お腹をすかせた狼さんと一人ぼっちの子兎さん3
一方。
むかしむかしあるところに、おじいさんもおばあさんもいなくて、お父さんとお母さんもいなくて、姉妹もイトコもハトコもいなくて、あげくにおともだちもいない、とってもかわいい、でも色は平凡な茶色の女の子うさぎがおりました(童話にありがちな反復ですよ! ギャグも繰り返すから、おもしろいんですよ!)。
身長96.5㎝、体重14.3kg。ギンガムチェックのワンピースに白いエプロン。スカートから時々のぞく白いカボチャパンツは、ご愛嬌。
「きっ!」
あ、ごっめーん。見られるのヤだった? だって、見えちゃったんだもーん。
「きぃっ!」
はいはい。
さて、女の子うさぎはケーキを焼いておりました。
これは『いつかきっと現れる運命のおともだち』のためのケーキなのです。先ほども書いたとおり、女の子うさぎには、まだおともだちがいませんので。
にしても、おともだちに『運命』って……。
ちなみに、その『運命のおともだち』はこんな方を希望だそうです。
・身長170センチ以上
・体重55~80キロ
・年齢は十八歳~三十歳くらい(ちょっと年上が理想だそうです)。
・何より大事なのは、価値観が合うこと
おともだちっつーより、交際相手の条件みたいですね。
この条件に合う方は、花束と白馬のご用意を。
かわいい女の子うさぎが、心よりお待ちいたしております。
さて、そんな夢見る女の子うさぎにも、運命の時が迫っておりました。
そう、ノックです!
――コンコン。
「きっ?」
女の子うさぎは、むっちりした短い二の腕を腕組みして考えました(悩めるあたしって、セクシー❤ と女の子うさぎは、自分に酔っていたのです)。
女の子うさぎに、おともだちはおりません。
では、いまノックをしているのは?
女の子うさぎは、ぴんときました!
「きっ!」
待った甲斐があったわ! ようこそ運命のおともだち!
女の子うさぎは、いそいそドアを開けました。
果たしてそこにいたのは――。
「あ、こ、こんにちは」
身長はクリア。体重は……そうですね、六十二、三キロといったところでしょうか。年齢は二十歳くらい。
価値観は……。まだわかりません。
これからゆっくり確かめることにいたしましょう。
女の子うさぎは、女おおかみを見上げて呟きました。「きぃ」、その心は。
――おっぱい、大きいわ。
見るとこ、そこかい! ……しかし、本当に大きなおっぱいが、林檎のようにたわわに実っております。ぷるぷる揺れているそれを、女の子うさぎはじっとみつめました。
「ん? なに?」
いきなり開いてしまったドアにいささか戸惑い気味の女おおかみ。とりあえず、屈んで女の子うさぎと目線を合わせようとします。
「きっ!」
大変! おっぱいが落ちちゃう!
女の子うさぎはおっぱいを受け止めようと、あわてて駆け出しました。
「ききっ!」
ナイス……キャッチ?
はたから見れば、おっぱいに埋もれたようにしか思えませんが、女の子うさぎがほっとしているようなので、ま、よしとしましょう。
これでひと安心の女の子うさぎと違い、女おおかみはびっくりです。なんてったって、獲物がいきなりどうぞ食べてくださいとばかりに胸に飛び込んできたのですから。びっくりしすぎた女おおかみ、こうなると断然びびりが入ります。
(ま、まさか、猟師が潜んでいて、いきなりずどん、とか……)
あのテーブルクロスの下が怪しい……。
女おおかみ、テーブルの足にまじって、にょっきり別の足が生えていないかと、目をこらします。
もちろん、そんなものはありません。
大体、猟師がいたら、先に女の子うさぎを撃っていることでしょう。こんなにおいしそうだし。
ところで話は逸れますが、童話の中で狼を食べるシーンがないのはなぜなのでしょう? 狼の肉っておいしくないんですかね?
脇道にそれている間に、女おおかみの恐怖心は、えー感じに盛り上がって参りました。大きなおっぱいに、なぜか女の子うさぎを押しつけたまま、あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。めっちゃ挙動不審です。ここがお外なら職務質問でもされて、一晩ブタ箱に入れられそうないきおいの怪しさ、満載です。もっともそこに本当のブタさんがいれば、そこは女おおかみにとって、パラダイスにも等しき場所かもしれませんね。
冗談はさておき、本編に戻りましょう。
女おおかみは汗をかきかき、考えました。
狼は兎を始め、すべての動物の天敵→なのに、女の子うさぎはウェルカムムードで抱きついてきた→これは猟師の罠? だとしたら、自分は危険!
女おおかみの頭の中ではすでに、撃たれて皮を剥がれ、のしいかのように干された自分の姿が出来上がっています。毛皮になった(女おおかみの毛は、上質のシルクみたいに、つやっつやっなんですよ?)女おおかみが、高値で取引されることはまちがいありません。
女おおかみは滝のような汗を、だらだら流し始めました。
「きっ?」
女おおかみの腕の中の女の子うさぎは、首を傾げました。
この運命のおともだち、ずいぶん具合が悪そうです。おともだちならば、ここはぜひ、手厚い看護を施さなくてはなりません。
女の子うさぎは「きっ!」と力強くうなずいて、小さな両こぶしをぎゅっと固めました。
「きっ」
女おおかみの腕から抜け出し、その手をぐいぐいひっぱります。
「え、な、なに?」
女おおかみ、完全に腰が引けております。
できれば今すぐお家に帰ってベッドに潜り込み、頭からシーツを被ってぶるぶる震えたいところ! しかし、そうは問屋が卸しません。
女の子うさぎ、がんばります。
何としても運命のおともだちに元気になってもらわなければなりませんからね!
「す、すみません、本当にすみません。今日はこれで失礼させていただきます。女の子うさぎさん、いえ、女の子うさぎさま!」
女おおかみ、完全に戦意喪失です。ちっちゃな女の子うさぎを『さま』扱いです。が、女の子うさぎ“さま”は大変お優しくていらっしゃるので、たとえそれが自分を食べに着た不埒者であったとしても、それが『運命のおともだち』である以上、ご自分のベッドをお貸しになるくらい、どうってことないのでございましてございます。
女の子うさぎ“さま”、もったいなくも、自らの御手でもって、女おおかみを、二階にあるご自分の御寝所にご案内なさいます。
一方、身分卑しい女おおかみ。もはや生ける屍と化しております。
フリルのレースがあしらわれたシーツと、同じくレースで縁取られたハート形枕はいかにも女の子うさぎ“さま”仕様の愛らしいデザインとサイズですが、この中には鉄砲持った猟師がおってさ、撃ってさ、と東洋の手鞠唄が頭を流れている始末(ちなみに、このとき撃たれたのは熊のはずですが……)。
顔はあおあお。体はぶるぶる。熱が出そうどころの話ではありません。
とその時。
白目をむいていた女おおかみの目に、シーツの端っこ、レースの小さなほつれが飛び込んできました。
(ん……?)
目を凝らして、よーく見ます。やっぱりほつれています。
注意しなければ気がつかない、小さな小さなほつれではありますが。
女おおかみ、思わず駆け寄ってシーツの端を持ち上げます。
「きっ?」
「ここ」
女おおかみは、ほつれを見せながら、女の子うさぎに尋ねました。
「何かに引っ掛けたの?」
女の子うさぎは首ならぬ、耳を傾げています。特に身に覚えはないようです。
「こんなきれいなレースなのにもったいない。編み棒は?」
「きっ」
女の子うさぎ、サイドテーブルの引き出しを開け、小さな木の編み棒を取り出します。
「貸して」
ひったくるようにして編み棒を受け取り、女おおかみは、近くにあった椅子を引き寄せ、レースのほつれを直し始めます。
その早いこと早いこと。
女おおかみの熱心な様子を、じっと見ていた女の子うさぎの愛くるしい茶色の瞳にふと、涙が浮かびました。
「きぃ……」
病気で亡くなったお母さんも、それはそれはレース編みが上手でした。
今よりさらにちっちゃかった女の子うさぎは、お母さんの膝の上、お母さんが次々編み出す美しいレースを、うっとり眺めながら育ったのです。
ああ、なつかしいお母さん!
お母さんは天国できっと今も美しいレースを編んでいることでしょう!
「これでいいわ!」
女の子うさぎのうるうるにも気づかず、女おおかみ、編みなおしたレースにご満悦。
(だって気になるじゃない、こういうの)
目がきらん&きゅぴーん。
女おおかみ、意外と繊細です。
……ところでさ、猟師はいいの?
(……はっ!)
あ、やっと思い出したみたいです。
シーツを手放し、女おおかみわたわたと立ち上がります。
「じゃ、じゃあ、わたくしめはこれにて……」
見下ろした先には、女の子うさぎ。どういうわけか目をうるうるさせております。
(ん?)
「きっ!」
女の子うさぎは感極まって、女おおかみに抱きつきました。
びっくりしたのは、女おおかみです。尻尾をぶるぶる、今にもちびりそうになりながら、心の中で大絶叫。
早く帰らせてえええ!
もちろん、帰れないのでありました。
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