第349話 魔導
「未来を知る者じゃと?」
モルガーナの口から告げられた衝撃の真実にルナは言葉を失う。未来を知るなどどんな魔法を使っても不可能だ。
もしそのような力が存在するならば現代の魔法体系から逸脱した能力になる。仮に存在したとしても、そのような魔法師が誰にも知られていないはずがない。
と、そこでルナはある可能性を考えた。
魔法にはない異能的な力。現代魔法からは逸脱した能力。仮にいたとしても存在しえない魔法師。
(魔法師ではない……?)
魔法のような力を使うが魔法師ではない存在をルナは知っている。現代の魔法体系では考えられない能力でも魔導士なら実現できるかもしれない。
魔導士なら予知能力者がいてもおかしくはない。しかしそれでは辻褄が合わない。魔導士とはかつて存在した魔法師のようなものであり、彼らが滅びたことで魔法師が生まれたのだ。
わかりやすく言うのであれば魔導士とは魔法師の祖先にあたる存在。長い年月を経て自由気ままに再現されていた魔道が規則や法則にのっとって最適化されてきたのが現代の魔法体系である。その過程で魔法体系では再現できない能力は固有魔道と言ったが、時代とともにその固有魔道も失われてしまった。
その固有魔道の消失と同時に新しい魔法が生み出されるようになり、固有魔道は次第に固有魔法と認知されるようになった。しかし固有魔法は結局のところ現代の魔法体系の中で生み出されたものなので魔法体系の外にある固有魔道とは似ても似つかわない。
そうして時を経て固有魔道は姿を消し、魔導士という存在も消えていった。だから現代では魔導士は存在するはずがないのだ。
確かに可能性としては魔導士が生きていた時代に予言を聞いていたのかもしれない。だがそれだとモルガーナに変化が生じた時期が違いすぎる。
もし魔導士による予言があったとすればモルガーナが魔道士にあったのはここ十年の間とならなければおかしいが、まずそんなことはない。
考え込むルナに対してモルガーナが口を開く。
「魔道士なら生きていますよ」
「なんじゃと?」
「と言っても一人ですが」
「誰じゃ?」
わずかにルナの表情がこわばる。
「魔道士エムリス。かつての七神官です」
「エムリス……時空を司る魔道士じゃったか」
「ええ、そうです」
魔道士が生きていることにルナは驚いたが、エムリスという名を聞いて妙に納得してしまう。時空を司る彼なら三百年という時を操って時間の進行を遅くすることが可能だ。
だが同時に彼では予言は不可能になる。エムリスの能力はあくまでも時空を司るだけであり、操れるのは時間と空間だけ。未来を見ることは彼にはできないはずだ。
「いや……」
そこでルナはある可能性に気づく。
「エムリスの能力を使えば予言は不可能じゃが、それに似たことはできる」
「正解です」
だがそれはあまりにも不確定すぎる要素だ。ルナはますますモルガーナの真意が分からなくなってしまう。
「誰じゃ……誰がお主に会いに来た……」
「帝王」
「そうか……」
エムリスは時間を操ることができる魔道士だ。だがその時間とはあくまでも進む時計の針の速度を操れるというだけであって、巻き戻すことはできない。
しかし一つだけ方法がある。この世界には異なる世界線があると言われている。俗に言う平行世界、パラレルワールドだ。
パラレルワールドとは例えば例の事件でセイヤが覚醒しなかった場合の世界だ。その世界ではセイヤはあの男に殺されて世界はセイヤのいない世界のまま時が進んでいた。
またはセイヤがそもそも拉致されなかった世界。それならばセイヤは覚醒することなく今も落ちこぼれ魔法師としてセナビア魔法学園に在籍してルナたちどころかユアにも会っていなかっただろう。
このように世界はある分岐点を境に異なる未来へとつなぐことができる。一説によると平行世界は収束すると言われているが、その真偽の確証を得られるのもはない今も不確定要素の高い事象だ。
そしてエムリスの空間魔道はふとしたことでその平行世界とつながってしまう。もっと正確に言えば平行世界のエムリスとこの世界のエムリスが同時に同じ空間にアクセスした際にその空間を介して二つの世界がつながる。その時、向こうの世界の進みがこの世界よりも早かった場合、向こうの人間はこちらから見たら未来人となるのだ。
わかりやすく言えば、この世界では四月一日から新年度が始まる。例えばその新年度を起点とした場合、この世界では一日が二十四時間で回るが、他の世界では一日中に時間で回るかもしれない。その時、二つの世界のエムリスが新年度から二十四時間後に空間を介してつながった場合、こちらのエムリスは四月二日を迎えたエムリスに対し、向こうのエムリスは既に四月二日を終えて四月三日を迎えたエムリスだ。
このように複数のエムリスが世界を結ぶことで事実上のタイムリープが可能になる。といっても、異なる世界のエムリスが送り込んできた人間から聞いた話になるからこの世界でもその通りになるかはわからない。
先ほども言った通り、覚醒したセイヤが覚醒しなかったセイヤのいる世界線に言って何かを伝えたとしても、その世界のセイヤは覚醒していないのだから意味がない。
同じ理論が今のモルガーナにも適用されるはずだ。
「ところでお主のあったセイヤはいつのセイヤじゃ。そしていつであった」
「私があった帝王はちょうど今くらいの帝王です。まあ会ったのは三百年前ですが」
「まさか三百年の時を超えたと?」
「ええ。だから私はその世界線がこの世界と交わらないものだと思っていました。ついこの前までは」
ここにきてルナはようやく理解する。モルガーナがどうしてこのニ十年でここまで変わったか。
二十年前、この世にまだセイヤはいなかった。だからそもそもキリスナ=セイヤという人間が存在しない世界では三百年前の知らせも意味がないということだ。だがセイヤが生まれたことでモルガーナが三百年前に知った世界とこの世界が交わり始めた。
だからモルガーナは三百年前に知った未来の世界の現状とこの世界の現状を収束させようとしたのだ。
「じゃがこの世界がその世界と交わらなかったときはどうする? 結果は変わるぞ?」
ルナの指摘の通り、モルガーナが知っているのはあくまでも平行世界での現実だ。平行世界では少人数でうまくいったことも、こっちの世界ではうまく行くとは限らない。
例えば向こうの世界のセイヤが黒髪で、こっちの世界のセイヤが金髪ならそれだけで世界は交わらない。
だがモルガーナには自信があった。
「だから世界を合わせに行くのです」
「本気で言っているのか?」
モルガーナの言葉にルナは戦慄する。つまり彼女が言っているのは平行世界のセイヤの髪色が違うなら、こっちの世界のセイヤの髪を黒くすればいいということだ。けれどもそんなことは先ず不可能に近い。
そもそも世界の相違点がいくつあるかもわからない状態でその相違点を解消できるはずがない。だというのにモルガーナの表情には余裕があった。なぜそんな余裕があるのか、ルナには見当もつかないのであった。
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