第17話 ダリス大峡谷の魔獣たち(下)
二人がムカデを倒して、先に進んでいると、不意に視界に光が差し込む。
その光は一本道の先の方から注いでおり、ユアの行使している『
「光……」
「ああ」
一本道の先から照らす光を見た二人は、やっと地上に出れるのではないかと舞い上がり、自然とその歩調も速くなっていく。
足早に光の光源を目指すセイヤとユア、そして二人はすぐにその光源へとたどり着いた。
「これは、地上じゃないな」
「うん……でも綺麗……」
「そうだな」
二人の視線の先に広がっていたのは残念ながら地上ではなかった。けれども、地上じゃなかったことに対する残念感よりも、その光景の美しさに対する感動の方が勝っていた。
セイヤたちが進んできた一本道の先にあったもの、それは大きな湖だ。
一本道から急に開けた場所に出たと思ったら、眼下にあるのは大きく住んだ湖。その光景はとても神秘的と言えるであろう。
「でも、道がないぞ?」
セイヤの言う通り、一本道から先に広がるのは大きな湖。その先に道らしい道は見当たらない。
つまり今セイヤたちがいるところで道が途切れていたのだ。
「どうする?」
セイヤはユアにどうするかを尋ねる。ここまでユアが先導で進んできたため、セイヤは自然とユアの指示に従うようになっていた。
セイヤの質問に対するユアの答えはいたってシンプルだった。
「湖を渡るしかない……」
「やっぱりそうか。なら、目指すはあの先にある陸地か?」
「うん……」
セイヤは湖の最奥部の方にかすかに見える陸地部分を指さす。
セイヤたちが立っている一本道から湖の最奥部にある陸地まで直線距離で約五百メートルと言ったところだろうか。泳いで渡るにはきつい距離だが、小舟があれば簡単に渡りきれる距離だろう。
普通に考えれば、ダリス大峡谷に小舟などあるわけがない。しかしセイヤのパートナーは不可能を可能にすることが出来る魔法師だ。
小舟を作ることなど朝飯前である。
「ならユア、船を頼めるか?」
「うん……」
ユアはセイヤに頼まれた通り、聖属性の魔法『聖生』で、すぐに小型の木製の船を生成した。そしてその小舟を湖に投げ飛ばして、水の中に浮かべる。
「それじゃ、行くか」
「うん……」
五百メートル先にある陸地を目指すため、セイヤたちが水に浮かべた小舟に飛び乗ろうとした、その瞬間だった。急に水面に大きな波が発生して、小舟が転覆する。
「なんだ!?」
セイヤはとっさに船に飛び乗ることを止め、一本道に一歩下がった。それはユアも同様で、一歩下がって辺りを警戒する。
ザーッ、ザーッ
波の音が湖のある空間内を響く。そして直後、ブクブクという音が水中から発生して、その音の発生源が姿を現した。
「あれは!?」
「大きい……」
ブクブクと泡を立てて、水中から姿を現したのが巨大な海龍。
その大きさは全体こそ見えないものの、先ほどのムカデが可愛く見えるほど大きい。しかも全身が硬そうな鱗でおおわれており、纏う威圧感は相当なものだ。
はっきり言って、規格外の魔獣である。
「おいおい嘘だろ」
「信じられない……」
二人は突如、目の前に現れた非現実的と言いたくなるほどの魔獣を視界に捉えて言葉を失う。
しかし魔獣はそんな二人のことを待ってくれるほど優しくはない。
二人のことを認識すると、口の前に大きな青い魔法陣を展開して、問答無用でセイヤたちに向かって魔法を行使する。
ギャオオォォォン
耳が破裂しそうなほど大きな雄叫びと共に、魔獣の展開した魔法陣から撃ち出される水の大砲。その威力は相当なもので、もし当たってしまったら一瞬であの世行きであろう。
「くそ、『闇波』」
セイヤはとっさに最大限の力で魔獣の撃ち出した水の大砲に向かって『闇波』を行使した。その動作に一切の慢心はない。
セイヤによって行使された『闇波』は、一瞬だけ水の大砲と均衡したが、なんとか水の大砲を消滅させることに成功する。
しかし魔獣の攻撃は終わらない。
再び口の前に大きな青い魔法陣を展開すると、セイヤたちに向かって先ほどと同様の水の大砲を撃ちだす。
「『闇波』」
セイヤも先ほどと同様に、魔獣の攻撃に対して『闇波』で応戦し、これまた先ほどと同様に、一瞬だけ均衡したと思ったら、セイヤの『闇波』が魔獣の撃ち出した水の大砲を消滅させる。
二度の魔獣の攻撃、そのどちらもがかなりの威力があり、セイヤの闇属性をもってしても消滅させるのが難しい。
たった二撃の攻撃だが、すでにセイヤの魔力はかなり消耗されている。
けれども、魔獣がそんなセイヤの事情を考慮してくれるわけもなく、再び口の前に魔法陣を展開させ始めた。
しかも今度の魔法陣は先ほどとは違い、かなり大きい上、二重に展開されている。
「おいおい嘘だろ。これじゃあジリ貧だ」
「攻撃は任せて……」
セイヤの嘆きに対して、ユアが武器を生成しながら答える。
「ユリアル……」
ユアが『聖生』で生成した武器はレイピアであるユリエルではない。その色はユリエルと同じ白を基調としていたが、その形はレイピアではなく弓の形だ。
ユリアル―――-白を基調としてつくられた弓であり、レイピアであるユリエル同様、ユアがよく使う武器の一つだ。
ユアはユリアルを左手に握り、右手で結弦を引きながら海龍に向かって構える。
「ユア!?」
セイヤはユリアルを構えるユアの姿を見て驚きの声をあげた。なぜならユアの引いた結弦には、矢が装填されていなかったから。
「大丈夫……」
ユアがそう答えた次の瞬間、突如ユアの引いていた結弦に光属性の魔力で出来た矢が装填される。
ユアは少しだけ笑みを浮かべると、海龍にむかってユリアルの結弦を手放した。
ユリアルから放たれた黄色い矢は、まるで吸い込まれていくかのように海龍に向かって飛んでいく。しかしその途中、突然黄色い矢が何本にも分離をし始めて、あっという間に光の矢の雨となり、海龍に降り注いだ。
ギュアァァァァァァ
光の矢の雨に曝された海龍が、苦痛に苦しみ、口の前に大きく展開されていた魔法陣が揺らぐ。
「セイヤ……今……」
「ああ、任せろ。『闇波』」
ユアの攻撃によって攻撃を封じられた海龍に対して、セイヤがすぐに『闇波』を行使する。だがセイヤが『闇波』を行使した対象は海龍ではなく、海龍が展開していた魔法陣に対してだ。
一瞬にして海龍が展開していた魔法陣が跡形もなく消滅する。
海龍は怒涛の展開に理解が追い付いていないようで、すぐに次の行動には移れる様子はない。
セイヤはその光景を見て、ユアに言う。
「ユア、やつの動きを止めてくれ。そしたら俺がやつを仕留める」
「わかった」
ユアはセイヤに言われた通り、海龍の動きを封じるため、すぐに新たな魔法を行使した。
「『
光属性上級魔法『
この魔法は対象域の圧力を上げることによって、すべてを押しつぶすという魔法だ。人間に対して使用した場合、殺傷能力がかなり高いため、普段は使用が教会や学園などによって制限されている。
しかしいくら人間に対して殺傷能力があるといっても、現在ユアたちが相手にしているのは魔獣だ。それもかなり大きく、耐久力も人間の比にならない。
だからユアの『
だがそれでも動きを封じることは容易にかなう。
海龍の動きさえ封じてしまえば、もう強力な攻撃をすることもできない。そして攻撃もできず止まっている相手なら、セイヤには余裕で倒せる。
「ホリンズ」
セイヤはユアが海龍の動きを封じたことを確認すると、愛剣であるホリンズを召喚した。そしてホリンズを握ると同時に、新たな魔法を行使する。
「『《
魔法名を口にすると、黄色に輝く魔力がセイヤの身体を包み込み始めていく。『《
今までは魔力の調整を間違えて、体内から破裂する危険があったが、今は違う。
闇属性が加わったことにより、今まで魔力量を上昇させるか、消費して下降させるしかなかった選択にの中に、闇属性で魔力量を減少させるという選択肢が付いた。
プラスと自然消費しかなかった操作に、マイナスが加われば、魔力調整は一段と楽になり、魔法の安全性も高まる。そして今、セイヤは安心して『《
セイヤはホリンズを構え、地面を思いっきり蹴る。そして上昇させた脚力で一本道から思いっきり跳躍して、海龍の背中へと降り立った。
「くっ……」
海龍の背中に降り立った刹那、ユアの『
そして自由の身になったセイヤは両手に握るホリンズにも光属性の魔力を纏わせて、剣の切れ味や耐久力を上昇させ、しっかりと腰を入れながらホリンズを海龍の背中に突き刺した。
グギュゥゥゥゥゥゥ
海龍が圧力と刺された痛みによる苦痛の悲鳴を上げるが、セイヤは気にせずホリンズを深々と突き刺す。
本当ならここらで海龍の体内に魔力を流し込み、絶命させたいところだが、この魔獣にどのような体質があるかわからない以上、簡単にはできない。
もし海龍に魔力吸収などといった効果があった場合、仮にセイヤが闇属性の魔力を流し込んでしまったら、一瞬にして形成が逆転してしまう。
だからセイヤは手間がかかるが、安全な方法を選択する。
「『
セイヤは海龍の背中に深々と突き刺されたホリンズに対して、『
グギャァァァッ
さらに深々とホリンズが刺されたことで、海龍が今まで以上に苦痛の悲鳴を上げた。
セイヤはそんな海龍を見て大きく息を吐いてから言う。
「終わりだ」
次の瞬間、セイヤは海龍の背中に深々と突き刺したホリンズを強く握りしめ、腕力を上昇させて、思いっきりホリンズを海龍の頭まで引き上げた。そして海龍の背中を引き裂く。
グオォォォォォォンンン
背中を二本の剣によって引き裂かれた海龍は、最後に盛大な悲鳴を響かせて、その命を散らした。
「ふう、何とか終わった」
セイヤは水面に浮く海龍の遺体の上で一息を着きながら、ホリンズを消す。そしてユアが小舟に乗って、セイヤの方に移動してくる。
「お疲れ……」
「ああ」
セイヤのことを労うユアの表情はまだ距離感があるものの、出会った当初に比べれば、少しは近づいているであろう。
しかしそれでもまだ、ユアはセイヤのことを信頼はできていなかった。
だが、セイヤの方はユアのことを信頼し始めている。
少しずつだが、お互いに距離感を詰め合っている二人。
そんな二人は小舟に乗って、湖の最奥部にある陸地まで移動して、さらにその奥にあった洞窟に入っていくのであった。
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