第14話-大高 和音の憂鬱
大須商店街で買った電撃文庫の新刊を、フラリエで読み漁る。
そんな恒例行事を楽しんでいた中川 八熊は、腹立たしい程に晴れ渡った空を見上げ、読んでいた本を閉じた。
…そういえば矢場町の三輪神社にも、縁結びの木があったな。
そんな事を思いながら、iPhoneで時間を確認する。
未練たらしく設定されたロック画面には、件の美少女が映し出されている。
人生で最も充実した時間を過ごした後の中川 八熊は、半ば燃え尽き症候群に近い感覚を感じていた。
自分が真面目に考えたプランである以上、絶対に成功して欲しいと思う反面、逆の事を考える自分もいる事に気付くと、自分に友達がいない理由を突き付けられたような気もして二倍傷付く。
…しかしそれにしても、どうなったか…気になるのは変わらない。
とは言え、こちらから連絡するわけにもいかず幸せを願うばかりの中川 八熊は、三輪神社の御神木に祈りを捧げた後、ナディアパーク前の行きつけのきしめん屋に向かった。
安くて旨い名古屋メシは基本的に網羅している管理人こと中川 八熊は、考えても仕方が無い事を考えるのをやめ、腹ごしらえをする事にしたのだった。
時刻は夕方6時
かの美少女の話では、今日が決戦の日であった。
どのコースを選んだのかは知らないが、順調に行けば、今頃想いを告げている頃なのだろうか。
そう思いながらも中川 八熊は、いつも食べるミニ天丼を注文した。
揚げたての天丼が提供された頃、普段は鳴らない中川 八熊のiPhoneが着信音を響かせ…いや、鳴りもしないくせにマナーモードのヒキニートのiPhoneが、着信を知らせるべく震え始めた。
ちょっとこれ、電話ってどうやって出るの…!?
なんて慌ててしまったのはまた、別の話である。
「はい、中川です。」
「…管理人さんですか?」
それは、大高 和音の声だった。
成功したらお礼がしたい と言うので、連絡先を教えていたのだが…まさか今日連絡があるとも思わなかった。
いや、そんな事は問題では無いのだ。
明らかに声に元気がない。
「…えっと、何かあったの?」
「…でした。」
「…?」
「…ダメ、でした。ごめんなさい。」
「いや…謝られるような事じゃないけど、…あぁ、なんて言えばいいかわかんないな…。」
「ぅう…」
声にならない声を出しながら、電話口で泣き出す美少女。
人として放っておけないが…自分にはどうにもできない。
そう思っていた時、微かな希望が見えた。いや、聴こえた。
「…ちょっとそっち行くから、10分だけ待ってて。」
「ぅえ…?あの…」
美少女が何か言うより先に、中川 八熊は店を飛び出した。
自分に、何も出来ないなんて事はない。
自分にしかできない事だってあるんだから。
着いた先は、大須商店街。
電話口で聴こえた音が、その位置を教えてくれた。
幾度となく通った自分だからこそたどり着けたその場所に、やはり大高 和音は居た。
「…管理人さん、なんで…。」
久しぶりに走った中川 八熊は、息を切らしながらこう言う。
「…大須商店街の放送は…場所によって内容が変わるんだよ…。」
幾度となく聞いたそれを、中川 八熊は聞き逃さなかった。
それを聞いた美少女は、涙を拭きながら一言
「…ほんとに、なんでも知ってますね。」
尊敬と、呆れと、その他色々な感情を混ぜた声で
でも、少しだけ安心したように笑顔を見せた。
中川 八熊には、大高 和音にこの後も気の利いた言葉をかける事ができる自信を持ち合わせていなかった。
しかし一つだけ、間違いなく言える事があった。
…こんな美少女を泣かせる男は、間違っている。
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