第18話 白虎

 見事に海龍を倒した二人はその後、湖を渡り、再び洞窟の中を進んでいた。


 しかし先ほどまでと違う点があった。それはユアが『灯火ともしび』を行使して灯りをつけていないことである。


 どういう原理かわからないが、今セイヤたちがいる洞窟内には、不思議と光が差し込んでおり、視界をかなり広く確保できていたのだ。


 「あとどれくらいで出られるんだ?」

 「わからない……」


 二人は薄暗い洞窟の中をゆっくりと歩くが、その挙動には一切の隙が無い。


 セイヤはいつでも闇属性を行使できるようにと、待機しており、ユアの方もいつでも武器を生成できるようにと、準備をしていた。


 そんな二人の前に、再び開けた場所が姿を現す。


 「ここは」

 「明るい……」


 二人が出た場所は、直径五十メートルほどの開けた場所であり、洞窟内に比べてもかなり明るい場所だ。


 だが、なぜダリス大峡谷のような場所にこのような開けた場所があるのかが不思議である。


 「まあ、こういう場合は基本的に」

 「強敵がいる……」

 「だな。おっと、噂をすれば」


 絶対にこういう場所には強敵がいると思っていた二人の前に、新たな魔獣が姿を現す。


 二人の前に姿を現した魔獣は、白い体に黒いラインが特徴的な鋭い牙を持つ魔獣、その見た目は完全に白虎そのものだ。


 大きさはムカデや海龍に比べれば断然小さく、一目ではその強さを図るのは難しいだろう。しかしセイヤたちは目の前に現れた白虎を見て言葉を失う。


 「おいおい嘘だろ。本当に魔獣か?」


 そんな声を上げたのは既にホリンズを召喚しているセイヤ。


 「化け物……」


 魔獣を見据えながら化け物と称したのは、右手に弓であるユリアルを握っているユアだ。


 二人は、一目で白虎のレベルが先ほどまでの魔獣たちとは違うことを理解していた。


 白虎の纏うオーラは海龍に比べて小さいものの、どこまでも深く、濃密な殺気を纏っており、魔獣の中でもかなりの階級にいることが分かる。


 白虎のオーラはどちらかというと、魔獣よりは、歴戦の戦士に近かった。


 白虎の纏うオーラが本能的に危険と感じた二人は、この戦いをすぐに終わらせる必要があると理解し、さっそく行動に移る。


 「『闇波』」


 まずはセイヤが白虎に向けて『闇波』を行使し、その存在の消滅を図ったが、白虎はセイヤの『闇波』を横に跳躍して回避をする。


 「速いな」

 「大丈夫……」


 白虎のスピードに驚くセイヤだったが、すでにユアが次の攻撃を仕掛けていた。


 「これで終わり……」


 ユアは既に上空に向けて構えていたユリアルに、光属性の魔力で作った矢を装填して、その結弦から手を放す。


 ユアの持つユリアルから放たれた一本の矢は、上空に飛んでいくと、海龍の時と同様に、一気に分離して光の矢の雨となり、白虎に向かって降り注ぐ。


 広範囲に無差別で降り注ぐ矢は、いくら白虎が速かろうとも、簡単に避けることはできない。


 そしてもし、一本でも被弾してしまった場合には、ユアの光属性の魔力が体内に入り込み、その肉体を内側から破裂させる。


 つまり白虎の負けだ。


 ユアは白虎の負けを確信していた。だからこそ、次の瞬間に起きた光景に驚愕する。


 グルゥゥァァァ


 白虎が降り注ぐ矢に向かって咆哮を上げる。


 「そんな……」


 衝撃の光景に言葉を失うユア。


 白虎が降り注ぐ矢に向かって咆哮を上げた瞬間、上空で無数に分離していた光の矢がすべて跡形もなく姿を消したのだ。それはまるでセイヤの使う闇属性のように。


 「まさか闇属性を……?」


 ユアが予想外のことに言葉を失う。しかしユアの言葉に対するセイヤの答えは否定だった。


 「いや、今のは闇属性じゃない」

 「じゃあ一体……」


 闇属性ではないのなら一体何なのか、とユアは思う。けれども、その答えはセイヤにもわからなかった。


 何かはわからなかったが、闇属性を使うセイヤの感覚では、白虎の咆哮には闇属性魔力は含まれていない。


 「わからないが、おそらく魔法は効かないだろうな」


 白虎単体を狙った魔法であれば、その凄まじい速さで回避されるため、なかなか魔法が白虎に当たらない。逆に広範囲魔法を使って攻撃をしたとしても、謎の咆哮で防がれてしまう。


 つまり白虎には魔法が効かない。そうなれば、おのずと攻撃手段は武器になってくる。


 「ユリエル……」


 ユアは弓のユリアルからレイピアであるユリエルに持ち替えて、二人のことを睨んでいる白虎を見据えた。


 「『纏光けいこう』」


 一方、セイヤの方は白虎のスピードに対応するため、己の身体に光属性の魔力を纏わせて、身体能力や脳の処理速度などを上昇させていく。


 「ユア、俺がメインを務めるからサポートを頼む」

 「わかった……」


 セイヤはホリンズを握りしめて一歩前に出る。


 白虎が凄まじいスピードで移動できることから、ここでは『纏光けいこう』で身体能力などを上昇させることが出来るセイヤがメインを務めた方がいい。


 ユアもそのことをしっかりと理解しているため、一歩下がり白虎の隙を伺うことにした。


 「ふう、いくぞ」


 グルルルル


 静かに対峙しあうセイヤと白虎。最初に動いたのはセイヤの方だった。


 セイヤは上昇させた脚力で地面を思いっきり蹴り、一瞬にして白虎の目の前に移動をする。そして右手に握るホリンズで白虎の顔に斬りかかった。


 しかし、白虎の方もすでに行動に移っている。


 「ちっ」


 セイヤのホリンズを後ろに跳躍して回避した白虎。その動きには無駄がなく、まるで地面を滑ったかのように移動していた。


 「まだだ」


 右手に握るホリンズを避けられたセイヤは、空振りした際の運動エネルギーを左足に移動させ、そのまま左足で地面を蹴って再び白虎に接近する。


 そしてそのまま左手に握るホリンズで白虎の右目を貫こうとした。


 グルゥゥァ


 その時だった。白虎がセイヤに向かって咆哮を上げる。その方向には原因不明だが、何かしらを消し去る効果があることが分かっている。


 効果があるとわかっている咆哮に対して、何もしないセイヤではない。セイヤはすぐに白虎の咆哮に対して『闇波』を行使する。


 「『闇波』」


 咆哮を消滅させたセイヤの顔を微風が吹き付けるが、特に変化は訪れない。セイヤそのまま白虎の左目をホリンズで貫く。はずだった。


 「なに!?」


 しかし、なぜか突前、セイヤの左肩をかまいたちが斬りつけ、出血する。


 そしてその衝撃で、セイヤのホリンズがあらぬ軌道で突き出された。それでは当然ながら白虎に当たることは無い。


 一瞬にして隙だらけになってしまったセイヤ。


 白虎はその隙を逃さんとばかりに、前足の爪でセイヤに斬りかかる。


 「『|光壁《シャイニング・ウォール』」


 だが白虎の爪がセイヤの懐に届くことは無かった。セイヤと白虎の間に突如出現した光の壁が、白虎の攻撃を防いだからだ。


 「助かったユア」

 「うん……」


 セイヤは今さっき自分のことを守ってくれたユアにお礼を言う。なぜなら『|光壁《シャイニング・ウォール』を行使したのはセイヤではなく、ユアだったから。


 『纏光けいこう』こそ、使えないユアであったが、セイヤと白虎の攻防を認識することはできていた。


 ユアは『纏光けいこう』を使えない代わりに、『纏光けいこう』の劣化版である『局光きょっこう』を使っていたのだ。


 『纏光けいこう』は光属性の魔力を全身に纏わせて全身の身体能力を上昇させる技だ。


 それに対し、『単光たんこう』が体の一カ所に光属性の魔力を纏わせて、体の一カ所の能力を上昇させる技である。


 そして今回ユアが使っている『局光きょっこう』は、『単光たんこう』を同時に複数展開する技であり、『纏光けいこう』よりも劣るものの、同時に複数の箇所を上昇させることのできる魔法だ。


 それはユアが再現できる、セイヤの『纏光けいこう』の限界でもあった。


 ユアは『局光きょっこう』で、脳の処理速度、視覚能力などを上昇させて、セイヤたちの戦いを見ていた。


 白虎と一度距離をとったセイヤは、白虎のことを見据えながら考える。先ほどの風は一体何だったのか。


 白虎の咆哮はセイヤの『闇波』によって完全に消滅させた。そしてセイヤの顔にはその際に発生した微風がかかったが、あの程度でかまいたちが起こるとは考えにくい。


 そうなってくると、おのずと答えが分かってきた。


 「魔法の上掛けか」


 セイヤの言う通り、白虎は魔法の上掛けを行っていたのだ。


 魔法の上掛けとは、一度失敗、あるいは防がれたことにより形を失った魔法の残骸に対して、新たに魔法を上掛けすることにより、相乗効果を生み出して、魔法の威力を高めるテクニックだ。


 しかしそのテクニックはかなり高度なため、レイリア王国でも使う魔法師はまずいないと考えていい。


 セイヤも本で読んでいなかったら、わからなかった知識だ。


 だが、タネさえ分かってしまえば、もう恐れるに足らない。わかっていれば対策の立て用はいくらでもある。


 たとえば今回の魔法の上掛けに関していえば、魔法を消滅させなければいい。


 防ぐのでも、壊すのでもなく、避ければ上書きもできない。基本的に避けの姿勢をとっていれば、おどろくこともない。


 「ふう」


 セイヤはホリンズを構えて大きく息を吐いた。そしてイメージする。自分がどのようにして白虎に勝利するかを。


 「よし」


 イメージはすぐに決まった。

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