第13話-冴えない名古屋の歩き方


3度目の擬似デートの日が訪れた。

3度目であり、最後の擬似デートだ。


最初に会った時と同じく、名駅で待ち合わせた二人は、朝食を摂るためサンロードへと向かった。

お目当ての店は、名古屋市内の至る所にあるCoCo壱番屋 サンロード店。

厳密に言うと名古屋市内発祥のチェーン店ではないが、国内最大のカレーチェーン店である通称CoCo壱は、サンロード店限定で『朝粥』を楽しむ事ができる。




ヘルシーかつ健康的な朝食のあとは、いつもとは更に趣向を変えて地上へと出る。

今回のプランは「バスツアー」である。

それも、単なる市バスではなく…8番乗り場から乗れる「メーグル」を最大限に利用しようというのが、今回のプランである。


メーグルでは、500円で1日乗り降りし放題の乗車券を買える上に、電車では行きにくい観光地を『巡る』事が出来る。

停留所にて待つ事数分で、バスは乗り場に到着した。




「メーグル…派手ですね。」


「うん…、そこが名古屋らしさあるけどね。」



バスに乗り、少しするとトヨタ産業技術記念館やノリタケの森を通過する。

改めて考えても悪くない観光資源だが、やはり1箇所では弱い。


県外の人でもわかる有名所で、間違いなく訪問するであろう名古屋城もメーグルは通るが、城好きには名古屋城はそもそもオススメできない。エレベーター付いてるし。


しかしメーグルなら、地下鉄でのアクセスが悪い徳川園・徳川美術館に楽に行けるのだ。


「今回は名古屋城にも徳川園にも降りないけど、本番の時は結構使える路線だよ。」



「は、はい!」


メーグル べんり

とメモを走らせる美少女は、こう思っているに違いない。

『この2箇所に降りずに、どこに行くの…?』と。





2人が降りた先は、名古屋市市政資料館だった。

裁判所の跡地をそのまま利用した建物は、歴史的価値も高い。

そして何より、各階各所が美しい。

中川 八熊が名古屋城より数倍オススメしたい、観光スポットであった。



入館無料にも関わらず、アクセスの微妙さと圧倒的知名度の低さが影響してガラガラの…絵画の中のような館内を、絵に描いたような美少女と歩く。

そんな経験が現実にできるとは思っていなかったが、しかしこうして体験してわかった事がある。


「…3次元もいいなぁ…。」


「え、急にどうしたんですか!?」


「い、いやごめんなんでもないです…」


天秤をモチーフにしたステンドグラス。

ラスボスの城のような階段。

現実感のない3次元。

そこにいても、違和感を生まない美少女。


もしVR技術がここまで進化したら、人類は繁殖をやめるのだろうか。

などと馬鹿げた事しか思い付かない残念な思考を捨て、本来の目的を果たすべく案内をはじめる。



市政の歴史に興味がなくても、見る価値がある外観、内装。

落ち着きのある静かな時間を過ごす。

そんなデートも良いのではないか というのが今回のプランであった。




「…すごく、素敵な場所ですね。」


「なんていうか…異国感すらあるから好きなんだよね、ここ。」


「わかります。…本当に、ありがとうございます。」



「え、どうしたの急に…」


改めて感謝の言葉を口にされると、どうしていいかわからないのはコミュ障だからだろうか。

これ以上の言葉が出てこない。


「…だって管理人さんに会わなかったら、連れて行ってくれた所、一つも知らないままでした。」


「…一応、そういう所…選んだから。」


「どれも凄く新鮮で、楽しかったです。」



…この過去形が、妙に寂しく感じるのは

やはり…いや、考えるのはやめておこう。

あくまでこれは、擬似デート。予行演習なんだ。

最初から、最後まで。



「…楽しかった なんて、まだ名古屋はこんなもんじゃないよ。」


精一杯、感情を押し殺した。

そうだ、まだ今日は終わらない。始まったばかりだ。





市政資料館の館内にある喫茶店で軽食を採った後、二人はまたメーグルに乗った。

初めて会った日より、会話がぎこちなくなった気さえした。










そんな気持ちを他所に、バスは走る。

次の目的地は、テレビ塔。

地上波デジタル放送に移行して以来、お役御免となった電波塔であり、今なお名古屋栄のシンボル的存在として、人々を見守っている。


観光地として推すには、高さが180mと微妙に低くて微妙との声もあるが、日本で最初に完成した集約電波塔であり、開業当初は東洋一の高層建築物だった。

地上波デジタル放送への移行が決まった当時のテレビ塔は、自分と似た気持ちだったのではないか

と、中川 八熊は自分勝手な想いを巡らせていた。


今日が終われば、自分はお役御免だ。

こんな美少女が男とデートして、告白して、失敗なんて常識的に考えて有り得ない。

元より自分のものでも何でもないが、今日が終わらなければ良いのに と切に願った。





「ここがやっぱり、ザ・名古屋って感じですね!」


眩しい笑顔を振り撒く美少女、大高 和音はそう言いながら、iPhoneを取り出した。


「管理人さん、一緒に写真撮りましょう!今日の記念です!」


…そんな事すると勘違いされるよ とも言えず、管理人たる中川 八熊は管理人らしくこう答える。



「ここで撮るより、オアシスから撮った方が綺麗に撮れるし、名古屋っぽいよ。」


「さすがです!」



一緒に撮ってもらったら、絶対ホーム画面に設定しよう。絶対にだ。



そう心に決めた中川 八熊は、大高 和音と共にオアシス21 水の宇宙船へと向かった。

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