第19話 セイヤ死す
セイヤは足に力を込めて、思いっきり地面を蹴って白虎に迫った。
白虎の方も、思いっきり地面を蹴ってセイヤに向かって跳びかかる。
どうやら両者狙っていることは同じらしい。
二人が狙う事。それは跳躍の威力を攻撃に加えると同時に、相手の重心が不安定になる空中で、ぶつかり合わせることだ。
どこにも触れることのできない空中では、地面から離れたときの威力によって勝敗が決まる。
より威力のある方が、相手に勝ることが出来るという事だ。
ジャキーン
空中でセイヤのホリンズと白虎の爪がぶつかり合う音が響く。両者それぞれ自分の踏み出した際の威力を効率的に伝えているため、二人は空中で均衡しあう。
そして結果はすぐに出た。
「ちっ……」
セイヤが白虎によって押し返され、後ろに吹き飛ばされる。しかしそれは白虎も同じで、セイヤの攻撃によって、白虎もまた、後ろに吹き飛ばされた。
つまり両者の戦いは引き分けだ。
だが、一連の戦いは終わらない。白虎にとってみれば、今のぶつかり合いはこれで終わりだったが、セイヤの攻撃はこれでは終わらない。
これが魔法師と魔獣の違いであろう。
セイヤは空中で吹き飛ばされながらも、白虎の後ろの方にある地面に向かって『闇波』を行使した。
そこは今から白虎が着地するであろう場所。セイヤの『闇波』によって、白虎の後方の地面が十センチほど沈む。
しかしそんなこと知らない白虎は、自然と地面に着地しようとしてしまう。そして案の定、白虎の後ろ脚が沈んだ地面に取られ、白虎がバランスを崩した。
これこそがセイヤの狙いだった。セイヤは頼れるパートナーの名前を叫ぶ。
「ユア!」
「任せて……」
地面にしっかりと着地したセイヤは最後の攻撃をユアに託す。
ユアはセイヤの作戦をすぐに理解して、足に光属性の魔力を流し込み、脚力を上昇させる。
「これで決める……」
ユアは上昇させた脚力で地面を思いっきり蹴って、一気にバランスを崩した白虎にユリエルで迫った。
バランスを崩した白虎は先ほどのように咆哮を上げることもできず、ユアの攻撃を受けてしまう。
これにより、白虎はユリエルによって貫かれて絶命するはずだった。
「決まった…………そんな……」
しかし次の瞬間、ユアの視界に入ってきた光景はユリエルによって貫かれた白虎でもなければ、傷を負った白虎でもない。
ユアの視界に入ってきたもの、それは虎の額に当たった瞬間に、真っ二つに折れたユリエルだった。
まるで鋼鉄のように固い白虎の額。ユリエルはその固さに耐えることが出来なかった。
「どうして……」
ユアは信じられない光景に言葉を失って固まってしまう。
グルルル、グルウァァァァァァァァァァ
ユアの前で、白虎がこれまでよりも一段と大きな咆哮を上げると、白虎の姿が唐突に変化をし始める。
首筋に急に生えてきた、まるでライオンのような鬣、そしてその鬣に帯電され始めた緑色の雷が全身へと纏われていく。
突然、姿を変えた白虎。その姿は白虎というよりも雷獣に近かった。
「ユア!」
セイヤが大声でユアのことを呼ぶ。それは今にもユアを、その爪で斬り裂こうとしている雷獣のことを、茫然としているユアに伝えるため。
「はっ……」
セイヤに呼ばれ、ユアはやっと我を取り戻して回避行動に入る。
即座に自分の足に『
ユアが雷獣から距離をとったことにより、雷獣の引っかきは空振りに終わる。
雷獣の攻撃が空振りに終わったことを見たユアは、一瞬の危機が去ったことに安堵する。しかしその時間が致命的だった。
「ユア!」
セイヤは再びユアの名前を叫ぶが、おそらく次の警告は意味がないだろうと理解していた。ユアとは違い、全身を高速の世界で戦っていたセイヤにはわかっていた。
雷獣のスピードが先ほどまでとは桁違いになっていることを。
もし先ほどまでの白虎のままであったのなら、ユアがとった十メートルの回避は正しい。しかし今セイヤたちが相手にしている相手は白虎ではなく、雷獣。
そして雷獣の最速は雷を纏ったことによる効果で数十倍にもなっている。
つまり、ユアと雷獣の間にある十メートルなど、雷獣にとってはあってないようなものだ。
おそらく平常時のユアであったら、しっかりと状況を見て対応できたであろう。しかし今のユアはユリエルが折られたことに驚愕しており、冷静に状況判断を下せていなかった。
ユアはツーテンポほど遅れて、自分の失態に気づく。しかしその時にはすでに遅い。
雷獣が神速の速さでユアに迫り、その爪でユアの身体を抉り取ろうとする。
そしてまさに雷獣の前足がユアの心臓を射抜こうとしたその瞬間、
「ユア!」
ユアの身体が突然誰かに押され、ユアは地面に倒れ込んでしまう。
「ぐはっ……」
ビチャビチャ、何か液体が撒き散る音がした。
一体何の音だろうか。
地面に倒れ込んでいたユアが恐る恐る見上げると、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「セイヤ……」
なんと、ユアの視界に飛び込んできた光景は、ユアのことを庇ったセイヤが、雷獣によって心臓付近を貫かれている光景だった。
「うっ……」
セイヤが苦しそうな声を上げる。しかしすでにその瞳は虚ろになりかけており、見えているのかもわからない。
ホリンズを握る腕も、ぐったりとしており、両手からホリンズが零れ落ちる。
カランカランと、乾いた音が響き渡った。
「そんな……」
ユアがあまりの光景に言葉を失う。
おびただしい量の血が、セイヤの胸から流れ出て、あたり一面を血の海へと変えていく。
ガルッ
雷獣は前足を思いっきり振って、貫いたセイヤの身体を壁側に向かって吹き飛ばした。
グシャ、そんな音を立てながら、セイヤの身体は背中から壁に打ち付けられて、地面に倒れ込む。
心臓を貫かれ、すでに大量の出血、それに加えて今の音だ。セイヤの生存はもう絶望的であろう。
「セイヤ……」
ユアはセイヤの死を確信すると、セイヤに見切りをつけた。ここまでともに来た仲だが、死んでしまったらもうどうすることもできない。
それにユアの目の前にいる雷獣がユアのことを待ってくれるはずもない。
ユアはこの場から生きて抜け出すために、ユリエルを強く握り、切り替えた。
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