第5話 実践訓練(上)

 セナビア魔法学園の訓練所は広大な荒地をドーム化しており、その中で訓練を行う。


 訓練といっても種類は様々であり、近接武器だけを使用した格闘、魔法だけを使った遠距離攻撃、武器と魔法両方を使った戦闘などがある。


 しかし、どれもこれも将来魔法師が戦闘に使うために必要なことだ。


 魔法師の戦闘はなにも人同士のだけではない。そこには暗黒領に住む魔獣も含まれる。


 と言っても、各地の教会が暗黒領を警戒しており、魔獣を発見次第すぐに魔法師を派遣して殲滅するため、魔獣が街を襲うことはほとんどない。


 それでもたまに、強力な魔獣などが相手では簡単に殲滅することができず、街への侵入を許してしまうこともある。


 強力な魔獣が攻めてきた場合、王国に十二人しかいない特級魔法師や、聖教会が部隊を出してくれるため、時間はかかるにせよ殲滅することは容易だ。


 おかげでレイリア王国は、女神失踪以外に大きな問題はなく、長年平和を保っていた。


 話は戻り、セナビア魔法学園訓練所。ドーム内には特別な結界が張ってあり、その結界内では受けたダメージは体に影響せずに精神へと直接ダメージになる。


 なので、結界内で死ぬことは絶対無く、致死相当のダメージを受けても、気絶して、光の塵となり結界の外へと送り出されるだけだ。


 セイヤはそんな訓練の時間が一番嫌だった。魔法は基本的に生まれた時から習うものだが、セイヤが習い始めたのは彼が十歳の時。


 その時点で周りの人間と十年は差がついてしまっている。そんなセイヤが周りの人間と対等に戦うことなどできるわけもない。


 さらに戦闘訓練の時間ならザックたちはセイヤに合法的に暴行を加えることができる。


 一応セイヤも反撃をすることはできるが、そうするとザックの機嫌が悪くなり訓練後に何をさせられるかわからない。


 だからセイヤにはいつも逃げるしか、選択肢がなかった。


 セイヤたちが訓練場で待っていると、赤髪の担任ラミアが訓練場へと入ってくる。ラミアは全員がいることを確認すると、訓練について説明を始めた。


「今日の訓練はサバイバルだ。範囲はドーム内全て。武器使用、魔法使用は共に可能。意識を失った時点でリタイヤ。質問のある者は? ………………いないな。以上。諸君の健闘を祈る」


 質問がないことを確認したラミアはドームに備え付けてある観覧席へと向かい腰を下ろす。


 観覧席には反射魔法を使ったスクリーンがあり、訓練場内を一望できる。ラミアはそのスクリーンを見て、各自の動きをいつも確認していた。


 訓練が始まるため、セイヤやクラスメイト達はスタート地点を決めるために散らばっていく。


 憂鬱な顔をしながらも、セイヤは隠れる場所を探していると、例の三人組ザック、ホア、シュラがセイヤに近づいてくる。


「アンノーン、お互い頑張ろうぜぇ」


 ザックはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらセイヤに向かってそういった。訓練はサバイバルだ。全員が敵であるが、共闘して一人ずつ倒すことも立派な戦略のため許されている。


 つまり三人はセイヤをリンチしたとしても、それは反則にはならない。


 ザックたちが何を考えているのか、セイヤは分かっていたが、どうすることも出来ない。


 対策として、セイヤも共闘すればいいのだが、アンノーンと蔑まれているセイヤと共闘してくれるクラスメイトなど、当然いるはずもない。つまり今日もセイヤは一人で戦うしかないのだ。


 「そうだね……。お互い頑張ろうね」

 「フフッ。あぁ~頑張ろうぜ、アンノーン」


 不敵な笑みを浮かべながらセイヤの前から三人は去っていった。


 (……はぁ、やだな、訓練。どうにかして逃げ切らないと…………)


 そして授業開始のチャイムが鳴る。


 チャイムがなると、同時に結界内が荒地から緑の森へと姿を変えていく。これは結界がもっている幻覚の力だ。


 幻覚と言っても森の木に触れることはできるし、登ることもできる。なので、現在のこの空間を完全な森といっても過言ではない。


 「制限時間は2時間だ。訓練開始!」


 ラミアの開始の合図と同時に、数箇所から爆発音が聞こえはじめる。


 荒地から森に姿を変えても敵の位置は大体把握できるため、すぐに戦闘が起きてもおかしくない。セイヤは戦闘に備えるため自分の相棒とも呼べる武器を魔法で召喚する。


 「我、光の使徒。現れよ。ホリンズ!」


 セイヤが詠唱を唱えると、黄色い魔法陣が展開され、中から二本の短剣が出てきてセイヤの手に収まる。


 これは武器召喚という基本中の基本の魔法であり、セイヤが召喚した武器は「双剣ホリンズ」という武器。


 セイヤは自分の使える少ない魔法の中でも、この魔法をよく使っていた。魔法が使えないなら剣術を頑張ればいい、というのがセイヤの考えである。


 魔法は初級魔法、中級魔法、上級魔法のように分かれていて、級が上がれば上がるほど強力な魔法になる。


 ちなみに魔法のランクと魔法師のランクは関係なく、上級魔法を使う初級魔法師なども数は極めて希少だが存在する。


 このほかにも禁術指定された魔法や、一族の固有魔法などが存在するが、基本的にすべてランク付けされている。


 ホリンズを召喚したセイヤは、そのまま走って爆発のする方へと向かった。これは戦闘に加わるわけではなく、三人のリンチから逃げるためだ。


 激しい戦闘域に入れば入るほど、セイヤのことを追ってくるであろう、三人が他の戦闘に巻き込まれる可能性が高くなり、リンチを受ける可能性が低くなる。


 それに運がよければ、あの三人が他の生徒にやられてリタイヤするかもしれない。


 幸いあの三人組以外はセイヤには無干渉を貫いているため、ほかのクラスメイトが三人に加わりリンチを受けるということは無く、遭遇したとしても普通に戦うだけだ。


 セイヤが爆発音のする所に到着すると案の定、激しい戦闘が行われていた。


 戦闘をしていたのは赤髪坊主頭の筋肉質な大男、カイルド=デーナスと、眼鏡をかけた金髪の小柄な少年クリス=ハニアートだ。


 どちらともセイヤのクラスメイトで実力も高い魔法師である。


 カイルドはその筋肉質な体で大きなハンマーを持ちながら、火属性の魔法を使っており、クリスの方はカイルドの攻撃を避けながら光属性の魔法で応戦していた。


 「我、火の加護を受ける者。今、我に加護を。『火弾ファイヤー・バレット』」


 カイルドのハンマーに赤い魔法陣が展開され、火を纏う。そしてカイルドがハンマーを振る度に、火の弾が放たれクリスに向かって襲い掛かった。


 「甘いよ! 我、光の加護を受けるもの。今その光を輝かせ。『光壁シャイニング・ウォール』」


 クリスの前に魔法陣が展開されると、同時に二つの光の壁が出現してクリスを守る。


 クリスが使った魔法は光属性中級魔法『光壁シャイニング・ウォール』と言い、自分の正面に光の壁を発動して防御する、最もポピュラーな防御魔法の一つだ。


 しかしクリスの魔法はそれで終わりではなかった。


 クリスは光属性の特殊効果である『上昇』を発動する。二つの『光壁シャイニング・ウォール』はお互いの防御力を上昇させあい、通常の五倍ほどの防御力になっていく。


 そしてカイルドの『火弾ファイヤー・バレット』」が、クリスの二重の『光壁シャイニング・ウォール』」を壊すことはできずに霧散する。


 (やっぱりクリス君はスゴイや……。光属性の中級魔法をあんなにも使いこなすなんて……。僕には無理だな……)


 クリスとカイルドの戦いはセイヤの年ぐらいになるとできても当然のことなのだが、もちろんセイヤにはそのようなことはできない。


 まず魔法を行使しようにもクリスより詠唱が遅い。次に二つ以上の魔法を同時に行使することなど厳しい。


 そんな事を考えながら二人の戦闘を見ていたセイヤだったが、突然セイヤのことを寒気が襲った。それはまるで後ろに腹のすかせた蛇がいるかのような感覚。


 セイヤの体にまとわりつく嫌な感じを感じて、恐る恐る後ろを向くと、そこにはニヤニヤと気持ち悪い笑を浮かべながら、魔法陣を展開させているザック達の姿があった。


 「よぉ~アンノーン。探したぜ」

 「ザック君……」


 セイヤは急いで手の中にある双剣ホリンズを構えようとしたが遅かった。ザックが展開していた魔法陣から赤い鎖が出現してセイヤの足に巻き付く。


 セイヤは足に巻き付いた鎖を外そうとしたが、鎖は火属性の魔法だったため、触った瞬間に高熱がセイヤの手を襲う。足の方は幸い制服が長ズボンだったため、熱を感じることは無かったが動けない。


 ザックが使った魔法は火属性初級魔法『火鎖ひぐさり』。この鎖はたとえ切れたとしても、すぐに活性化して鎖に戻るので捕獲の際はよく使われている。


 ザックはセイヤの足に巻き付けた鎖を引っ張りながら言う。


 「ハハッ。アンノーン俺達も訓練を始めようぜぇ。といってもここじゃなんだから移動するか」


 ザックは鎖を持ちながら走って移動を開始する。


 ホアとシュラもザックに続き走り出すが、セイヤの足は『火鎖』のせいで自由が利かないため、必然的に地面を這いつくばる形になってしまう。


「クッ……」


 森の地面特有のデコボコが容赦なくセイヤのことを打ち付けるが、ザック達はそんなことを気にせずセイヤを引っ張りながら走り続ける。


 引きずられる事五分、セイヤの顔や制服は泥だらけになりながら連れてこられた場所は小さな広場のようなところ。


 おそらくここでザックたちは訓練という名のリンチをするのだとセイヤは感じていた。


 ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらセイヤのことをみる三人。その眼からは恐ろしいほどの蔑みと憎しみが感じられた。

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