第10話-とある名古屋の給水目録


水の歴史を知る事は、つまり街の歴史を知る事だ。

少なくとも、中川 八熊はそう考えていた。

人は昔から、水と共に暮らしてきたし、豊かな文明はいつだって水と共にあった。


そんな歴史に興味があっても無くても、水の歴史プロムナードは優秀な散歩道と言えるだろう。

散歩道の中腹、長い登り坂を歩んだ先に、目当ての建物が現れた。



水の歴史資料館

入館は無料で、気軽かつ手軽に名古屋市の水道の歴史を知る事ができる場所だが…その知名度は低い。

確かに名古屋の水道の歴史に興味がある人など少数派であると思うが…この施設の魅力は、もっと別の所にある。



「そんなわけで、ちょっとここで休憩しようか。」


「は、はい。ここ…無料なんですね、こんなに立派な建物なのに…。」



「うん、勿体無いよね。…えっと、これどうぞ。」


そう言って中川 八熊は美少女に紙コップを手渡す。


「ありがとうございます。…これは…?」


「ここでは、キンキンに冷えた名古屋市の水道水が飲める。」



全国的にも比較的美味しいとされている名古屋市の水道水を、ただキンキンに冷やしただけの物だが…

長らく歩いた体には嬉しい給水ポイントであり、給水の歴史を知るついでに給水ができるという、なんともマニアックなポイントである。


「…都会の水って、美味しいんですね。」



ちなみに名古屋市の水道水は、『名水』という勇気溢れるネーミングで、ペットボトルや缶に詰められて販売もされている。




そこそこに展示を見て回った二人は、資料館を出る間際にふと思った。


「…正直、あれだけ冷えてれば美味しく感じるよな。」


「…そ、それ言います…?」




砂田橋から徒歩で始まった水の歴史プロムナードそのものは、もう8割方踏破した。

しかし、水の歴史資料館は砂田橋駅と覚王山駅のちょうど中間にある。

つまり…結局どちらかの駅まで歩かねばならない。ヒキニートに優しくない移動距離である…。

喉こそ潤ったが、足に疲労が溜まりつつある中川 八熊は、水道橋や給水塔を横目に見ながら長く長い坂を下る最中、こんな事を考えていた。



…やはり名古屋の水道事業PR方法は、間違っている…。

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