ララ、はじめてのおつかい 前編

 ある朝、女の子うさぎが台所に降りていくと、女おおかみはなにやら、バスケットに包みを入れていました。

「き?」

「ああ、おはよう。ララ、よく眠れた?」

「き」

 ようやく顔を上げた女おおかみは、「あら」、とちょっと嬉しそうな声を出しました。


「きっ❤」

 

 新しいお洋服を着たときの女の子の気持ちは、プリンセス。

 女の子うさぎは得意げな顔で、くるんとひと回りして見せました。

「さっそく着てくれたの? ありがとう」

 女おおかみは、女の子うさぎのほっぺに、ちょっとキスをしてくれます。

 そう。このワンピースは女おおかみが、女の子うさぎのために作ったものなのです。


「き」

 

 おや。女の子うさぎは、バスケットのことがどうしても気になるようですね。

 女おおかみも、ようやく気づいてくれたようで、

「ああ、これ?」

 と、優しく説明を始めます。

「あなたのワンピースの生地は、うまのお母さんにもらったの。だからそのお礼に、ミートパイをね」

「き」

 女の子うさぎは、目を輝かせました。

「というわけで、これ持って行ってくるから、お留守番……」


「き!」


「……え?」


「き、き!」

 

 女オオカミは目を丸くしました。

「行きたいの?」


「き!」

 

 女の子うさぎは、何度も何度もうなずきました。

 うまのお母さんは、『おじいちゃんの木広場』近くにある教会の屋根裏部屋に住んでいます。何でも、とっても足が速いので、王都へのお使いを頼まれることがよくあるとか。そのご褒美にいただいたお金で、森のみんなに役に立ちそうなものや、珍しいものを買ってきては、分けてくれるのだそうです。

 

 うまのお母さんのところに、どんなすばらしいものがあるか。

 

 考えるだけでも、わくわくするではありませんか。

「うーん」

 女おおかみは考えました。

 自分が行ったほうが早いのはまちがいありません。しかし、せっかく作ったワンピースの出来も見てもらいたいところ。それに、女の子うさぎにご近所づきあいを覚えさせるには、いい機会かもしれません。

「じゃあ、お願いしようかな」


「き!」

 

 女の子うさぎは、任せて、とばかりに胸をどんと叩きました。女おおかみはペンと便箋を取り出し、何やら書きつけます。書きあがったそれを二つ折りにし、女おおかみは言いました。

「一緒に、このお手紙を渡してね」

「き」

 二つ折りにされたお手紙は、バスケットの隅っこにそっとしまわれました。

 女おおかみはもう一枚、紙を取り出し、何かを書きつつけます。今度は、それを女の子うさぎに手渡しました。

「ここが、うまのお母さんのお家」

 地図です。これで迷っても大丈夫。女の子うさぎは、とっても力強い味方を得ました。

「もし、うまのお母さんが留守だったら、教会のヒツジの神父様にバスケットを預かってもらって」

「き」

「ノックをして、こんにちは、ってちゃんとご挨拶するのよ」

 もっとも、通じるかどうかはわかりませんが。

「き」

 女の子うさぎは、何度も何度もうなずきました。

 ひと抱えもある大きなバスケットを持って、さあ、出発です!

「ありがとうって、ちゃんと言うのよ~」

「きー!」

 手を振って、女の子うさぎは行ってしまいました。

「さて、と」

 女の子ウサギに、お使いのご褒美を用意してあげなくては。

 女オオカミはエプロンのリボンを括りなおし、お家の中へ……、あれ? ドアの中から白い頬かむりした怪しいヒトが。


 じー……っ。

 

 え? ちょっと、ちょっと、何ですか、女おおかみ、その泥棒スタイル!

(だってだって! やっぱり心配なんだもん!!)

 女おおかみ、狼の姿になって地面をくんかくんか。急いで女の子うさぎの後を追いましたとさ。


 さて、同居人が泥棒さんスタイルで見守っていること露知らず。

 女の子うさぎは、うまのお母さんのもとへと急ぎます。

 

 今日も、森はいい天気。

 

 木の間からは木漏れ日が降り注ぎ、葉っぱたちは夜露に濡れています。

 女の子ウサギは、ちょこちょこちょこちょこ二本の足で歩いて行きます。……え? 文字通り跳ねるように跳んで行かないのかって? だってそんなことしたら、真っ白なカボチャパンツが丸見えじゃありませんか。乙女の恥じらいってやつです。


「きー」

 

 女の子うさぎは、ちょっと足を止めて、水溜りに映った自分の姿に、にっこりしました。

 季節は夏。

 女おおかみが作ってくれた白い袖なしのワンピースは、文句のつけようがないくらい、かわいい出来です。青い襟と同じ色の、腰の後ろで結ぶ大きなリボン。同じデザインで、今度はピンクを作ってもらう約束なのです。

 そう、じつのところ、女の子うさぎは、これを着た自分を、誰かに褒めてもらいたかったのです。これから森ですれ違うヒトたちみんなが、きっと女の子うさぎを褒め、羨ましがってくれることでしょう。

 ……しかし。


「きー」

 

 誰にも会いません。

 森はこんなにいいお天気なのに、どうしたことでしょう。

(あああ、ララ、こっちじゃないのよお!)

 うきうきしている子どもは、知らず知らず道を外れてしまうもの。

 女おおかみの、はらはらどきどき通り、女の子うさぎは徐々に道を外れ始めていたのです。そのうち、女の子うさぎは、とっても不安になってきました。


「きー」

 

 本当に、こっちでいいのかしら?

(お願いっ、地図、地図を見て!)

 女おおかみの不安と森は、どんどん深くなっていきます。

 心なしか、お日様も陰ってきたような。


「き」

 

 心細くなってきた女の子うさぎは足を止めました。さっきから、ずっと歩き通しです。足がとっても痛くなってきました。


「き」

 

 女の子うさぎは、ちょうどよさそうな切り株に腰かけ、一休みすることにしました。


「……きー」

 

 女おおかみと一緒なら、ちっとも怖くないのに。

 さっきまで、あんなに嬉しかったワンピースも、いまはちっとも嬉しくありません。

 女の子うさぎは、とっても悲しい気持ちになりました。

 

 じわっ。

 

 思わず涙が零れそうになります。


「きっ、きっ」

 

 女の子うさぎは唇をかみしめ、ぶんぶんと首を横に振りました。

 

 悲しくないったら、悲しくないんだもん。

 

 女の子うさぎはもう大きいのですから、おつかいくらいできなくては。

 女の子うさぎは、つと、立ち上がりました。


「きっ」

 ――行くのよ、ララ!

 

 女の子うさぎが、なけなしの勇気を振り絞って、力強く一歩を踏み出そうとした、その時。

 

 ――ぱきっ。

 

 女おおかみの足の下で、小さな枝が折れました。

(――あ)

 ……鳴っちゃいけない時ほど、お腹って鳴るものですよね。


「き!」

 

 大きく見開かれた女の子うさぎの目が、こっちを見ています。

 やばい、これ、やばい。

 女おおかみは両手で口を覆い、必死に息を噛み殺します。


「き、きぃ……」

(やー、だめえ、来ないでえっ)

 と、その時。

 

 がさがさっ。

 

 女の子うさぎの背中で茂みが鳴りました。かわいそうに、おびえきっていた女の子うさぎは。


「きぃー!」

 

 ものすごい悲鳴をあげて、一目散に駆け出しました。

 驚いたのは女おおかみです。なにせ、女の子うさぎが走り出したのは、教会とは正反対の方向、つまり、お家の方だったからです。たまらず、女おおかみは茂みから飛び出しました。


「ララ、ちょっと待って!」

 

 心配はわかりますけど、それって逆効果!


「きぃーっ」

 

 女の子うさぎは一目散に駆け出しました。

「ちょ、ちょっと、ララ、待って、待って!」

 女の子うさぎの後を追おうとする女おおかみ。

 そんな彼女に忍び寄る、アヤシイ影が一つ……。

 

 ガサッ。

 

 女おおかみ、びくう、と竦み上がりました。

 

 ガサッ、ガサッ。

 

 恐怖を張り付けた顔で振り返った女おおかみ! 

 

 果たして! そこには!!


 

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