ララ、はじめてのおつかい 後編
一方、その頃。
逃げた女の子うさぎは、森の中を闇雲に逃げ回ることに疲れ、地面に座り込んでおりました。
「きー……」
どうやら、あの変な生き物はもう追っては来ないようです。
ほっとしたのも束の間、女の子うさぎは、大変なことに気がつきました。
「き!」
バスケットです。
女おおかみに持たされた、うまのお母さんに渡すパイとお手紙が入ったバスケット。
それが、ないのです。
「き」
闇雲に逃げ回っているうちに落としてしまったに違いありません。
ふと下を見下ろすと、ワンピースも泥だらけ。女の子うさぎは、しくしくと泣き出してしまいました。
「きっ、きっ」
なんてひどい一日なのでしょう。
女の子うさぎは、ただお使いに行って、このワンピースを褒めてもらいたかっただけなのに。
しくしくが、おんおんになり、やがて、わあわあに変わりました。
「きー! きー!」
そのときです。
「おや?」
上から降ってきた声に、女の子うさぎは顔を上げました。誰か立っています。
「……き」
大きいです。女の子うさぎが顔を上げただけでは、そのヒトの胸までしか見えません。
女の子うさぎは、首が曲がったまま戻らなくなるんじゃないかしら、と思うくらい、天を仰ぎました。
そこには。
「おやおや。声がすると思ったら、小さなうさぎさんじゃないか」
とっても、大きな女のヒトがいました。
「きぃ」
――大きいわ。
女の子うさぎが出会った中では、これまで女おおかみが一番大きい女のヒトでした。ですが、この女のヒトは、女おおかみより大きいのです。腰まである長い栗色の髪。白いノースリーブのシャツからのぞく腕にはたっぷり筋肉がついていて、そう『たくましい』という表現がぴったりのヒトです。
女の子うさぎは、ちょっと首を下ろして、おっぱいを見ました。
「き」
これも大きい。ぷるるんどころか、『ぶるるんっ』です。
「おいで」
大きな女のヒトは、ぬいぐるみみたいに軽々と女の子うさぎを抱き上げました。
「きぃ」
とっても高いです。女の子うさぎは思わず、女のヒトにしがみつきました。
「小さな女の子うさぎちゃん、お前、どこの子だい?」
「き」
残念ながら、このヒトは兎族ではないようです。女の子うさぎの言うことが、あまりよくわからない様子です。ですが、一生懸命に女の子うさぎの力になろうとしてくれているようなので、女の子うさぎは、ちょっとほっとしました。
と、そこに。
「ガオン!」
声が聞こえてきました。女の子うさぎのお耳が、ぴくぴく反応します。この声は……。
「ガオン!」
「おや、ガウェイン。――と、レベッカ」
ガウェイン? レベッカ?
女の子うさぎは大きな女のヒトに抱きついたまま、首だけ振り向いてみました。
果たして、そこには。
「……」
なぜか、とっても不機嫌そうな女おおかみと、女おおかみの腕に抱っこされた男の子ライオンの姿が。
「ガオーン!」
男の子ライオンは、女おおかみの腕からするんと抜けると、みるみるうちにヒトの姿になりました。
なんとも、かわいらしい男の子です!
やわらかにウェーブした金髪、青い瞳。小さいながらも貴公子のような男の子ライオンは、にこにこしながら女の子うさぎに、持っていたバスケットを差し出しました。
「き!」
そう。女の子うさぎが落としてしまった、バスケットです。
大きな女のヒトに降ろしてもらった女の子うさぎは、それを喜び勇んで受け取りました。
「どこかで見たことがある布だと思ったら、やっぱり」
大きな女のヒトが、ひざまずいて優しく微笑みます。
じゃあ、このヒトが!
「あらためて、初めまして。ララちゃん」
そうです! うまのお母さんです!!
「きー!」
女の子ウサギは、喜びのあまり、再びうまのお母さんの首にしがみつきました。
「おやおや」
うまのお母さんは困ったように笑って、女の子うさぎを右手に、男の子ライオンを左手に、抱えました。
「まずは、そのワンピースを洗濯しないとね。さ、わたしのお家にご招待しよう。レベッカ、君も来るよね」
「……ええ」
女おおかみ、やっぱり不機嫌そうです。というより。
――女おおかみのお名前って、レベッカだったのね。
女の子うさぎ、ちょっとカルチャーショック。
さて、軽いカルチャーショックを受けている女の子うさぎ以上にショックを受けていたのは、女おおかみです。彼女が不機嫌なのには、理由がありました。
それは先ほどの『果たして! そこには!!』まで、さかのぼります。
果たして! そこには!!
「……ガオン」
たてがみも生えていない、小さな男の子ライオンが。
「あ、あら、ガウェイン」
女おおかみは、この子をよく知っています。この子はかつての上官の息子。愛くるしい容姿にふさわしい愛想のよさで、女おおかみの顔を見ると、いつも『ガオン!』と元気のよいご挨拶をしてくれる、とってもよい子です。
が、どうしたことでしょう?
今日は、とっても変なお顔をしています。
「ひょっとして、お母さんと一緒?」
「……ガオン」
「遊びに? それとも、野草か何か摘みに? どっちにしろ、ここで会えてよかったわ」
「……ガオン」
にこやかな女おおかみの態度にも、男の子ライオンの反応は、やっぱりイマイチです。
女おおかみは内心、首を傾げました。
(どうしたのかしら……)
「ガオン」
おもむろに、男の子ライオンはバスケットを差し出しました。
「あ、あら!」
女おおかみが女の子うさぎに預けたバスケットです。一目散に駆け出したときに、うっかり忘れてしまったのでしょう。
「拾ってくれたの? ありがとうね」
「ガオン」
バスケットを受け取ろうと、屈んだ女おおかみの髪を、男の子ライオンが、くいくい引っ張ります。
「あ、あら、なあに?」
普段はこんなおいたをするコじゃないのに。
と、男の子ライオン、くっと背伸びして、何かを女おおかみの頭から取り去りました。
「……あっ!」
その瞬間、女おおかみは思い出しました。
ほ・お・か・む・り。
そう。男の子ライオンは、こう思っていたんです。
――おおかみのおねえちゃん、なんで、そんなへんなものかぶってるの?
ぼぼぼぼぼ!
これは恥ずかしい。超恥ずかしい。
――そうです。女おおかみは不機嫌だったのではなく、穴があったら入りたい気分だったのです。
というわけで一行がうまのお母さんと男の子ライオンのお家である教会の屋根裏部屋に着いたときも。うまのお母さんがバンザイした女の子うさぎから、すぽっとワンピースを脱がせたときも。
「しばらく、これで我慢してね」
と男の子ライオンの茶色いお洋服を着せたときも。男の子の服とは言っても、きれいに洗濯されていて、お日様の匂いがするそれに、女の子うさぎがほっこりしているときも、ずーっと、『恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……』と、ぐるぐるぐるぐる考え続けていたのです。
というわけで、次に女おおかみが正気に戻ったのは。
「レベッカ。ちょっと、レベッカ」
という少しいら立ったような、うまのお母さんの呼びかけでした。
「は? な、なに?」
「なに、じゃなく、ミートパイを作ってくれたんだろう? ちょうどお昼時だし、ちょっと手伝っておくれ。ガウェイン、お前は神父様とソフィアちゃんを呼んでおいで」
「ガオン!」
男の子ライオンは、任せて! と言わんばかりの勢いで、階段を下りていきました。
「さあ、ララちゃん。お昼の前にお仕事だよ。ララちゃんのワンピースを干すのを手伝ってくれるかい?」
「きっ!」
任せて! 女の子うさぎは、どんっと胸を叩きました。
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