第9話 狂った科学者

 冷たい。セイヤはそう感じた瞬間、一気に意識を覚醒させる。


 目を覚ましたセイヤが周りを見ると、そこには無機質な材質でできた壁と鉄格子が広がっており、自分たちが人工的に作られたであろう牢屋にいることが分かった。


 「ここは……」


 気を失う前のことを思い出そうとしたセイヤは、周りで倒れているザックたちを見つける。ザックたちは全員手足を手錠で拘束されており、セイヤもよく見ると、手足を手上で拘束されていた。


 「ザック君! ザック君!」


 セイヤは気を失っているザックのことを揺す。幸いザックは数回揺しただけで意識を取り戻し、ホアたちもすぐに意識を取り戻した。


 意識を取り戻したザックたちは自分たちが拘束されていることに気づくと、すぐにセイヤに詰め寄り説明を求める。


 「おい、アンノーン。てめぇなにをした? ここはどこだ?」


 この状況をセイヤの犯行だと決めつけたザックがセイヤに跳びかかる。セイヤは慌ててザックのことをなだめながら説明を始めた。


 「ザック君待って! 僕は何もしてないよ。ザック君達に危害を加えたのは闇組織の男達なんだよ!」

 「あぁ? 闇組織だぁ? 信じると思っているのか?」

 「本当だよ。僕だってつかまっている」

 「あぁん? どうせお前が仕組んだだろぉ」


 ザックが大声で叫びながらセイヤにつかみかかっていると、ホアとシュラがセイヤに助け舟を出す。二人とも冷静に状況を判断したらしい。


 「おいザック! どうやら俺ら捕まったみたいだぞ。ほらこの手錠をみろ。それにここの作り……」

 「おかしいな~魔法が使えないよ~」

 「なに、魔法が使えないだと? どういうことだぁ? おぃアンノーン」


 ザックは魔法が使えないのも、セイヤの仕業だと思っていた。


 「待って……僕にも分からないよ。でもわかっているのは僕達は麻酔銃のようなものを撃たれて、ここに運ばれて来たってことだよ」


 セイヤが言っていることは事実なのだが、ザックにしてみればセイヤに暴行を加えていた時、急に意識を失ったのだ。


 そう簡単にセイヤのことを信じることはできない。


 「ザック、どうやらアンノーンの言っていることは本当みたいだ。この手錠はおそらく魔封石でできている。魔封石を扱っているのは闇組織ぐらいだ。それにアンノーンがこんな施設に魔封石を準備できるとは思えない」

 「魔封石だと……それは本当か、ホア?」

 「ああ、間違いない。一度実物を触らしてもらったことがあるが、この手錠はその時に触った魔封石と同じだ。おそらく犯人は……」


 魔封石とはその名のとおり魔法師の魔法を封じる鉱物である。


 本来は聖教会などが罪を犯した魔法師を逮捕するためなどに使われているのだが、一部の裏社会では誘拐などに使われていた。


 希少性が高く、簡単に手に入るほど安くもないため、個人の魔法師が扱うことは不可能だ。


 「となると、これは朝に先生が言っていた人攫いってやつか。ちっ、面倒くさいのに巻き込まれたな」

 「そうなるな。それも魔封石を使っていることを考えると、犯人は相当大きな組織だぜ」

 「どうする~?」


 現状が人攫いによるものだとやっと理解したザック。


 さすがにセイヤが魔封石を手に入れるのは不可能なため、ザックもセイヤが無実であるとわかる。しかしセイヤが犯人でないとなると、状況がさらに悪くなることをザックは知っていた。


 「この件には聖教会も動いていると言っていたが、おそらく現状で助けが来る確率は低いな」


 ザックの顔はいつものいじめっ子ではなく、まじめな中級魔法師一族の顔なっていた。その顔を見たホアとシュラにも緊張がはしる。


 いくら魔法師と言っても中身は子供であり、状況判断が正気でできるかわからない。そういう場合は、一番地位の高いものに従えというのがセナビア魔法学園での教えであるため、全員ザックの指示に従うことになる。


 「どうするの、ザック君?」

 「脱獄するしかないだろうな」


 いつもと違い、セイヤの質問にもちゃんと答えるザック。


 今は助かることが最優先事項のためザックはセイヤをいじめるなどはしない。この場から全員助かることは、中級魔法師で四人のリーダーであるザックの責任だ。


 「脱獄するってどうするんだ?」

 「そうだよ、ザック~」


 不安になる二人だが、二人も魔法師だ。多少の荒事には慣れておかなければならない。


 「まずは四人で協力して、脱獄するチャンスを伺うぞ。」

 「ああ」

 「そだね~」


 今の状況を考えればザックがセイヤのことを仲間扱いするのは、しごく当然のことなのだが、ザックが言葉に出して協力といったことを、セイヤは内心うれしく思う。


 もしこのまま全員で脱獄できれば、僕たちは窮地を共にした友達になれるのではないか、とセイヤはついつい考えてしまう。


 「脱獄と言ったって、まずはこの手錠をどうにかしないと」

 「ああ、そうだ。アンノーン、敵はどういうやつだった?」

 「えっと、はっきりとは見えなかったけどガタイはそんなに良くない男たちで、手には拳銃を持っていた。僕たちはその拳銃で撃たれて気を失ったんだ」


 セイヤの説明を聞き、考え込むザック。


 「拳銃か……となると相手は非魔法師団体の可能性が高いな」

 「たしかに~」

 「じゃあ、この手錠がなくなれば?」

 「ああ、俺たちの勝ちだ」


 もうザックの顔はいじめっ子ではなく、セイヤたちの命を預かったリーダーと言う顔だ。緊急事態に対し、すぐに切り替えられるというところは、流石は中級魔法師一族である。


 そんなザックの姿にセイヤたちは自然と信頼を寄せていく。


 「問題はどうやって手上のカギを取り戻すかだが……」

 「まさか見張りが腰につけてきたりはしないだろうな」

 「まさか~」

 「そうだよ、ザック君。まさかそんなマヌケな……」


 ジャラジャラ


 そんなときジャラジャラと鍵のようなものを腰につけた体つきの良い男が二人と、やせ細った不健康そうな白衣を着た男が姿を現す。

 


 「どうやら起きたようだな」

 「「「「キタァァァァァァァァーーーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼」」」」


 白衣の男がそんなことを言いながら薄汚い笑みを浮かべてセイヤたちの方を見るが、セイヤたちはまさか本当にカギを持った見張りが来るとは思っておらず、ついつい叫んでしまう。


 そんなセイヤたちをみて白衣の男は首をかしげたが、すぐにザックが男を問いただす。


 「てめぇ、どうゆうつもりだ? ルニアス家に手を出すとはいい度胸じゃねーか?」


 白衣の男に対してザックは自分の家柄を示す。それは一種の威嚇行為であり、何かあれば中級魔法師一族が動くぞと言う警告でもあった。


 「ルニアス家? そんな一族は知らんな。それとお前らは私の実験道具だ。あまり騒ぐべきではないぞ」

 「実験道具だぁ? ふざけるな。今すぐ出せ!」

 「うるさい奴だな」


 白衣の男に実験道具扱いされ逆上するザックだったが、白衣の男がポケットからリモコンのようなものを出し操作をすると、急に苦しみ出す。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ザックの大きな悲鳴が牢屋内に響く。


 「次騒いだら今の二倍の電流を流す。モルモットはモルモットらしくおとなしくしてろ。ついでに言うとここはフレスタンであって、ウィンディスタンの常識は通じない。それだけは覚えておけ」

 「「「「なっ……」」」」


 レイリア王国フレスタンは上空から見るとドーナッツの上三分の一にある地方で、その地での地位はウィンディスタンのような家柄ではなく、個人の実力で決まる完全実力主義の地方だ。


 そんなフレスタンにほかの地方の魔法師が連れてこられた理由は一つしかない。


 セイヤは今まで噂には聞いたことがあったが、本当に行われているとは思っていなかった。まさかと思いながらも、セイヤは恐る恐る白衣の男に聞く。


 「もしかして僕らが連れてこられたのは、あなたがフレスタン内での実力をつけるための人体実験ってところですか?」


 セイヤの質問に対し、白衣を着た男は嬉しそうな表情を浮かべる。その表情からセイヤは自分の質問があっていると理解し、同時に絶望する。


 「話のわかる餓鬼はいい。そうだ、お前の言う通りお前らはフレスタンでの我らの地位を向上する為の道具として役立ってもらう」


 フレスタンは完全な実力主義だけあって、教会のトップたちも戦闘で決めるほどである。力がすべてのフレスタンでは、今回のような人体実験はあまり珍しいことではない。


 特に非魔法師の魔法師化や魔法師造兵などは表ざたにはされていないが、かなり存在する。


 セイヤは白衣の男に対して疑問をぶつける。


 「いくらフレスタンでも人体実験がバレたらあなたは終わりじゃないですか? それに、ここがフレスタンである以上、聖教会も動き出した今では、もう終わりだと思いますが」


 セイヤの言う通り、魔法師の人体実験は禁止されている。もしそんなことが知れれば、たとえいくら実力をつけても、地位などを得ることはできない。


 しかし白衣の男はセイヤの言ったことに対して鼻で笑った。


 「クックックッ。残念だな、餓鬼。ばれることはないのだよ。なぜならここはフレスタンではなくフレスタンに近い暗黒領なのだから」

 「暗黒領だと……お前ら正気かぁ」

 「マジかよ……」

 「そんな……」


 暗黒領と言う言葉を聞き一同は絶望すると同時に、目の前の白衣の男に恐怖を覚えた。暗黒領、それは強力な獣である魔獣が住む地であり、人など寄り付かない。


 いくら聖教会と言っても、まさか犯人が暗黒領にいるとは思わないだろう。


 そして、たとえセイヤたちが脱獄したところで、ここが暗黒領である以上無事に帰れるわけがなかった。

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