第10話 見捨てられたセイヤ
ここが暗黒領という衝撃の事実を語られたザックたちが信じられないだの、頭がおかしいだのと、小声で言い始める。
「おかしいだろ……」
「五月蝿いモルモット共だな。また電気を流すぞ?」
「「「「くっ……」」」」
そんなザックたちの反応を見て、白衣を着た男が再びリモコンを見せびらかす。それによりセイヤ達は黙るしかなくなる。
「わかれば、よろしい」
「ひとついいですか?」
白衣の男に対して、セイヤが質問をする。
「なんだ? 話の分かる餓鬼」
どうやら白衣の男はセイヤに対しては比較的いい感情を持っているらしく、質問などにも答えてくれるようだ。
だからセイヤは少しでも情報を集めようとした。
「最近ウィンディスタンで多発している人攫いはあなたが原因ですか?」
もしウィンディスタンでの人攫いも目の前の白衣の男であるのなら、おそらく攫った魔法師の数も、ものすごいはずだ。
それはつまり、犯行に及んだ数も多いという事であり、もしかしたら何かしらの失態を犯しているかもしれない。
セイヤはそれに期待していた。
「ほぉ……よくわかっているな。その通りだ。と言ってもウィンディスタンだけではない。アクエリスタンからも攫っている」
「そんな……」
想像以上の答えが返ってきて、言葉を失うセイヤだが、同時に希望も見えた。
男の証言通りなら、フレスタン、ウィンディスタン、アクエリスタンの三つの地方の教会と聖教会、つまりレイリアの全機関が捜索に動いていることになる。
それなら時間を稼げばいつか助けが来るはずだ。
「もう何人の魔法師を攫っては殺したか。クフフフ」
「なんて野郎だ……」
「完全に狂っている」
「そんな~」
「好きに言っているがいい。哀れなモルモットたちよ」
完全に目の前の男は狂っている。魔法師のことをただの実験道具としか思っておらず、人の命に対してもまるで罪悪感がない。
これは一刻も早く対策を立てなければならない問題である。セイヤは有益な情報を手に入れられたので、この男が去ったらすぐにザックたちと作戦会議をしなければいけないと考えた。
「せいぜいおとなしくしているのだな」
白衣の男はそう言い残して、立ち去ろうとしたが、そこに一人の男が白衣の男に駆け寄ってきて耳打ちをする。
すると、駆け寄ってきた男の話を聞いた白衣の男はにやりと笑みを浮かべながら、セイヤたちの方を見て言った。
「残念な知らせだ。私たちはいま金に困っている。そこでとりあえず貴様らの中から一人選べ。今からそいつの臓器を貰うことにする。知っているか? 魔法師の臓器は高く売れるのさ」
「「「「なっ……」」」」
「私は優しいからなお前らに選択の余地を与える。三分で決めろ」
ニヤニヤと極悪な笑みを浮かべている白衣の男は、まるでセイヤたちの話し合いを楽しみにしているようだった。
自分の命を前にしてどのような選択をするのか。白衣の男にとってはそんな人間の醜さが何より好物だった。
「狂いすぎだろ……」
「無駄口叩く暇があったらさっさと決めろ、デカブツ。また電気を流されたいか?」
「くそっ……」
「早く決めないとこっちで選ぶぞぉ? クヒヒヒ」
セイヤはどうすればいいのかを考える。ここにいるのは先ほど協力しようと誓った仲間たち。まずは男に聞かれないように話し合いをしたいところなので、時間を稼ぐべきか。
そんなことを考えながら仲間たちのことを見たセイヤだったが、仲間たちはセイヤのことを見つめていた。
「えっ……まさか……待ってよ、みんな! さっき……」
「うるせぇ! アンノーン、俺は中級魔法師一族だぞ」
「そうだアンノーン。お前は死んでも悲しむ人がいないだろ? 俺らには家族がいる」
「頼んだよ、アンノーン~がんばれ~」
「それに、これこそお前にできる唯一の協力だろ」
「ちょっと待っ、『決まったようだな』……」
白衣を着た男がそう言うと、後ろに控えていた男たちが牢のカギを開けセイヤのことを連れ出す。
その際、ザックたちが抵抗できないようにと白衣の男がザックたちに電流を流していたため、ザックたちはカギを奪うことができない。
そもそもザックたちは狂っている白衣の男を目の前にして脱獄する勇気を失っていた。
「さて、話のわかる餓鬼だったが仕方ない」
「待ってよ! ザック君! ホア君! シュラ君! 仲間って言ったよね!」
「「「ああ、そうだ。だからじゃあな! アンノーン。お前の犠牲は無駄にしないぜ」」」
ザックたちは狂ったような笑みを浮かべながらセイヤのことを見送る。三人は自分が生き残るために必死であり、おそらくこれからも仲間のことを見捨てていくのだろう。
別れ際まで裏切った三人を睨むセイヤだったが、その後、目隠しをされてしまう。
目隠しをされたセイヤは男たちに連れられてどこかへと向かう。
途中、階段を上ったようなので、セイヤたちが今まで地下にいたという事が分かったが、そんなことセイヤにとってはもうどうでもよかった。
ある部屋に着くと男たちがセイヤの目隠しを外す。するとそこは手術室のようなところであり、広い部屋の真ん中に一つのベッドが置いてあった。
セイヤはその真ん中のベッドに寝かされ首、手首、足首、お腹に拘束を受けてベッドに貼り付けられてしまう。
抵抗しようにも、体は拘束され、魔法も魔封石の影響で使えない。そんなセイヤのことを大きなライトが照らした。
少しすると、手術着に着替えた白衣の男が手術室に入って来る。隣には助手のような研究者もいて、まさに手術直前であった。
白衣の男と助手の男は手術機器などをセットしていき、セイヤはなんとか抵抗しようと暴れるが、ベッドに貼り付けられたままなので動けない。
そんなセイヤに対して白衣の男が言う。
「私も鬼ではない。遺言くらいは聞いてやるぞ。話のわかる餓鬼よ」
それが情けか、はたまた男の気まぐれか、わからないが、セイヤにとってはどちらでもよかった。セイヤは一生懸命に命乞いをする。
「やめてください! お願いします。助けてください。何でもするから!」
「なるほど。残念だがそれはできない話だ。ここでお別れだな、話のわかる餓鬼よ」
「ンーンーンー! ンーンーンー!」
男はセイヤに麻酔をかけるために、セイヤの口にマスクを押し当てる。そして徐々に麻酔が効き始め、セイヤ意識を奪っていく。
意識がかすんでいく中、セイヤは考える。
(なぜ僕なんだろう……なぜ僕はアンノーンと言われて軽蔑されるんだ……なぜ僕には親がいないのだろう……なぜ僕にはちゃんとした記憶がないのだろう……もし僕がアンノーンじゃなかったら……もし僕に本当の家族がいれば……なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜなぜなぜなぜなぜ、なぜ?)
セイヤは自分の人生はなんと虚しいものなのだと感じていた。
十歳までの記憶がなく、保護されてからも教えて貰えた魔法は基本のごく少し。学園に入ったら学園中からアンノーンと軽蔑され、訓練ではクラスメイトからリンチを受け、拉致されたけど仲間ができたと思ったら裏切られ……。
(あぁ、僕はこのまま惨めに死んでいくんだ。つまらない人生だったな……。もっと僕に力があったら……)
もしあの時、反撃していなかったら、もし財布を取りにいかなかったら、もしエドワードの養子になっていたのなら、もし今日学園を欠席していたら、もし魔法学園に通わなかったら。
そんな後悔を思い返すセイヤ。
そしてついに、麻酔によってセイヤの思考が止まりそうになる。
麻酔に抗い続けようとするセイヤだったが、ふと思った。
どうせ殺されるのだったら、このまま麻酔に抗い続けて痛みながら死ぬより、素直に麻酔で意識を失って楽に死んだ方がいいのでは、と。
そう考えたセイヤは自ら意識を手離そうとする。
そんな時だった。
(憎いか?)
セイヤの頭の中で声がした。
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