第2話 セナビア魔法学園
五月の始まりを知らせるような心地いい風が吹く中、今日も新たな一日が始まろうとしていた。しかし昨日まで休日だったこともあり、世の学生たちはどこか疲れた様子で学園へと登校している。
それはここ、セナビア魔法学園の生徒も同じだった。
セナビア魔法学園はレイリア王国に十校しかない魔法学園の一つであり、ウィンディスタン地方北部のオルナの街にある。
さらにこのセナビア魔法学園はウィンディスタン地方に三つしかない魔法学園の中でも、とくに名高い魔法学園だ。
そんなセナビア魔法学園の生徒の中でも、特に憂鬱な顔をしながら、いつもと同じように遅刻ギリギリに教室に向かう生徒がいた。
金髪碧眼の気弱そうな少年の名前はキリスナ=セイヤ、この学園の二年生に在籍する生徒である。
憂鬱そうな顔で歩いていたセイヤは自分の所属するクラスの前に着くと、教室の扉を開けて足早に自分の席のある窓側の一番前へと行き、座った。
クラスメイト達は一瞬セイヤの方を見るが、すぐに興味を失ったかのように友人との雑談を再開させる。クラスメイト達はセイヤのことが、まるで見えないかのように視界に入れなかった。
しかし、だれもが皆一緒ではなく、セイヤのもとにいつもと同じように男子生徒三人がセイヤの訪れ、これまたいつもと同じ皮肉を言う。
「よぉ、今日もよく来たな。アンノーン」
「毎日、毎日よく学校に来れるなぁ。アンノーン」
「アンノーンだから仕方ないか~。だって自分の家族も知らないんだからな~」
今日も日課のようにセイヤに嫌味を言うのはザック=ルニアス、ホア=ティール、シュラ=ナインズの三人。この三人はセイヤの所属するクラスの中で、セイヤと会話してくれる珍しい生徒たちだった。
だが三人の態度は見るからに友好的とはいえず、非友好的な雰囲気を丸出しだ。三人の少年はこの会話をまるでゲームの村人のように毎日飽きずに続けている。
なぜこの三人が毎日のようにセイヤに絡むのかというと、理由はセイヤの生い立ちにあった。
セイヤは現在、一人で暮らしながらこのセナビア魔法学園に通っている。セイヤが一人暮らしをする理由は、単純に親がいないためだ。
といっても、ただ親がいないだけではこの三人も毎日絡んで来たりせず、クラスメイト達もセイヤともっと交流していただろう。
問題はセイヤの親がいないだけではなく、セイヤが親のことや、自分の一族のことを何も知らないことであった。
魔法師にとって家柄というのは特に重要なもので、家柄がその一族の王国内での地位を決めることもある。
ましてや、セイヤの通うセナビア魔法学園があるウィンディスタン地方では、特に家柄を重視する傾向が強く、学園内のカーストも家柄によって決まったりするほどである。
そのため家柄もなく、家族に関してなにも知らないセイヤは、何も知らないことから、unknown、アンノーンと呼ばれ、クラス中、いや、学園中からまるでいないかのように扱われていた。
たとえセイヤが困っていても誰も助けることはない。逆にセイヤが誰かを助けようとしても、そのものはセイヤのことを無視し続けて関わらないようにする。
関わって変な噂が立ち、自分の家柄に傷を付けるくらいなら、気にせず無視して関わらないようにするというのがクラスメイトの基本的なスタンスなのだ。
だが毎朝セイヤに絡む三人だけは違っていた。
黒髪短髪で体つきの良いガキ大将という感じの男はザック=ルニアスといい、ルニアス家の二男である。ルニアス家というのはウィンディスタンに所属する中級魔法師一族であり、主に火属性魔法を得意としている。
茶髪のチャラそうな男はホア=ティールといい、ティール家の三男である。ティール家もルニアス家と同様にウィンディスタンに所属する魔法師一族であるが、ルニアス家と違い初級魔法師一族だ。
最後に坊主頭の丸っこく、いかにも動きがとろそうな男がシュラ=ナインズといい、ナインズ家の二男である。ナインズ家はティール家同様、ウィンディスタンに所属する初級魔法師一族だ。
レイリア王国の人口の約半分は魔法師であり、残りの半分が非魔法師の人々である。
魔法師は主に家業を継ぐか、王国の防衛職に就くかなどで生計を立てており、王国の防衛職に就く魔法師は実力や一族のランクが高ければ高いほど、重要職に就くことができる。
魔法師には特級魔法師、上級魔法師、中級魔法師、初級魔法師という四つの階級に分類され、階級が上がれば上がるほどその数は少なくなっていく。例えば特級魔法師はレイリア王国内でも十二人しかいない。
そして一族の階級はその一族の当主の階級によって決まる。
例えばザックの一族は中級魔法師一族となっているが、中級魔法師はザックの父親であり、ザック自身はまだ初級魔法師だ。
だが、いくらザックが初級魔法師だからと言っても彼は中級魔法師一族のため、初級魔法師一族の初級魔法師よりは立場が上である。
なので、初級魔法師一族最底辺のセイヤは、中級魔法師一族のザックに逆らうことはできず、いつも苦笑いをしながら受け流すしかない。
これが毎日の日課だった。
そんな時間も学園の始業のチャイムが鳴れば終わるので、それまでの我慢だ。家の力も実力もないセイヤがもし他人に暴言暴行を行った場合、その正当性に限らずセイヤは退学となるだろう。
いくらセイヤが正しくとも、家の力というものがある限り、セイヤは魔法師最底辺でセナビア魔法学園最弱だ。
ザックたちがセイヤに絡み始めてから一分もたたずに始業のチャイムが鳴り、セイヤたちのクラスの担任であるラミアが教室に入ってくる。
赤く長い髪と、赤い瞳を持つラミアからはクールな大人の色気というものが感じられる。しかしその視線はいつにも増して厳しい。
ラミアは中級魔法師一族であり、彼女自身も中級魔法師である。セナビア魔法学園の中でも彼女は近接戦闘でトップクラスの実力を備えており、ウィンディスタンでも名の知れた火属性使いの魔法師だ。
そんな彼女がいつも以上に厳しい表情をしていることを、クラスメイト全員が察する。
「皆、おはよう。欠席者は……いないな。さて重要な連絡事項があるから心して聞け。近頃この付近で魔法師を狙った人攫いが多発している。この件に関しては教会だけでなく、聖教会からも調査隊がでるそうだから犯人はすぐに捕まると思うが、一応気を付けるように」
彼女に言った教会とは各地を管理する機関であり、その教会をまとめ上げるのはレイリア王国の中央王国首都、ラインッツにある聖教会だ。
聖教会には昔までリーナ=マリアという女神がいたが、数十年前に突如消えて今では臣下だった者たちが合同で七賢人としてこのレイリア王国を統治している。
そして教会は中央王国の周りに三等分されたフレスタン、アクエリスタン、ウィンディスタンの各地の中心部にあり、各地を管理している機関だ。
教会には女神などは存在せず、各地の代表数名と聖教会から派遣された数名で成り立っている。
レイリア王国を上空から見るとその形はドーナッツ型だ。
首都がある中央王国を中心とし、その周りにフレスタン、アクエリスタン、ウィンディスタンが三等分されるように存在し、この三つの地方の外周りを大きな壁が囲んでいる。
壁の外には暗黒領と呼ばれる地が広がっており、人の代わりに魔獣と呼ばれる獣が住んでおり、魔獣はとても凶暴でたびたび壁の中に侵入してくることもある。
魔獣が侵入してきた場合や、事件などが起きた場合、各地の教会が責任を持って解決することになっている。しかし、凶悪事件や甚大な被害が出て各地の教会だけではどうしようもできない場合に限って、聖教会から人員が派遣されることがあるのだ
つまり今回の事件も、凶悪な事件か甚大な被害が出ているかのどちらかということだ。
ところでなぜ人攫いなどがあるかというと、簡単に言ってしまえば魔法師は身代金や人身売買によって金になるからだ。攫われた家はわが子を取り返そうと身代金を払い、人身売買をすれば魔法師の値は高い。
特に中級魔法師以上はかなり高額になる。なぜなら中級魔法師以上の一族にはその一族の固有魔法というものが存在するからだ。
固有魔法とは、中級魔法師になるための必須条件であり、その一族の象徴ともいえるものだ。
もし攫われた子が固有魔法を所持していた場合、その子は一族の秘密を所持しているといっても過言ではない。
その子が他の一族に売られた場合、一族の固有魔法の秘密が流失してしまうため、一族はそれだけを何としても防ごうとする。よって大金になるのだ。
攫われた子が固有魔法を持たなかった場合でも、長男だけは必死に取り返そうとする。それは長男が一族の次期党首になりえる可能性が高く、幼少の頃より手塩にかけて育てられたことが多いから。
逆に二男、三男の場合は取り戻そうとはするがそこまで必死にはならない。
魔法を使えるのに捕まったのは自己責任であり、生き残りたかったら自分の力で何とかしろという事だ。
これは一見、非情なように見えるが、魔法を扱う者としては当然のことであり、大抵の魔法師は覚悟している。
見捨てられた子の道は大抵売り飛ばされて傭兵になるか、首輪を付けられて奴隷にされるかの二択であり、どちらにしても攫った方からすれば金になる。
このように魔法師の価値は高く、需要の高いため人攫いは金になるのだ。
なので、魔法師の卵が集まる魔法学園は、言ってしまえば大金のたまり場なのである。といっても、実戦経験豊富な教師陣がいて、簡単には人攫いができないが。
だから魔法学園がある街での人攫いは珍しかった。
「連絡は以上だ」
連絡を終えたラミアは最後にそう言い残して、教室から出て行く。こうしてセナビア魔法学園の新たな一日が始まるのだった。
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