第4話 セイヤの保護者
屋上にいたのは紺色のスーツを着た、ちょっとぽっちゃりした優しい目の初老の男性。口周りには黒いひげが生えており、印象としては優しいおじさまといった感じだ。
実をいうと、彼はこのセナビア魔法学園の学園長であり、同時にセイヤの保護者でもあるエドワードという男性であった。
エドワードとセイヤが初めて出会ったのは、セイヤが十歳の時。
当時のセイヤは記憶を失っており、ウィンディスタンの街をさまよっていた。そんなところを偶然エドワードによって保護され、それ以来セイヤとエドワードは一緒に暮らすようになったのだ。
エドワードには子供がいなかったため、セイヤのことを実の息子のように可愛がり、魔法も教えた。しかしそんな幸せもすぐに終りを迎えてしまう。
セナビア魔法学園に通う生徒の保護者達から、魔法学園の学園長が一個人に魔法を教えるのはどうか、といった声が上がり始めたのだ。
最初はセイヤのことを養子にすると言い出したエドワードだったが、セイヤの生い立ちや能力を知った、他の一族に止められ、エドワードは泣く泣くセイヤのことを手放すしかなかった。
しかしそれでも、せめてもとエドワードは自分の保有していた別荘にセイヤを住まわせ、自分の目に届く範囲のセナビア魔法学園に入学させることにした。
セイヤがセナビア魔法学園に入学以来、二人は学校がある日は毎日中休みに屋上で会うようになっている。
エドワードはセイヤにとっても実の父親のような存在であり、同時に魔法の師匠でもある。
といっても、毎日話すことは他愛のないことだ。だが二人にとってこの時間がとても大切だった。
そして今日もエドワードはセイヤにある提案をする。
「セイヤ、わたしは君を息子のように思っている」
「ありがとう先生。僕も先生を父親のように思っているよ」
「なら私の息子になれ。養子になれば、セイヤがアンノーンと言われ軽蔑されることもなくなるんだぞ」
エドワードはセイヤが受けているいじめを知っている。
しかし彼の立場上、問題にならないことに関わることはできない。セイヤが助けを求めれば、すぐに手を出すことができるのだが、セイヤはエドワードに助けを求めることはなかった。
これ以上、エドワードに迷惑をかけたくない。その思いがセイヤの心にあったから。
だから彼はセイヤに何回も自分の養子になるようにと提案している。
もしセイヤがエドワードの養子になれば、セイヤは確かな家柄を手に入れることができ、今のいじめも当然なくなる。だがセイヤはそれを断固として受け入れなかった。
例え一族が反対したところで一度養子にする手続きさえしてしまえば、セイヤはもうエドワードの子供だ。エドワードにはそれほどの覚悟がある。
「先生それはできないよ。僕は先生に保護されてからいっぱい助けてもらった。これ以上は迷惑かけられない」
セイヤの言う迷惑とはセナビア魔法学園長が養子に迎えたのがアンノーンであるということだ。
エドワードには子供がいないため、セイヤを引き取ると必然的に次期当主がセイヤになる。
そんなことになったらエドワードの一族の名に傷をつけることになってしまう。
それに加え、セイヤを養子にすることは、法律的にもいろいろ厳しいところがあるのだ。
そこのところをよく理解しているセイヤは、エドワードの提案を受けることは決してなかった。
「そうか。私はそんなことは気にしないから気が変わったらすぐに言いなさい」
「ありがとう先生」
「じゃあがんばるんだぞ」
そういってエドワード先生は屋上から出ていったが、その背中はとても残念そうだ。そして、屋上から出ていったエドワードは、扉の近くに潜んでいた人影に気づくことはなかった。
屋上に残ったセイヤは三時間目に突入すると、自主練を始める。
まずは自分の体の中で光属性の魔力を練成させ、セイヤの周りに光属性の魔力を纏わせ始めた。黄色い魔力がゆっくりセイヤの体を包み込んでいく、が、次の瞬間、光属性の魔力が弾けて消えてしまう。
セイヤは魔力の練成をやめて頭をかく。
「う~ん、やっぱり無理か。無詠唱でやるのは厳しいな。といってもこの魔法はオリジナルだから完全な詠唱もわからないし」
セイヤはそんなことを言いながらも、再び光属性の魔力を体の中で練成する。光属性の魔力がセイヤの体の周りに纏わりつくが、すぐにはじけ飛び、消えてしまう。
セイヤは座りながら、もう一度同じことをしてみるが、次も同じところではじけ飛ぶ。
セイヤが試していたのはセイヤのオリジナル魔法だ。
オリジナル魔法は理論から構築するため、詠唱がなかなか決まらない。だから開発にはものすごい時間を要する。そのためこの世界で新魔法が開発されるのはとても珍しいことであるのだ。
そんなことにセイヤは挑戦していた。
「詠唱を入れてみるか。でもこの間、光属性と強化と魔力常駐の単語使ったけど成功しなかったしな……」
そんな独り言を言いながら、セイヤは大の字で寝そべりながら空に浮いている雲を眺める。
セイヤは今試しているオリジナル魔法のことを師匠であるエドワードに相談してみたのだが、すぐにやめるように言われた。
理由はいたってシンプル。
セイヤの魔法は、理論もしっかりとしてないというのに、すでに発動段階になっていたから。魔法は理論をしっかりと理解していないと、いつ不測の事態に陥るかわからない。
それに間違った詠唱同士を組み合わせてしまうと、術者を傷つけてしまうことだってある。
言ってしまえば詠唱は化学の薬品と同じだ。単体では危険でなくとも、混ぜてしまえば人体に有害なものになる。
なので、このままでは危険だと判断したエドワードはセイヤに新魔法の開発をやめるように言ったのだ。だがセイヤはエドワードに秘密で魔法の開発を続けていた。
それはもし、もし、この魔法が完成すればセイヤの戦闘能力が飛躍的に上がるからだ。そうすれば自分を見下す人々を見返すことができるかもしれない。
この新たな魔法にはそんなセイヤの願いがこもっていた。
セイヤはその後何回も同じことを三時間目の終わりまで続けたが、結局成功することはなかった。
四時間目の授業に入ると、セイヤは先ほどとは違い、新たな魔法の訓練に取り掛かる。
セイヤは木の枝を握りながら、詠唱を始める。
「我、光の加護を受けるもの。示せ、光の力『
詠唱を終えると、木の枝が光りだす。厳密には木の枝が光属性の魔力に纏われた。
セイヤは枝に流し込む魔力量を上げる。
すると枝の長さが三倍になる。三倍といっても枝の長さがではなく、枝の纏う光が延びて枝の三倍の長さになったのだ。
セイヤはそのまま光の長さを保ち、次に長さを二倍に下げる。
二倍になったらそこで留め、そしてすぐに六倍にしようとした。しかし、六倍になる前に枝が折れて、魔力が消えてしまう。
「くそ、やっぱりか。もう少しやわらかく、もう一度」
セイヤが練習している魔法は光属性初級魔法『
そして今やっているのは枝の長さを光を使い自由自在に変える訓練。
セイヤはこの魔法を自由自在に操って戦闘中、剣の長さを自由自在に変えられないかと考えていた。
なぜ木の枝なのかというと、戦闘中の剣には衝撃があるため、衝撃の無い今の状態で枝を折っているようでは戦闘中に剣が折れてしまうからである。
セイヤはその後もずっと同じことをやったが、毎回枝を折ってしまい、結局今日の自主練の時間に成功した魔法は一つもなかった。
そして時は昼休みに入る。
セイヤは毎日昼休みになると、学園外へと出る。向かうのは学園から少し離れた距離にあるパン屋だ。パン屋の名前は「ベイク・ジョン」といい、昔エドワードによく連れてこられた店である。
セイヤはこの店を気にいっており、昼食はいつもここでとっていた。店の中に入ると、「ベイク・ジョン」の亭主ジョンがセイヤに声をかける。
「いらっしゃい。セイヤ」
「こんにちはおじさん」
「いつものでいいか?」
「うん、お願い」
そう言って、ジョンはパンをトレーに乗せていく。セイヤは常連のためもうメニューを覚えられていたのだ。
ジョンは大きな体にスキンヘッド、口の周りには黒く濃いひげが生えており、こわもての感じだが、話してみると意外と優しく、非常に親しみやすい男性だ。
ジョンはパンを乗せたトレーをセイヤに渡し、セイヤからお金を受け取る。
「セイヤ、これはサービスな」
そう言ってメロンパンとアップルパイ、アイスティーの乗ったトレーの上に真っ赤なリンゴを乗せる。
「ありがとう」
「そうだセイヤ。エドワードのやろうにもたまには来いって言っといてくれや」
「わかったよ」
そう答えたセイヤはトレーを持ちオープンテラスへ座り昼食を取り始める。
セイヤがこの店を気に入っているのはパンがおいしいからだけでなく、魔法師がいないからだ。
魔法師でないジョンも他の常連客もセイヤのことをアンノーンと軽蔑することもなく、普通に接してくれる。そのため、セイヤは気を使わずに済むので昼食はいつもここに来るのだ。
セイヤはパンを食べながら、自分の新たな戦闘スタイルを考える。
自主練で特訓していた二つの魔法を使い、近接型で自分だけの新たな戦闘スタイルを確立しようとしているが、どちらもまだ成功していないため、実現は難しい。
けれども、新たな戦闘スタイルが完成したら、セイヤの実力はかなり高くなるのも事実。そのため、どうしても早く完成させたい。
セイヤの考える戦闘スタイルとは速度重視の超近接型の戦闘だが、中距離にも対応できるというものだ。
三時間目に練習していた魔法だけだと、超近接型の戦闘は有利なのだが、中距離になった途端に厳しくなる。
そのため四時間目に練習していた『
セイヤはパンを食べ終えるとトレーをジョンに返す。
「ごちそうさま。また来るね」
「おう、午後も頑張れよ。セイヤ」
「うん」
ジョンにお礼を言い、セイヤは学園の午後の授業、実践訓練へと向かうのであった。
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