やります! 大掃除!! 前編

 くらーい朝。

 女おおかみと女の子うさぎは、すでに目を覚ましておりました。深刻な空気流れる二人の姿は割烹着。口にはマスクをしております。そして、その手には箒が。


「やるわよ、ララ」

 

 真剣に女おおかみが言えば。


「きっ」

 

 真剣に女の子うさぎは答える。

 時は12月。あと2週間もすればノエルです。そう、二人はこれから大掃除という年末最大のお仕事にとりかかる気なのです! (皆様もご存知の通り、掃除には気合が必要ですからね!)

 

 今年は色々ありました……。

 

 うさぎを食べたいなどと不埒なことを考えたばかりにお家を失った女おおかみは、こうして心ならずも、女の子うさぎのお家にお世話になっています。

 しかしまあ、女の子うさぎのお家の物の溢れんばかりなこと! 

 本来広いはずのお家の床のそこかしこに物があふれております。しばらくは放っておいた女おおかみですが、もとがきれい好きな女おおかみ。お世話になっているとはいえ、いいえ、お世話になっているからこそ、このお家の惨状を見過ごすことができません! 

 というわけで気合は十分! 

 さ、やっぞ! はっ、やっぞ!(古いですか?)

 二人の女が、ガッツポーズ! と、その時。

 

 ――コンコン。

 

 遠慮がちなノックの音が響きました。(どっかでやった! この展開!)

 女の子うさぎ、お耳をぴくぴく。女おおかみ、お耳をぴくぴく。

 これは! この展開は!

 待ってましたよ❤ 運命の王子様❤❤❤(ハイ、賢い読者さま! すでにお気づきですね)

 んなわきゃありません。

 果たして、そこに立っていたのは。


「よ、よお」

 

 ひゅるるっ。

 風もないのに、女おおかみの心に吹いた隙間風を体現するかのように、女おおかみの銀の髪がたなびきました。そうですねえ、昭和歌謡曲に例えると『圭子の夢は夜ひらく』でしょうか。 

 しかし、女おおかみの16、17、18は、そんなに暗かったわけではありません。

 むしろ暗いのは、いまの男おおかみのお顔でしょう。


「……ちょっとさ、手伝ってほしいんだけど」

 

 女おおかみにとって、小さい頃から知っている兄貴の顔なんぞ、どーってこっちゃ、ありません(失礼ですね。世の男性諸君、自分の美貌をばかにされたら、もっと怒って下さい)。

 

 が!

 ここに!

 いま、ここに!

 夏よりも熱く燃える女が。


 いたあああ!

 

 その女のコの名は! その女のコの名は! 

 女の子うさぎと言います。(クサイけど、やっぱ感動。あの台詞)

「……きー❤」

 女の子うさぎ、初めて見るオトナのオトコの、アンニュイな表情にフォーリンラブ❤

 いやあ、ほんとに恋というやつは、大いなる誤解から始まります。みなさん、恋を楽しみたいなら、できるだけこの大いなる誤解を、盛大に、かつ、長く続けることですよ。

 というわけで女の子うさぎ、ぽっ、ぽぽっ、ぽぽぽっ❤

 真っ白なほっぺを、ほんのりピンクに染めて、女おおかみの足にすりすり。

(……どうしちゃったのかしら? この子)

 女の子うさぎのヘンな行動も気になりますが、それより今は、あまり歓迎できないお客様のことです。女おおかみは男オオカミに言いました。

「何でここがわかったのよ」

「ルチアナさんに聞いて」

 女おおかみの頭の中で、満面の笑顔を浮かべたうまのお母さんの、『うふふ』という笑い声がこだまします。

(……相変わらず、おせっかいなんだから)

 しかし、おしゃべりされてしまったものは仕方ありません。

 女おおかみは仕方なく、聞きました。

「で? 手伝ってほしいってなに?」

 おおう! すっかり忘れてましたよ!

 そうそう、男オオカミは何かお手伝いしてほしかったんですよね。

 で、それって何ですか?

「ちょっと、いま住んでる家の片づけを手伝ってほしいんだよ。テーブルの位置とかぐちゃぐちゃでさ」

 おおう! これまたいつのお話ですか!

 そう、男の子ウサギのお家って、頑固で変人なお父さんのせいで、随分しゃっちゃかめっちゃかだったんですよね。……あれ、まだそのまんまだったんだ。

「ほんとはもっと早く片づけたかったんだけど、うちの同居人がなかなか『うん』って言ってくれなくてさ……」

 男オオカミの言葉の端々に、苦労が滲み出ています。

 女おおかみは、女の子うさぎとの、これまでの日々を思い浮かべました。

 彼女も、『これはこれ。それはそこ』など、物の置き方から生活の些細なことに至るまで、うるさいこと、うるさいこと。今日のお掃除だって、説得にどれだけの時間を要したことか。

 かわいらしい容姿に似合わず、兎族たちは、ずいぶん頑固なところがあるようです。

 ところで、気になる女おおかみのお答えは?

(……正直、あたしもここの掃除あるしなー)

 ――でも。

 女おおかみは男オオカミの困ったような顔をじっと見つめます。

 ノエル前のこの時期。誰でも忙しいのは、男オオカミも百も承知のはず。まして、女おおかみは血が繋がらないとはいえ、妹です。妹が兄を頼るならともかく、兄が妹を頼りにするのは、けっこう勇気がいることかもしれません。

 そんな色々が、女おおかみに、こう言わせました。


「わかった。いいわよ」

 

 ぱっと、男オオカミの顔が輝きました。

「本当か?」

「ええ。行ってあげるから。さっさと案内しなさいよ」

 女おおかみの言葉に、『きっ!』、女の子うさぎが声を上げます。

 途端に女おおかみ、はっとしました。

「あ、ごめんね。ララ。勝手に決めちゃって」

「きっ、きっ!」

 女の子うさぎは、ぶんぶん首を横に振ります。

 だって、女の子うさぎは嬉しかったんですもの!

 いきなりご自宅に招かれた上、大好きなヒトのお役に立てるなんて、なんて素敵なことでしょう!

 女の子うさぎに悪いことしちゃったなー、と思った女おおかみと、心うきうき、弾む恋心動揺弾むような足取りの女の子うさぎは、さっそく男オオカミのお家……、もとい、男の子ウサギのお家に向かいましたとさ。


さて一方。お留守番をしていた男の子ウサギのお耳がピクピク。

「おーい、帰ったぞー!」

「キッ!」

 ――お帰りなさい!

 喜び勇んで迎えに出てきた男の子ウサギの目に飛び込んできたものは――。

 男の子ウサギと女の子うさぎ、ごたーいめん。

 ……お?


「き」

 ――なに? このひ弱そうな男のコ。


「キ」

 ――何だい? この生意気そうな女のコ。

 

 おやおや。初対面だと言うのに、ずいぶん険悪な雰囲気ですね。

「なあ」

 男オオカミがこっそり、女おおかみに話しかけました。

「なによ?」

「あの二人、うまく行くと思うか?」

 女おおかみ、おめめをぱちくり。ごくごく真っ当な返事をします。

「あんなに小さいのに、まだわかんないわよ」

「じゃなくて」

 男オオカミは言いました。

「友だちになれるかなってことだよ!」

 男オオカミは、もどかしげに話を続けます。

「ほら、ルルってさ、同じ年ごろの友だちがいないみたいだから……。お前の同居人が、ルルと同じくらいの女の子うさぎって、ルチアナさんに聞いてさ……」

 女おおかみ、お耳をちょっとピクピク。「要するに」、男オオカミの話を簡潔にまとめます。

「あの子に、お友だちを作ってあげたいってこと?」

「そう!」

 女おおかみ、改めて向き合う二人を見つめます。で、言いました。


「無理じゃない?」

 

 男オオカミは、がっくり耳と肩を落としました。

「やっぱ、女の子じゃダメかな……」

「や、そうじゃなくて」

 男の子ウサギも女の子うさぎも、根本的に相手が気に入らない様子。

 同属嫌悪ってやつですかねえ。

 見かねて、女おおかみは男の子ウサギに声をかけました。

「こんにちは。ルルくん……だっけ?」

 次の瞬間、男の子ウサギの体に電撃が走りました。

「キッ!」

 いいオンナだぜ!! ベイベ!

 ベイベ? ……まあ、ほっときましょう。女おおかみも次のアクションに移ってますし。

「あたしはレベッカ。で、この子がララ・マリア。ララちゃんて呼んであげて」

 男の子ウサギのお耳に、後半は入っていませんでした。

 

 レベッカ、レベッカ、レベッカ……。

 おお~、気高きその名は、レベッカ~。

 

 もはやミュージカル。

 男のコって、こういう捧げる系ラブ❤ソング好きですよね(女のコはラブ❤レターにその傾向有)。

 女のコって、けっこう冷静に引くし、別れた後だと寒いだけなんですけどね(逆もまた然り)。

 しかし、ここは春! 

 そこに恋があれば、春!

 たとえ冬でも春! 熱くなれば夏です!

 そんな恋まっさかりの男の子ウサギは、そこで“はっ”としました。


「キッ!」

 

 ――おおっと、このオレサマとしたことが。

 心だけは、いっぱしのオトコのつもりの男の子ウサギ。急いで自分の部屋へと向かいます。

「どうしたの?」

「……さあ?」

 やがて、階段をトタトタ下りる音が聞こえてきて、男の子ウサギが戻ってまいりました。

「キッ」

 ――お待たせ。マイハニー❤

 ……ええっと。

 まず、室内でソフト帽はどうかな? あと、赤い蝶ネクタイですか……。

 なんか、帽子除いて、こういう男の子、ピアノ発表会でよく見ますね。

 女おおかみ、目をまん丸くして、男オオカミを見つめます。男オオカミは、困ったように首を傾げました。

 しかし、いぶしげなオトナ二人の後ろで、燃え上がっている方がひとり。


「――きっ!」

 ――なによ、なによっ。

 

 女の子うさぎは、愛するヒトのお家に行けることが嬉しくて、つい、おしゃれを忘れていたのです。自分がうっかり失念してたアピールポイントを使われると、けっこうムカつくものです。あれですね。『うまくやりやがったな、このヤロー!』。ただ残念ながら、この場合はポイント外しまくりなわけですが。

「……ま、とにかく始めようか」

「……うん」

 オトナ二人は、とにもかくにも、お掃除を始めることにいたしました。


「じゃ、まず、このテーブルから」

 

 女おおかみ、みたび目を丸くしました。

「なんでこんな所にテーブルがあるのよ」

「知らねえよ」

 ぶっきらぼうな口調で男オオカミは言いました。

 なぜぶっきらぼうな口調になったかと言うと、なぞのテーブルの位置の理由が、男オオカミには、ほぼ察しがついていたからです。

 何せ、かんしゃく持ちのお父さんウサギさんのこと。おそらく、荷物を運び入れる際にも、相当揉めたに違いありません。この厄介なテーブル位置。これは、テーブルを運び込んだヒトビトの、ささやかな仕返しではないでしょうか。


「とにかく、運ぶぞ」

 

 男オオカミは台所側に。ぶつぶつ呟きつつも、女おおかみは反対側に回り込みます。

 ――と。


「キッ、キッ!」

 

 女おおかみの足元で、男の子ウサギが言いました。

 

 ――待ちな、お嬢さん。レディがそんな重いもの、持つものじゃないぜ。

 

 クールですけど、ハードボイルを気取るにゃ、ちょっと声がかわいすぎるかな。

 あとですね。

「危ないから、ちょっと下がっててね」

「……キッ」

 テーブル運ぶにゃ、圧倒的に身長が足りてませんよ。

 男の子ウサギは、しぶしぶテーブルから離れました。

 女の子うさぎ、『ふっ』勝ち誇った笑み。

「キッ!」

「きっ!」

 二人の間に、激しい火花が散りました。その火花を消したのは。

「おーい、二人ともー」

 そう、それは、女の子うさぎの運命のヒト❤


「きー❤」

 ――はーい❤

 待っててね、運命のヒト。女の子うさぎがいま、いま。

 

 

 

 違った。

 

 

 

 いや、これも違うな。だって、二人の距離は5メートルもないし。

 けどまあ、時間は一日千秋。距離は一歩千里とも言いますからねえ。(え? 言いません?)

 まあ、とにかく、恋する女のコにとって、愛する男のコまでの距離はそれくらい遠いということですよ。というわけで女の子うさぎは、ぴょんぴょん跳ねながら、喜び勇んで男おおかみに駆け寄ります。


「き❤」

 ――来たわよ、あ・な・た❤

 

 女の子うさぎ、もはや気分は新妻。

 男オオカミも、さすがに何やら感じ取ったよう。笑顔が、やや引きつり気味です。

「二人とも、動かしたテーブルと椅子を綺麗に拭いてくれないか?」

「はい。ララ、ルル」

 女おおかみが、二人に真っ白な雑巾を渡します。

「そこにある小さなバケツの水を使うんだ。いいな? ルル」

 こくんと男の子ウサギはうなずきました。

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