自由な囚人
その囚人は鉄格子の無い、石牢の中に居ました。
「やあ、不自由な人。今日も不幸かい?」
まるで潰れたトランペットのような声で、私に話しかけます。
「なんだ、俺の方が不自由だって言いたげな顔だな」
私がそう思うよりも先に、そう言われてしまいました。
顔の方が早口なのでしょうか。
「ああ、そうさ。俺のほうが不自由さ」
潰れたトランペットが得意げにファンファーレを鳴らしました。それに合わせてガチャリ、と囚人の足に繋がれた鎖も鳴りました。
でも。
その鎖はどう見ても、今すぐ外れそうな程に錆びていました。
そしてそもそもこの石牢には格子も何もありません。むしろ石で出来た、ただの扉の無い小屋のようです。
いつでも、囚人は自由になれそうなのですが。
「いいや、なれないね。ここを出ちまったら、なれないね」
どうして?
「自由になるには自由を知らなけりゃならないからさ。……そして、光は暗闇の中からじゃないと見えないんだよ」
私はぐるりと辺りを見回しました。
高い空。長閑に踊る雲。道の両端に真っ直ぐな木が並ぶ、何の変哲もない田舎の土道。そして石牢。
確かに何処にも自由という言葉はありませんでした。
でも、その言葉の切れ端が、この道の向こうに、空と雲の果てに、舞っている姿を私は幻視しました。
「……それも、自由と旅に縛られているのさ」
得意気に、でもどこか諦めたように、囚人は呟きました。
言いたいことを言って満足したのか、囚人はそれっきり目と口を閉ざしてしまいました。
まるで世界から逃げるように。
世界という檻から、逃げるように。
石牢からしばらく歩くと、朽ちた大きな旅行鞄が在りました。
大分高価な物だったのでしょう。草に絡まれながらも、形だけは未だにしっかりと保っていました。
今度は、足を止めることなく、私は通り過ぎました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます