第16話 ダリス大峡谷の魔獣たち(上)

 ギギギギーーー


 セイヤたちの前で発せられた奇声が、左右の断崖絶壁に響き、ものすごい音になってセイヤたちの耳に入る。


 「キモイ……」

 「だな」


 現在、セイヤたちの目の前には新たな魔獣がいた。その魔獣は数え切れないほどのあまたの手足を生やしたムカデのような魔獣。


 ただでさえウネウネして気持ち悪いというのに、それ以上に大きさに問題があった。


 それは普通のムカデが比にならないほどの、ゆうに三十メートルは越えている巨体だ。


 三十メートルを超えた身体を誇るムカデが、ウネウネしながら奇声を上げている光景は、グロテスク以外の何物でもなかった。


 特に口当たりでカサカサしているものが異様な存在感を誇っている。


 誰もが生理的に受け付けることのできない魔獣。


 そんな魔獣がセイヤたちの行く手を阻んでいた。


 セイヤがコウモリの魔獣を消滅させ、再び歩みを進めた直後に問題は起きた。


 まずはその大きな体に驚きそうなことだが、何より衝撃的だったのは、その巨大ムカデの登場の仕方であろう。


 数分前、セイヤたちがダリス大峡谷の一本道を進んでいると、急に頭上から轟音が響き渡り、セイヤたちは上を見上げた。


 するとそこにあったのは、ものすごい勢いで落下してくる謎の巨大物。


 セイヤたちは落下物を視認すると、すぐに落下物から距離を取り、安全を図った。そして数秒後、セイヤたちの前に大きな体を誇るムカデの魔獣が姿を現したのだ。


 そして現在に至る。


 「それで、どうする?」


 セイヤは目の前で気勢を上げているムカデを見据えながら、ユアに聞く。しかしどうするといったところで、目の前に立ちはだかった時点で倒すしかないのだが。


 「セイヤ……よろしく……」


 ユアの答えは案の定、セイヤに任せるものであった。それに関してはセイヤにも異論はない。


 ユアの魔法は基本的に光属性だ。


 ということはつまり、ムカデを倒す際、ユアが手を下すと必然的にムカデの内容物が体内から弾けるという事だ。


 それはすでにボアドとの戦闘でわかっている。


 だが、セイヤもユアも目の前の巨大なムカデが内容物を弾けさせる光景など見たくもない。


 そうなると、闇属性で消滅させることが出来るセイヤが手を下すしかないのだ。


 「わかった」


 セイヤはムカデを見据えて右手を突き出し、魔法陣を展開させる。


 しかし今回セイヤが使用する魔法は『闇波』ではない。


 なぜならムカデの体の大きさがあまりにも大きく、『闇波』の一撃で仕留めることが出来るかわからないから。もし一撃で仕留められなかった場合、ムカデの半身だけが残り、内臓をぶちまけるという事もありうる。


 そんな光景はだれも望んではいない。


 だからセイヤは他の魔法を行使した。


 「『闇球』」


 セイヤが魔法名を呟くと、ムカデの頭上に大きな紫色の球が形成されていく。


 それはセイヤの闇属性の魔力によって形成された巨大な魔力の球。大きさにして直径約七メートルの球体。


 ムカデは突如現れた球体に向かって、口から毒針を発射したが、球体はどの毒針を飲み込んでしまう。


 「終わりだ」


 セイヤは冷酷な眼差しでムカデに向けていた右腕を振り下ろした。


 すると、セイヤの手の動きに連動するかのように、闇属性の魔力で形成された巨大な球体もムカデに向かって下降を始める。


 ギギギギーーーー


 ムカデが巨大な球体に向かって毒ガスなどを吹きかけているが、まったくといっていいほど効果がない。


 そしてあっという間に巨大な球体は、巨大なムカデのことを吸い込むように飲み込んで、地面に落下した。


 その光景は、まるでブラックホールに飲み込まれるようだ。


 「セイヤ凄い……」


 手も足も出ないムカデを見たユアは、心の底からセイヤのことをすごいと思う。


 最初のボアドこそ苦戦したが、それ以降は順調に、いや、簡単にダリス大峡谷を攻略することが出来ている。それはまさにセイヤの闇属性のおかげ。


 ユアはこれなら簡単にアクエリスタンに帰れると思う。そして同時に、自分は何と運がいいのかと思った。


 圧倒的な力で魔獣たちを殲滅してくれるセイヤは便利以外の何物でもない。


 (やっぱり……便利……)


 心の中でそのようなことを思っているユア。一方、ユアがそんなことを考えているとは微塵も知らないセイヤは、ユアに先に進むことを提案する。


 「進むか」

 「うん……」


 二人は再び、ダリス大峡谷を攻略するために歩みを進めるのであった。

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