第3話-やはりこんな青春ラブコメは間違っている。
とある日曜日、天使のような笑顔と共にやってきた、背徳感そのものを象徴する制服姿の美少女は、事もあろうに先日のメッセージで名乗った名前を本名だと言ってのけた。
しかしまだわからない、まだ釣りかもしれないのだ。
微妙に辺りを警戒するが、強面な黒服の姿やヤバい業界の人達の姿は見えない。
そんな挙動不審なヒキニートの顔を覗き込み、天使は不思議そうな表情のまま、こう言う。
「どうしたんですか? 顔が変ですよ?」
悪びれる様子も無く…というか、恐らく自分の言った言葉の意味を理解していないのだろう。
名前の件からも察しが付いていたが…この美少女は、あまり賢くない。
可愛いから許されてきたタイプの典型。そう確信したが、ここでは言葉にしない。
「…顔が悪いのは認めるけど、そもそもネットで本名なんか使うなよ…。」
「あ…、ご迷惑でしたか?ごめんなさい…。」
ヒキニートを見つめる潤んだ瞳は、どこまでも純粋なものだった。可愛い。
そしてヒキニートは、評価そのものを覆す。
賢くないのではない、素直で、純粋なままなのだ と。
「…迷惑じゃないけど、ネットってのは誰が見てるかわからないんだから、現実の情報を相手に知られたりするのはマズいよ。特に君なんかは…」
…可愛いんだから、という言葉を咄嗟に飲み込む。
危ないところだった。
そもそも意中の相手とのデートコースを決めに来ている相手に何を…。
「私なんかは、何ですか…?」
「いや、ごめん何でもないよ。とりあえず喫茶店でも入って、モーニングでも食べよう。」
急激に名古屋の話題。つまり本題へと戻す。
聞けばデートは朝8時ごろに名駅で集合して、その後モーニングを一緒に食べる所から始まるんだそうだ。
「それなら、行きたい所があるんです!エスカ っていう所にある、コメダ珈琲店が…」
「ごめん、却下。」
「えぇー!?」
エスカのコメダ珈琲店。それが決して悪い事だとは言わない。
しかし、意中の先輩とやらも目の前の女子高生も、名古屋市外在住とはいえ立派な地元民である。
そんな地元民が、エスカのコメダ珈琲店のように、他府県からの観光客で溢れかえるエスカのコメダ珈琲店に迷わず行くのは愚行である。
そもそも個人的な話ではあるが、最近は全国的に展開しているコメダ珈琲店に、わざわざ名古屋に来たからと言ってモーニングを食べに行くのは むしろ勿体ないのではないかとも思う。
名古屋なら、他の喫茶店でもモーニングサービスは必ずと言っていいほど提供される。
せっかく名古屋に来ているなら、他府県には無い地元の喫茶店に入って欲しい と思いさえする。
そんな名古屋のモーニング事情にも情熱を注ぐ管理人こと中川 八熊は、行き先によってモーニングのオススメを変える。
わざわざ何も観光資源のない名駅でモーニングを探さなくても、どこに行っても隠れた名店的な喫茶店は存在するからだ。
しかし今回は、名駅でのモーニングをご所望の様子。
ならば…中川 八熊は、一日中モーニングを提供している喫茶リヨンを強くオススメする。
それもうモーニングじゃなくね? なんて突っ込みは気にしない。なぜならそれこそが、名古屋らしさそのものであると感じるからだ。
「…というわけで、喫茶リヨンが割と名古屋っぽくてオススメだけど、どう?どうしてもコメダ珈琲店なら、エスカより名駅西店まで行ったほうが結果的に早く入れると思うけど。」
長々と言葉を並べてしまった中川 八熊は、唖然とする美少女を見て反省していた。
やってしまった と…。
名古屋の話題になると、延々と喋りすぎてしまう。
そうして中川 八熊は自然と周囲から孤立したし、それでも名古屋を語りたい彼は、自己満足のためのサイトを作り上げたのだ。
「ごめん、大丈夫?喋りすぎたね…。」
「いえ、凄いなって…、全然知らないお店なので、楽しみです!」
純粋なままの美少女は、そう言って笑顔を取り戻した。
「行きましょう!えーと…喫茶リヨンに!」
「あぁ、はい。じゃあ地下に入ろうか。」
まだ会って間もない相手を目の前にして考える事ではないだろうが、しかしふとこんな事を思う。
…長い1日になりそうだ。
地下を歩きながら、隣を歩く美少女が何やらメモを取っているのが見えた。曰く
「エスカでモーニングを食べるのは、間違っている。」
…いや、別に間違いってわけじゃないんだけどね。
なんて考えながらも、中川 八熊は喫茶リヨンの扉を開き、大高 和音を店内に通した。
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