第18話-俺の彼女がこんなに可愛いわけがない。


お洒落なパンケーキを食べ、Twitterにアップする。

空想上の生物だと信じていた女子高生がリアルにいたという現実を直視しながら、中川 八熊は幸せの味を噛み締め、同時にどこか現実感を感じられずにいた。


確かに中川 八熊は、大高 和音の事が好きだ。

しかし自分自身の人生が、ラノベの主人公のように上手くいくはずも無いと信じていたし、下手すると今日死ぬのかもしれない とさえ感じていた。

そう、こういう時は決まって夢オチか、不運な事故に遭遇してバッドエンドだ。



などと考えていると、目の前の美少女は不思議そうに問う。


「八熊さん、食べないんですか…?」


「いや…、ちょっと考え事というか…うん、ごめん。」



依然として不思議そうに中川 八熊を見つめる美少女。

だがしかし、お互いがお互いを知らなさすぎる上に、中川 八熊は紛れもないヒキニートなのだ。

しかも相手は女子高生、出会い厨になったつもりこそないが、話題だって掴めない。

どうやっても釣り合わない。


これからよろしく と言ったものの、中川 八熊の心のもやが晴れたわけではなかった。



「えっと…八熊さん。この後、どうします?」


時刻は午後の2時半頃だった。

中川 八熊は迷わず答える。


「近くに、俺が好きな所があるんだけど…そこでいいかな?」


「はい!もちろんです!」


少し不安そうな表情をしていた美少女の顔に、笑顔が戻る。







川沿いの道をゆっくりと歩くと、目的地が見えてきた。

知らなければ気付かないであろう、地味な建物。

そして「下水道科学館」という、興味を持ちにくい施設名称。

すぐ隣にはテニスコートがあるが、その下には下水処理場が広がっている…というか、正確には処理場の上にテニスコートがあるのだが…


それはひとまず置いておいて、実際に行ってみれば、意外と面白い事もある。

例えば施設外には、県外等様々な地域のマンホールが展示されていたりするし、そもそも入館が無料なので立ち寄って損するという事はない。




そして、中でも中川 八熊が気に入っているポイントは、入って左手にある部屋だった。


「えっと…普段ゲーセンとか行く?」


「はい、たまにですけど…。」



そう言って見せたのは、よくゲーセンで見る、踊るタイプのゲームを模した謎の教育ゲームであった。

プレイも無料でできるにも関わらず、ゲーム難易度は微妙に高く設定されていて、数多のゲームを攻略してきたヒキニートでもなかなかハイスコアが出せずにいた。


「最近、これのハイスコア狙っててね…実は通ってるんだよ…」


「え、八熊さんって近くに住んでるんですか…?」


「あ、うん。さっきのカフェの近くだよ。」



自室から名古屋城が見える と言えば、羨ましく思うのだろうか。

しかし、女子高生を部屋に呼ぶのは非常にまずいので呼ぶわけにはいかない。



「えー!行ってみたかったです!!」


呼ぶわけにはいかない。



「うん、大人になったらね。」


なるべく平静を装って返す。

しかし心の乱れがプレイに出たのか、今回もハイスコアは出せなかった。



「…じゃあ、私もやってみますね。」


そう言って美少女は、羽織っていた上着を脱ぎ、中川 八熊に手渡す。


「え?え?」


ふわりといい香りがした。

いわゆる女子の香りだ。


「見ててください。ハイスコア出せたら、お家に行きましょう!」



そうして謎のBGMに乗せて、軽やかにステップを踏む美少女は、中川 八熊が通いつめて出したスコアを軽々と塗り替える。

待って、ゲームで負けたらヒキニートの立場は…などと考えるのと同時に、ヒキニートは言う。


「いや、ハイスコア出たけど!部屋はダメだから!」


「えー?散らかってても大丈夫ですよ?」


「そういう問題じゃないし、うちは散らかってないよ!」


「えっちな本とかあっても…許しますよ?」


「ないよ!」


スマホで見るから!


「DVD…?」


「そうじゃなくて…まぁ、とりあえず今日はやめとこ?」


「…そうですね、これからは、すぐ会えますし。」


「うん。よかった、わかってくれ…て…?」


言いかけた時、大高 和音の瞳に涙が溜まっているのが見えた。


「…私、そんなにダメですか?子供ですか…?魅力、ないですか…?」


「そうじゃなくて!大事にしたいんだよ。…その、彼女できたのだって、初めてだし…。」


「……。」



「……。」



「…私、今日ずっと不安だったんです。八熊さんは優しいから私に付き合ってくれただけで、本当は私なんか不釣り合いなんじゃないかって。」


「…そんなの、俺も一緒だよ。」




人と人との関係は、天秤にかけるべきではない。

なぜなら、互いに支えあってこその 人 だからだ。

どこかで誰かに聞いたそんな言葉を、今、鮮明に思い出せるのは

きっと、彼女のおかげなのだろう。


涙を拭きながら笑顔を見せる大高 和音は、安心したような声でこう呟く。



「…よかったぁ、私達、実は似た者同士なんですね。」


似ているかどうかなんて、まだわからない。


そもそも、俺の彼女がこんなに可愛いわけがない。

そう思っていた。

しかし、事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、現実はなんとなく超絶な日常の延長線上にあるのだ。




「また来週遊べるし、今日はもう帰ろうか。」


「…はい。今日もありがとうございました。」




駅までの道、歩道橋を渡る2人。

ヒキニートには夕陽が眩しいと感じる中、大高 和音が口を開く。



「…八熊さん。」


「うん?」




一瞬、時が止まったような気がした。

夕陽に照らされた美少女は、それにも負けないくらいに輝いた笑顔で

そして、これから沈みゆくと知る陽の光を思わせるような寂しさを 言葉に、込めて。


「…好きです。今朝よりも、もっと。」


それだけ言って、大高 和音はまた、駅に向かって歩き出す。


「…うん、そういうの…ずるいよ。」



少し早足になった美少女の後ろを着いて歩む中川 八熊は、自分と大高 和音が少なからず同じ気持ちであるという事が嬉しかった。

確かに2人はお互いをよく知らないだけで、似ている部分もあるのかもしれない。


しかしそれを急いで知る必要はないのだ。

中川 八熊の思考はそこまで行き着き、長かった今日を思い返しながらこう思う。

やはり、自分が青春ラブコメに登場するのは、間違っている…。




…そしてそんな青春ラブコメは、もう少し、続く…。

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