第15話-大高 和音は傷付かない


大高 和音は、徐々に平静を取り戻しつつあった。

夕飯もまだ食べていないらしく、電話口で泣いていたのが嘘だったかのようにポツリと呟いた。


「管理人さん、…お腹空きました。」


「あ、うん…任せて。」



足を運んだのは、仁王門通りにある Hashoe de Rosso であった。

女子はオムライスが好き。

そんな偏見を持つ中川 八熊が、自信を持ってオススメする洋食店が、ここだ。

店内は若干騒がしいが、安くて本当に美味しいオムライスが楽しめる。



注文を済ませ、早速本題に入りたい中川 八熊だが…どうやって切り出せばいいのかもわからない。

そもそも、ようやく少し落ち着いた美少女を、また追い込むような事も当然したくない。



中川 八熊が悩んでいる中、先に切り出したのは大高 和音だった。


「…気を遣わせてしまってごめんなさい。もう、大丈夫ですから。」


「いや…うん。」


中川 八熊も、かつて恋をした事があった。

勇気を振り絞り、告白し、破れた過去があった。

当然悔しかったし、絶望もしたが 心のどこかで思っていた。

自分には無理だ。相応しくない と。



しかし、目の前の美少女 大高 和音はどうだったのだろうか。

自分で自信が持てなくても、こんな絶世の美女からの告白を断る事ができる男なんて存在するのだろうか。

失敗する要素があるとすれば、自分の考えたデートプランを相手が気に入らなかった可能性

それ以外に考えられなかった。


「えっと…それで、何があったの?」


何があったの?なんて、フラれた女子に聞いてしまう所がコミュ障スキルカンストの中川 八熊らしさである。


「…管理人さん、そのお話は…今度落ち着いてからでいいですか?」


「あ…うん、ごめん…。」


「いえ、大丈夫…です。」



言葉にしてから気付いた大失態だったが、しかし大高 和音は『今度』とも言った。

それに中川 八熊が気付いたのは、大高 和音の次の一言を聞いてからだった。


「…管理人さん、来週またお会いできませんか? その時、全部お話しますから。」


「…え? あ、あぁ。大丈夫だよ。」




それから特に言葉を交わすこともなく、普通に、普通の食事を済ませた二人は

次回の待ち合わせ場所の確認だけをして、上前津駅で別方向の地下鉄に乗った。


中川 八熊には、ついに大高 和音の考えていることが理解出来なかった。

自分は、インターネットで知り合っただけの、名古屋観光案内に長けた『管理人さん』であるはずだ。

今日の事を、そもそも話さなければならない という事も当然無いし、仮に話すとしてもメールでいいだろう。

これ以上、関わるメリットが大高 和音には無いはずだ。


それでも、律儀に会って話してくれる話を断れるわけもない。

しかし…来週こそが『最後』になるかもしれない。





「…あぁ、俺は何を…どうしたいんだろう。」


どうにもならない気持ちをどうにかするには、自分がどうにかなってしまいそうで

気持ちの整理もつかないままに、電車は目的地に着く。




地上に出て、都市高速の高架を見上げながらふと、思う。

…やはり、自分が他人と関わるのは、間違っている…のだろうか。

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