第2話-ネットの名前はハンネだと思った?
久々の外の光を浴びたヒキニートである中川 八熊は、休日の名古屋駅の慣れない人混みの中、一人そわそわしていた。
質問者の提示してきた待ち合わせ場所は、ベタな金時計前だった。
とりあえず金時計なんて、間違っているとしか言いようがない。あんな人の多い所で、そもそも会ったこともない相手と待ち合わせなんて常軌を逸している。
そう考えた中川 八熊は、待ち合わせ場所を名鉄百貨店前、ナナちゃん人形の下へと変更した。
ここなら通行人こそ多いものの、金時計よりは相手を探す労力が減らせる。
そんな事を考えながらも、未だに自分がなぜ、見知らぬ相手のために普段出ない部屋の外に出てきたのか。
理由は単純にして明白だった。
憧れの先輩とのデートコースを考えるという憂鬱な前提があるとはいえ、3次元のリア充の女子との外出など、自分のこれからの人生において訪れるとは思えない。
しかも、メッセージでの会話から察するに恐らく若い、JKとやらだ。
自己満足のインターネットサイトの管理人をしながら、自室で毎クール変わる嫁を愛でる日々を送るだけのヒキニートは、そういった意味ではテンションが上がっていた。
期待こそしていないが、いい気分転換くらいにはなるだろう。
そんな事を考えながらも、今日も堂々と名古屋の街に立ち尽くすナナちゃん人形を見上げる。
ナナちゃん人形。
名駅エリアのシンボル的存在と認知されているが、見に来たからと言って、せいぜい写真を撮って終わりだろう。
実はミナちゃんという妹がいるという設定や、過去に赤ちゃんを抱いていた事から子持ちと推測されるという説を知っていても知らずとも、この周りに買い物以外のいわゆる観光資源が無い名古屋は、やはり弱い。
そう考えながらも、自信に満ちた姿で道行く人を見守るナナちゃんを見上げる。
やはり大きい。勘違いして欲しくはないのだが、中川 八熊は名古屋という街を愛しすぎている。
好きで、好きでたまらないのだ。
だからこそ、名古屋を決戦の場所に選んだという…大高 和音と名乗る存在が、気になって仕方が無かった。
どうせ遊ぶなら、楽しんで帰って欲しいものだ。
…それにしても、約束の時間までにはまだ時間がある。
街ゆく人の観察にも飽きた頃、明らかに見覚えのある学校の制服を来た女子高生に声をかけられた。
「あの…すいません。もしかして、管理人さんですか?」
見た目は完全に、今をときめく女子高生、しかもかなり可愛い。
普段誰とも話さないコミュ障でヒキニートな中川 八熊は、声にならない声でなんとか返事をしようとするが…間髪入れずに、件の美少女は言葉を続けた。
「初めまして、大高 和音です!今日はよろしくお願いします!」
そう言って美少女は、軽くお辞儀をする。
いやいや、待て待て。
よくあるハーレム展開系のラノベじゃないんだから…。こんな美少女が、こんな自分にデートコースの相談?
どこ行っても楽しいに決まってるだろ、常識的に考えて…。
様々な気持ちを押し殺しながらも、なんとか声を出す。
「あぁ、よろしく。」
コミュ障には精一杯の声。
しかし一つ疑念が浮かぶ。
「…ところでその名前って、本名なの?」
普通に考えれば、本名をネットで使ったりはしない。
しかし何だろう。この美少女はそういった普通が通じないのではないだろうか。
そんな予想が、想像が、やはり気のせいではない事を確信する。
目の前の美少女は首を傾げ、不思議そうにこちらを見て一言。
「もちろん本名ですよ?変ですか?」
あぁ、時代はここまで来たのか。
それとも時代のせいにしてはいけないのだろうか。
どちらにしても、言っておかねばならないだろう。
「…ネットで、見知らぬ相手に本名を名乗るのは、間違っている…と思うよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます