初めてのおつかい、からの昼食会

 さて、時間は流れ、昼食時です。

 教会の庭では、これからとっても楽しいことが起ころうとしていました。

 

 ――シュッ。

 

 うまのお母さんがテーブルに敷いたのは、淡い青色のテーブルクロス。そこから先は、女おおかみと女の子うさぎの仕事。二人は協力して、スプーンとフォーク。それに、とり皿を六人分きちんと並べました。

 

 そこから先は、まるで魔法のよう。

 

 女おおかみがミートパイを切り分けている間に、うまのお母さんは、あっという間においしそうな料理を並べていきます。

 ローストチキン、冷たいカボチャのスープ。サンドイッチはツナとハム。サラダはみずみずしいレタスに、キュウリ。鮮やかなグリーンが、シュガーコーンの黄色とトマトの赤を、ますます引き立てます。


「き、き!」

 ――すごいねえ、すごいねえ!

 

 女の子うさぎは女おおかみのスカートの裾を、しきりにひっぱります。

 残念ながら、いまだ生ける屍と化し続けている女おおかみは、虚ろな瞳で「ああ、そうね……」と呟くのが精いっぱいですが。

 余談ではありますが、ほんの数年前まで家事に対してまったく無能だった女おおかみに家事を仕込んでくれたのは、うまのお母さんです。


「みんな、おまたせ」

 

 用意が整ったところで、ヒツジの神父様、登場です。

 おお! 若くてかっこいい神父様ですねえ! プラチナ・ブロンドの短い髪を撫でつけ、瞳は柔らかなグリーン。このヒト目当ての女性信者は、けっこう多いんじゃないでしょうか?


「きっ!」

 

 女の子うさぎは、ちゃあんとぺこりと御挨拶しました。

 ――と。


「めっ」

 

 ヒツジの神父様の陰にから、恥ずかしそうに顔を出した女の子がいます。

「――きっ?」


「めえ」

 

 なんてかわいい女の子でしょう!

 くりんとした目は神父様と同じ緑。髪の色も神父様と同じで、ピンクのリボンつき、くるりんツインテール。真っ白なブラウスの袖はパブフリース。袖口には細いピンクのリボンがついています。そして、フリルがたくさんついた、袖口のリボンと同じ、淡いピンクのスカート。

 まるで生きているお人形さん。本当に、ため息がでそうなくらい、本当にかわいいのです。


「あら! かわいい!」

 

 女おおかみの口から思わず賞賛の声が飛び出しました。

「……きい」

 ああ! どうして女の子うさぎは平凡な茶ウサギさんなんでしょう!

 引け目を感じた女の子うさぎの足が、つい、一歩後ろに下がりました。


「めえ」

 

 女の子ひつじは、つかつか(小さいのに、いっぱしのレディ気取りです)女の子うさぎに歩み寄り、『ご機嫌よう』とにっこりしました。

「きっ!」

 女の子うさぎは、つんとそっぽを向きます。

「め?」

 驚いたのは女の子ひつじです。どうして、このコはこんなに冷たい態度を取るのでしょう?

「め、めっ、めっ」

 女の子ひつじは、かわいらしく鳴いて、女の子うさぎの注意を引こうとします。

 女おおかみも、ようやく女の子うさぎの態度が、いつもと違うことに気がつきました。

「ねえ、ララ……」

 女おおかみが女の子うさぎに声を掛けようとした、その時。


「さあ、みんな。食べる前にお祈りをしよう」

 

 先にテーブルに着いたヒツジの神父様が、女おおかみの言葉を遮りました。

 女の子うさぎは、耳を傾げます。

「き?」

 隣の席の女おおかみが教えてくれました。

「ヒツジの神父様と同じようにして、ヒツジの神父様の言葉を繰り返せばいいのよ」

「きぃ」

 女の子うさぎはうなずいて、言われたとおりにしました。


「天にまします、我らが父よ」

 

 子どもたちもオトナも神妙な顔で、お祈りをします。


「今日の恵みに感謝いたします。アーメン」

 

 とっても不思議な気持ちでした。こうやって両手を組んで、みんなして神妙な顔をしているだけなのに、女の子うさぎには、さっきまで和やかな仲間たちが、まったく別のヒト。

 そう、まるで神様みたいに思えました。

 決していやな気持ちではないのに、嬉しい気持ちでもない。その気持ちになるだけで、お腹が重くなって、針金が張り巡らされていくみたいに、体がぴん、となっていくのです。

 

 ――厳か。

 

 そういうのだと、女の子うさぎは後で知りました。


「さ、食べようか」

 

 うまのお母さんがそういうと、魔法が解けたみたいに体から力が抜けていきました。

 もう、みんな神様ではありません。女おおかみは女おおかみで、ヒツジの神父様は、ヒツジの神父様です。女の子うさぎはちょっとの間ぼうっとしていて、女おおかみに、

「どうしたの?」

 と声をかけられるまで、フォークを手にとるのを忘れていたほどでした。


「き!」

 

 そう、ごちそうを食べなくては!

 女の子うさぎは、急いでフォークを手に取りました。女の子うさぎが真っ先に手を伸ばしたのは、サラダです。

「きー❤」

 女の子うさぎは思わずほっぺを抑えました。このドレッシング、なんておいしいのでしょう。

 ほっぺたが落っこちそうです!

 女おおかみはローストビーフを心ゆくまで味わっています。

「これ、おいしい」

「レベッカ、君のミートパイもおいしいよ」

 ヒツジの神父様が、意味ありげな視線を女おおかみに送ります。

「腕、あげたね」

「……ありがと」

 女おおかみ、そっけないふりを装いながらも、嬉しそうです。

「本当においしいよ。それに、あのワンピースもよくできてたね」

「まあね」

 女おおかみ、今度は素直に喜びを露にしました。


「うちも女の子がいればね……」

 

 うまのお母さん、ちらりと男の子ライオンを見つめます。男の子ライオンは、聞こえないふりをしました。だって、お母さんたら、男の子ライオンにかわいい服ばかり着せたがるんですもの。男の子ライオンは、男の子なんですからね。フリルの服なんか、絶対にごめんです!


「……き」

 

 おやおや、女の子うさぎ。ごちそうですっかり忘れていたのに、女の子ひつじのことを思い出してしまったようです。

「ソフィア、おいしいね」

「めえ」

 いやだ。目が合っちゃいました。女の子ひつじは、かわいい女の子特有の、愛嬌たっぷりの笑顔で、にっこりと微笑んでみせます。

「きっ」

 女の子うさぎは、ぷいと顔を背けました。

 女おおかみ、料理をかみかみ、女の子うさぎの様子を観察します。

 女の子うさぎは、女おおかみに見られているとも知らず、相変わらずそっぽを向いています。

(どうしたのかしら?)

 サンドイッチを手にとり、お口に放り込みます。

(からっ……)

 からしの濃いところに当たってしまったようです。目に涙をためた女おおかみ。いきなり、ぴんと閃きました。


(はっはーん)

 

 女の子うさぎは、自分よりかわいい(と思う)格好をしている女の子ひつじが、羨ましくなったのでしょう。いま着ている服は、あのワンピースではありませんものね。

 女おおかみは、女の子うさぎの耳に、そっと囁きました。

「ララ。わたしは、あのワンピースを着たララのほうが、あの子よりずっとずっと、かわいいと思うわよ」

「……き」

 おせじを言われても、ちっとも嬉しくありません。女の子ウサギはふくれっつらをしたまま、次の料理に手をつけます。女オオカミは、もちっとしたほっぺを、ちょんとつつきました。


「きっ!」

 

 ああ、本当にかわいい。横目でこちらをにらむふくれっ面が、こんなにかわいいなんて。

 女おおかみ、気分はすでに母。

 うまのお母さんは、二人のそんな様子を、目をすがめて眺めています。

 本当は、うまのお母さんはちょっぴり心配だったのです。あのおてんば女の子おおかみが、小さな女の子うさぎと一緒に暮らすだなんて。


(でも)

 

 女の子おおかみは、女の子うさぎのほっぺについている食べかすをとって、何気なくそれを自分のお口に運びました。


(取り越し苦労だったみたいだね)

 

 さて、楽しいランチの時間は、あっという間に過ぎてしまいました。

「そろそろワンピースが乾いているはずだよ」

 片づけを終えた、うまのお母さんが言いました。

「き❤」

 嬉しそうな女の子うさぎの脇から、女おおかみが言いました。

「この服、洗って返すわね」

「いいよ」

「けど」

「いいんだよ」

 うまのお母さんは、やんわりと、でも、有無を言わせぬ口調で言いました。

(レベッカが大丈夫ってわかったから、そのお礼)

 うまのお母さんの視線の先には、女の子うさぎがいます。女おおかみは、訝しげな顔をしましたが、詮索はしないことにしました。

「ありがとう」

「どういたしまして」


「きー!」

 

 女の子うさぎ、お着替え終了です。

「あら~、かわいい」

 女おおかみは、女の子うさぎを抱き上げて、これ見よがしにほおずりします。その様子を見ていた女の子ひつじが、ヒツジの神父様の服の裾をつかんで、めっめっ、と何やら訴えました。


「ソフィアちゃん、なんて?」

 

 まあ、女おおかみたら。ちょっと意地悪ですよ。

 ヒツジの神父様は困った顔で言いました。

「ララちゃんと同じワンピースが欲しいって」

 女おおかみは、女の子うさぎに向かって、にっこり微笑みました。

「わたしの言ったとおりでしょう?」

「きい」

 女の子うさぎも、にっこり微笑みました。

 地面に降りた女の子うさぎ、ワンピースの端っこを、ちょいとつまんでお辞儀をしました。


「きっき」

 

 ――それではみなさま、ご機嫌よう。

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