅したのは人間も同じであり、白衣の男は亡骸も残さず、その姿を一瞬にして跡形もなく消した。
そしてセイヤの周りに広がるのはただの更地。この場所に施設があったと言ったら誰が信じるだろうか、というくらい何もない。
広がるのはただの暗黒領だけで、一緒に捕まったザックたちがどうなったかなどわからない。しかしセイヤにとってはすでにどうでもいいことだ。
セイヤは更地になったあたり一面を見て、小さく息を吐きつぶやいた。
「これが闇属性魔法か……」
闇属性。ダクリア大帝国に存在する魔法であり、特殊効果は『消滅』。あらゆるものを消滅させることのできる魔法であり、光属性と相反する魔法だ。
空を見上げながらセイヤは自分の思想が変わっていることに気付く。
謎の体験をする前までは、争いごとは避け、平和的解決を望んでいた自分がいたが、今は違っていた。
歯向かうものがいれば、消滅させればいい。干渉してこないものには興味がない。
まるで人間をやめたかのような感覚。今の自分が人間なのか、セイヤにはわからなかった。
セイヤの心はこの時すでに枯れていた。
だからセイヤはこれから自分がどうすればいいのかわからない。何をしたいのか、何をすべきなのか、自分では全く思いつかない。
「ん?」
そんな時、セイヤは十メートルほど先で、うつ伏せで倒れている少女を見つけた。
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