味のしない御馳走
畑に囲まれた寂れた村で、夕食をとった時のことでした。
そのお店はお世辞にも立派とは言えない風情でした。
お客さんも私を含めて片手で足りるほどです。
使い古された木のテーブル、同じような木の食器。
でも、そこに並ぶトウモロコシのスープも、ほのかに甘い黒いパンも懐かしい味で、とても居心地の良い場所でした。
それになにより。
「さあ、今日は何を弾こうか」
店の奥の小さなステージ。
そこにはさっきまでカウンターの中で鍋を睨んでいた店のご主人が、古いギターを抱えていました。
周りのお客さんもやんややんやと囃し立てます。
「旅の人も居るからね……みんなは聞き飽きてるだろうが、この曲はどうだろう」
そう言って、つむがれたその曲もまた、懐かしい味のする曲でした。
草を撫でる風のように。
それを見送る誰かの視線のように。
少しの寂しさも織り交ぜながら、でも愉快に……。
私はすっかり聞き惚れてしまいました。
ところが。
「……あらら。弦が切れてしまった」
ぶつりと、唐突にその幸せな時間は終わりを迎えてしまいました。
不意の別れは旅にはつきものです。
……でも、それに慣れるということは未だに出来ません。
「旅人さん。そんな悲しい顔をしないで」
でも、ギターを抱えたご主人も、周りのお客さんも全然残念そうではありませんでした。
それどころか、まだまだこれからだ、とでも言いたげに笑っています。
「料理も、音楽も……あるもので良いんだ。それでどうにかするのが人生の醍醐味ってもんだよ」
そう言うや否や、それまで爪弾いていたギターを、今度は太鼓のように叩き出しました。
残された弦がシャラシャラと振動して、それは今まで聞いたことのない打楽器になったのです。
それに合わせて、ご主人も、他のお客さんも歌い出しました。
さっきと同じ曲なのに、今度はまるで違ったものに聞こえます。
風の中を踊るように。
誰でも迎え入れる焚き火のように。
そして、やっぱり少しの寂しさも織り交ぜながら、でも愉快に……。
気づけば私も、手拍子でその音楽に加わっていました。
「ほらね。お腹いっぱいになったでしょう?」
そう言って、太ったお腹を撫でながらご主人は笑いました。
私も舌鼓を打ちながら、笑い返しました。
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