第16話-彼女にフラグを立てられたら。


何度も読んだライトノベルを本棚に戻し、中川 八熊は立ち上がり、家を出る。

大高 和音と出会ってから、ヒキニートたる中川 八熊は外出の頻度が明らかに増えていた。

着ていく服がそろそろなくなりそうだ。

あぁ、でも服を買いに行く服がない。


そんなジレンマ。しかしふと思い直す。

…別に、自分の服装なんて気にされていないだろう、と。



向かった先は、今回の待ち合わせ場所の「市役所駅」だった。

市役所の利用よりも、名古屋城の最寄り駅としての利用の方が一般的には馴染み深いのではないだろうか。

噴水を見ながら、まだまだ騒がしいセミの鳴き声を聴く。

セミの鳴き声って、久しぶりに外で聞くとほんとに五月蝿いんだな なんて思いながらも、まだ自分がヒキニートではなかった時代のとある恋路を思い出す。

あぁ、思えば悲惨かつ壮絶な振られ方だった。

人目のある所で思い出しても、若干泣けてくる程だ。


まだ何も始まっていない今日なのに、精神力がゼロになりかけていた頃、大高 和音の呼ぶ声が聞こえた。



「管理人さん、お待たせしました♪」


夏らしく身軽な装いの美少女は、これまでのどんな嫁よりも輝いていた。

これでこそ、次元を一つ増やす価値がある。

この感動を8メガピクセルカメラで撮影して、すぐに共有したい…。


それができるiPhoneを持ってしても、それができる器量を持ち合わせていない中川 八熊は

うまく目を合わせる事も出来ずに立ち上がる。


「おはよう。 えっと…じゃあ行こうか。」





名古屋城は、恐らく名古屋で一番有名な観光地であり、一番のガッカリスポットであると中川 八熊は思っていた。

まず、エレベーターが付いている。

大阪城にも付いている事から、豊臣秀吉さんはエレベーター好きなの? という謎の発想に至ることも出来るが、「お城」を楽しみたい人には絶対に物足りなく感じるだろう。

どちらかと言うと資料館。

しかしそんな一番のガッカリスポットを、観光雑誌では一番に取り上げる。

だから、名古屋には何も無いと言われるのだ…。



しかし、同時に中川 八熊はそんな名古屋が好きだった。

何にでも金鯱を乗せる名古屋が好き。

エビフリャーとは呼ばなくても、海老フライは好き。


だからこそ、中川 八熊は『一番嫌いで、一番好きな名古屋』を、大高 和音に見せたかった。




名古屋城は正門から入るとすぐに、金鯱のレプリカが置かれている。

休日は旅行者がこぞって記念撮影をするスポットだが…

城内にも、金鯱のレプリカに乗って記念撮影できる場所があるし、本当に推しすぎなのだ…と思う。


「管理人さん、写真撮りたいです!」


「あ、うん。お城の中にも…」


「早く、こっちに立ってください!」


「は、はい…」


城内に、もっといい場所があると知っていても尚、断れるわけがなかった。

これ以上いい所なんてない…よね。





天守閣に登ると、名古屋の街を見渡す事ができる。

ここからの景色こそが、名古屋を現しているようにも思える。つまり、都会は一部だけで、あとは広大な住宅街が広がっている。そんな街。


「…素敵な景色ですね。」


「うん…これが、名古屋だよね。」



そう、これが名古屋。

大都会という幻想も何も無い、ありのままの姿。





「管理人さん、私の話、聞いてくれますか…?」


「うん。俺で良ければ。」



そうして、語り出す美少女を見て

中川 八熊は、静かに気付く。


自分も、目の前の少女の事を何もわかっていなかった という事に。

今日、自分が ありのままの名古屋を見せようとしたように

彼女もまた、ありのままの自分を見せようと、今日を生きている事に。



そして同時に、数多のゲーム世界でのヒロインを攻略してきたヒキニートは、こうも思う。


…こんなに雑な流れでのフラグ回収は、間違っている…。

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