第6話-マイナスから始まるリア充生活。

既に筋肉痛の身体に鞭打って、地下鉄「上前津」駅に降り立った中川 八熊は、大好きなはずの名古屋の街で唯一好きになれない「地下鉄の階段」に苦戦していた。

心配そうな目と哀れみが混じったような目を向ける美少女は、見知った駅である安心感に包まれていた。


上前津。

名古屋が誇る電気街であり、歩けば大体何でも揃う商店街と名高い「大須商店街」の最寄り駅である。

大須観音駅で降りる観光客も少なからずいるようだが、大須商店街で入る店 と言えば、大体上前津駅から歩く方が近い。

中川 八熊の隣を歩く美少女、大高 和音も恐らく大須商店街は何度か訪れているだろう。

なぜならこの商店街は、リア充からヒキニートまで 層を選ばず楽しめるスポットと呼べる。数少ないエリアなのだ。


「大須商店街は…来たことあるよね?」


「はい、同級生と、よく唐揚げ食べに来ます!」


「なるほどね、じゃあデートにオススメなお店だけいくつか紹介するね。」



大須商店街は、同じ趣味の相手と来るならば…例えば気になるお店に入ったり、ゲーセンで遊んだりと、1日では遊び尽くせない程の有力な遊び場だ。

しかし、意中の先輩とやらとのデート…、しかも相手の趣味も趣向もわからない場合に、食べ歩き以外の武器を選択しにくい という欠点がある。

なぜなら、商店街各地に置かれた大須マップを見れば一目瞭然。

『店が多すぎる』のだ。

目的もなくウロウロしすぎるのも悪印象になりかねない。

「デートっぽい行き先」をある程度提示するのが吉と言えよう。

その中で、相手の趣味の店や気になる店が掴めれば寄り道をすればいい。

キッズ向け商品のほとんど無いキッズランドもあれば、ドールやプライズの専門店まで、コアな趣味には大体対応可能だ。


「そんなわけで、カフェとか食べ歩き的なオススメをピックアップしておいた。」


そう言って、中川 八熊は某ディズニーランドガイドブック並の細かさの食べ歩きガイドまとめを携帯の画面に表示した。


「あとでメールで送っておくけど、とりあえずこの中で行きたい所ってあるかな?」


カラコンでも入ってるの?と聞きたくなるくらいにキラキラと目を輝かせ、画面をスクロールする美少女。

お気に召した店が見つかったのか、スクロールを止め、画面を見ていた目線をこちらにやる。


「ここ!ここがいいです!」


「なるほど、お目が高いね。」


女子高生とは、クレープとパンケーキと肉とタピオカが好きな種族だ。

中川 八熊には、そんな偏見があった。

事実、TwitterやInstagramを見れば、近鉄パッセや大須で買い物した後はパンケーキやらクレープやらを食べて自撮りをアップする女子高生が大量発生しているし、正しい偏見と言えるのかもしれない。

そんな女子ウケしそうな店を探し出しては、毎クール変わる二次元の嫁との妄想デートプランを組む。

それが中川 八熊の行動原理となっていた時期もあるのだ。



そんな架空の嫁ではなく、現実の美少女女子高生という存在が指し示した店は、中川 八熊が最も自信を持ってオススメする喫茶店に他ならなかった。











バナナレコードの、黄色い目立つ店舗の隣。

ひっそりと営業している老舗の喫茶店は、その存在を知らなければ素通りしてしまうほどのさりげなさで、しかしそのメニューは他にはない存在感を放つ物であった。


「抹茶フォンデュを二つください。」


抹茶フォンデュ。

いかにもInstagram女子にウケそうな名前とデザインである。

そんな先進的な食べ物を提供する喫茶店「吾妻茶寮」の歴史は意外と古い。

恐らく女子高生の財布には決して優しくない値段設定だが、抹茶が苦手ではない限り、絶対に楽しめるスポットではないだろうか。


少しして運ばれてきた抹茶フォンデュを、嬉しそうに食べる美少女を見て、中川 八熊はこんな事を考える。


…やはり妄想デートを現実に持ち込むのは、間違っている。

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