逃げる希望

死にそうでした。

余りの暑さに溶けそうでした。

そこは灼熱の……はちょっと言いすぎですが、カラカラに乾いた砂漠でした。

……やっぱり灼熱の、と言ってもいいかもしれません。

街の人達は皆口々に。

「小さな砂漠だよ。大したことはない」

と言っていました。

信用した私が馬鹿でした。

誤算です。

あの街の人達はずっとこの場所に住んでいます。

根本的に身体の造りが違うのかもしれません。

旅人として失格です。

人と、特殊な環境には、特に気をつけなければならないのに。

喉どころか、眼球や、血液まで乾いてきているようです。

視界がぼやけてきました。

砂を踏みしめる足がそのまま沈んでいってしまいそうです。

このまま倒れてしまいたくなります。

変な話です。

雪山で遭難した時と何だか似ています。

まったく正反対の場所だと言うのに。


「追い込まれたら、大体そんなもんさ」

ふと声が聞こえました。

とは言ってもここは砂漠。

私以外に生き物なんて居るはずもないのに。


くらくらする重い頭をどうにか持ち上げて、声の主を探します。

「ほらほら。こっちこっち」

……とうとう頭が茹で上がってしまったのでしょうか。

その声は、少し前方に見えるサボテンから聞こえてくるのです。

「お姉さんも難儀だね。ほらほらここまでおいで。オアシスがあるよ」

すると、サボテンの足元にゆらゆらと揺れる池が見えました。

ああ。水だ!

裸になって飛び込んでしまいたい!

「でも、そんなことしたら旅の荷物は無くなってしまうね」

ニヤニヤとサボテンのやつが笑います。

……サボテンに顔なんてあったでしょうか?

いやいや、そんなことは今はどうでもいいのです。

私は力を振り絞って、右足を前へと運びました。

ところが、いくら進んでもサボテンの元までたどり着けません。

「当然さ。希望は常に前で光っているものだからね」

また、サボテンが笑います。

いやらしく口の端をあげながら。

……サボテンに口なんてあったでしょうか?

いやいや、そんなことは今はどうでもいいのです。

あの水辺まで辿り着かなければ、間違いなく私の旅が終わってしまいます。

私はまた力を振り絞って、左足を前へと運びました。

「そうそう。駄目だと思っても、まだまだ身体は動くもんさ」

今や私の足を動かしているのは、乾きと性格の悪いサボテンへの苛立ちでした。

「それでもお姉さんは進んでる。希望に向かって進んでる。砂漠の終わりへ進んでる」

楽しげに笑うサボテンの声を聞きながら、すぐ目の前に在るはずのオアシスに向けて、黙々と足を動かし続けました。

何度も、何度も。

何度も、何度も……。









気づけば私は小川の側で倒れていました。

その小川の向こうは森になっています。

遂に私は砂漠を越えたのです。

すぐにお腹がたぷたぷになるまで水を飲みました。

飲み干した後、辺りを確認してから裸になって川に飛び込みました。

……ああ。生きてるって素晴らしい。



「そりゃそうさ。困難を乗り越えたんだから。それが例え小さな困難でもね」

ふと聞こえた気がしたその声の方を振り返ると。

砂丘の向こうに、私が出発した街が見えました。

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