森のおまわりさん 後編

 さて、一件目を無事(?)片付けたハリネズミの署長さん。次の現場にやってまいりました。

 次の依頼者は――。


「ども、お待ちしてました」

 

 男オオカミです。

「えー、お名前は?」

「ラティです」

「オオカミ、男性ね」

 調書というのは面倒なもんです。事実をつぶさに、細かに書かなければなりません。

 ハリネズミの署長さん、メモを取るのに大忙しです。

「えー、で?」

 男オオカミ、『え? これが見えてないの?』という顔で、それでも答えました。

「……はあ、見てのとおり、家が壊されたんで」

「えー、家?」

 ハリネズミの署長さん、首を傾げました。

 目の前には折れた木が何本かあるばかり。はっきり言って、ただのスプラッタです。

「えー、これが?」

「はい」

「えー、どう見てもね。えー、丸太が重なっているようにしか見えないんだけど?」

「木でできた家だったんで……」

 ハリネズミの署長さん、首を傾げつつ、呟きました。

「えー、最近、はやってんのかねえ」

「は?」

 本当は『えー、さっきもね。えー、女のおおかみがね』と説明したいところですが、はっきり言って守秘義務に反します。ハリネズミの署長さんは言葉を濁しました。

「えー、いや、こっちの話」

「はあ」

「で、被害に気づいたのは?」

「気づいたって言うか、帰ってきてドア開けようとしたら、壊れたって言うか」

 ハリネズミの署長さん、「ん?」、きらーんっ、と眼を光らせました。

「えー、じゃあ、君がドア開けたら、家が壊れたってこと?」

「まあ、そう言うことですね」

 ハリネズミの署長さん、ぱたんと手帳を閉じました。

「えー、それってね、事件じゃないよ。事故だよ、事故」

「え?」

「えー、だってね、それ、自分の家を自分で壊しただけだから」

 男オオカミ、飛び上がりました。

「え、ちょっと待ってくれよ!」

「えー、じゃあ、話はこれでおしまい。後片付けよろしくね」

「いや、けどさ、家に仕掛けがされてたことはまちがいないんだし!」

「えー、それって、証明できる?」

 男オオカミは言葉に詰まりました。が、ここで引くわけにはいきません。声をトーンダウンさせて、未練がましく呟きます。

「せめてさ、なんかこう、補償とか」

「えー、保険は? 入ってる?」

「……入ってません」

 ハリネズミの署長さん、呟きました。

「えー、お話になんないね」

 男オオカミ、敗北。勝負ではなかったはずなのに、敗北。と、ここでハリネズミ署長さんが思いもよらない言葉を発しました。

「ところで君、いま家はどうしてんの?」

 男オオカミ、ぱっと顔を輝かせます。

 これはもしや。もしかして。

 ヤダー❤ ハリネズミ署長さんたらあ❤ ひょっとして、新しいお家を紹介してくれちゃう? とかー?


 アホですね。


 超気持ち悪い期待を込めて、男オオカミは答えました。

「あ、はい。いま男の子ウサギの家でお世話になってて――」

「えー、じゃ、さしあたって凍死の心配はないわけだ。えー、よかったね」

「ちょっと! どこがいいんだよ!」

「えー、いや、いい話だ。助け合い。これこそヒトだよね」

 署長さん、感動したようにうんうん、うなずきます。もちろん、男オオカミは収まりません。

「いや、でもいつまでも世話になってるわけには……」

 途端にハリネズミ署長さん、口を尖らせました。

「えー、どうして? いいじゃなーい」

(女子か? 女子高生か?)

 男オオカミの怒りボルテージ最・高・潮❤ それはそれとして。

 ちっともよくありませんよ、これ。


 仮にも署長とか村長とか呼ばれてるヒトが、女子高生ってどうよ。

 そもそも、いいオトナがいつまでも子ども世話になるってどうよ。


 大体、食べるつもりで訪ねた男の子ウサギの家にいつまでもお世話になるなんて、非常識にも、ほどがあります。が、あくまでそれは男オオカミの事情です(ハリネズミ署長さんが女子高生な件はまた別ですが)。

 署長さんは、『わかんないなあ』、という顔で尋ねました。

「えー、なに? 同居を続けていけない理由でも?」

「いや、それは……」

「えー、同居人は男の子ウサギだったよね? つい食べたくなっちゃうとか?」

 それは……ちょっとはあります。

 が、すぐに男オオカミはぶんぶんと首を横に振りました。

 自らの食欲を、ここで絶対に認めてはいけません。

 湧き上がったわずかな食欲を振り切るように、男オオカミは叫びました。

「んなわけないだろ!」

「えー、そりゃよかった。ま、食べたくなっても食べちゃったら、あんた牢獄行きだからね」

 男オオカミ、目を点にして呟きます。「……え?」

「最近、新しい法律ができてね。森のどーぶつたちは四本足族以外食べちゃダメになったの」


 カキン。


 男オオカミは石になりました。すぐに石化は解けましたが、その顔は、彼の髪の毛に負けず劣らず真っ青になっております。


(ど、どうしよう。知らなかった)


 滝のような汗をだらだら流しながら、男オオカミは考えます。


(まだ食べてないけど、食べたいって思っただけで、食欲罪とか、そんな罪になんのかな?)


 男オオカミ考えすぎです。何ですか、食欲罪って。

「えー、話は終わり?」

 

 びくう!


 男オオカミ、大きく体を震わせます。そして、考えました。

 これ以上ハリネズミ署長さんをお引き留めしたら、食欲罪で(だから、そんな罪状はありませんて)しょっぴかれてしまうかもしまいません。やぶへびにならないうちに、とっととお帰り願ったほうがよさそうです。

「えー、じゃあ、あたしはこれで」

 ハリネズミ署長さんの言葉に、腰九十度。男オオカミは、体育会系のノリで叫びました。


「ども!! おつかれさんでしたー!」


 よくもまあ、ここまで想像力豊かにまちがった結論を導き出したものです。

 男オオカミさん、後ろにある瓦礫、どうするおつもりですか?

「……」

(オトコの決意は、そう簡単に口にするもんじゃあねえ……)

 やたらハードボイルドに(若干、涙目で)、男オオカミは決意しました。保険に入ろうと。



 さて、ようやく巣穴(署)に戻ってきた、ハリネズミの署長さん。

 今日も業務日誌をつけます。

 三月十二日。

 本日も平和、と。

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