森のおひめさま 前編

 さて、森にはヘビの領主様がおります。

 そしてヘビの領主様には、こうもりの妹がおりました。

 え? なんでヘビとこうもりが兄妹かって? 

 それはですね。二人のお父さまが違っていて、なおかつ、お母さまがこうもりだからです(異種族同士の結婚の場合、男の子はお父さんに、女の子はお母さんに似るんですな)。

 さて、ある日の昼下がり、こうもりのお姫さまはお兄さまに命じられた縫い物に勤しんでおりました。

 

 え? 何でこうもりが昼間に活動してるのかですって? 


 それはね、お姫さまが昼間に行動するこうもりだからです。その名も、サモアオオコウモリ。アメリカのサモアに生息する、昼行性のこうもりです。


 え? そんなんいるのかって? 

 

 いるんですよー、これが。

 

 え? 信じられないって?

 

 じゃあ、ご都合主義ということで。さくさく話を進めましょう。

 さてお姫さま、じつのところ、縫い物に飽き始めていました。膝に刺繍をした布を広げ、ほうっとため息。


(あーあ、退屈)

 

 お外はとってもいい天気。こんな日に城に閉じこもって縫い物なんて、正直、やってられません。

「だめだよー。お姫さま」

 おつきのこいが、言いました。

 

 なぜ、こいなのか? 

 このこい、もともとお城のお池で飼われていたこいでございます。千年(!)お池で暮らしているうちに、人間の姿がとれるようになりました。

 先代の領主様(つまり、ヘビとこうもりのお母さまです)が、『まあ珍しい。そうだわ。ちょうど息子が生まれたことだし、世話係を任せてみちゃおうかしら』と、このこいを馬肉で釣り上げたのです。……にしても、『みちゃおうかしら』って。子どもの情操教育をなんとお心得だったんでしょうか、お母さまは。

 ま、とにかく釣り上げられたこいはですな、初生馬肉をはむはむ、ほおばりながら『時々お池に戻してくれるならいいよー。あっ、あとこれも時々ちょーだい』と答えたわけです。

 まったく、最近の女中はどうなってるのでしょう。嘆かわしいことです。

 とにかく、こうした経緯があって、こいは、ヘビの領主様のおつきになりました。

 で、それがなんでお姫さまのおつきになったのかと言うとですな、子どもというのは案外立派なもので、こんな適当な育てられ方をしても、案外クソ真面目になったりするもんです。

 今の領主様、大変真面目な性格にお育ちになり、ある日、こいに向かってこう叫びました。


『お前の体はエロい! 目の毒だ!』

 

 軟体動物のくせに、頭は固いんですね。なにせ領主様は責任重大なお仕事ですから。

 とにもかくにも、こういうわけのわからん理由で、こいは、今度はお姫さまのおつきになることになりました。で、こいは、でっかい胸をぷるるんと震わせながら、今はお姫さまをお諌めしているわけです。

「だめだってばー。この間も抜け出して、お兄さまに叱られたばっかりでしょー」

「だって……」

 上目遣いのお姫さま。はっきり言ってめちゃかわいいです。

 が、ここで甘い顔してはなりません。こいは、わざとまなじりを吊り上げて言いました。

「だめったらだめ!」

「えー」

 お姫さま、今度はふてくされてみせます。美人は得ですね。こういう時ほど、その顔はかわいく見えます。

 こい、ちょっとコンプレックスを感じました。

 こいだって、かわいい顔をしてます。ですが、その容姿はどう見ても十三、四歳くらい(千年も生きたおばあちゃんなのにね!)。容姿が若ければ当然、こいならぬ恋のチャンスもあるはずなのに、みんな犯罪者になるのが怖いのか、でっかいお胸にも関らず、なかなかチャンスに恵まれません。

 でもお姫さまはまさしく恋の適齢期の容姿。キッス❤ だって様になりそうな、ちょうどよい(?)美少女ぶりです。こいは嫉妬を抑えつつ、言いました。

「お兄さまは、かわいい妹をお外に出したくないんだよ」

 ――そう。

 ヘビの領主様、妹が大・大・大好き。もう、かわいくてかわいくて仕方ありません。できれば自分が妃に迎えたいくらい(法的に無理ですよ)、お姫さまが大好きなのです。

 もちろん、こいはシスコン、いやいや、領主様の本音に気がついてます。

 ぶっちゃけ、こいが恋してるのは、ヘビの領主様なのです。ここは何としてもお姫さまを留め置き、『よくやった(なでなで)』とお褒めいただきたいところ。

 一方でお姫さまの心証をよくし、将来の小姑問題を軽減しておきたいところ。

 ああ、この微妙なさじ加減! 

 こいは、しきりに妥協するタイミングを窺います。


「ねーえ」

 

 おおっとお姫さま、(魚の天敵)猫撫で声を出しました。

 こうもりのお姫さま、お姫さまのくせに、なかなかしたたかです。

 じつはこうもりのお姫さまも、ヘビのお兄さまが大・大・大好き。できれば一生妻など娶ってほしくないと考えておいでです。

 当然、こいの恋心もとっくにお見通し。ここで大きなドジを踏んで、お城のお池にお帰りいただきたいものです。

 ああ、なんたる熾烈なオンナの争い!

「お、ね、が、い」

 この上目遣い……。必殺ですな。男なら、奮い立ってどんなお願いでも聞いてあげたくなることでしょう! こいは、その視線に参ったふりを装って言いました。

「うーん。どうしよっかなー」

「ね、お願い!」

 こうもりのお姫さま、片目をつむり、顔の前で両手を合わせます。

「うーん」

 二人のオンナは思いました。


(そろそろいいかな?)

(そろそろいいんじゃない?)

 

 いやー、オンナ同士って怖いですねえ。

「……しょうがないなー」

 こい、“仕方なく”折れたふりをしました。こうもりのお姫さまの顔が、ぱっと輝きます。

「ありがとう!」

 お姫さま、感激のあまり手を取ってしまった風。

「いいよー。ぼくとお姫さまの仲じゃない」

 こい、友情を裏切らないオンナ風。

 二人は、あはははと白々しい笑い声を立てながら、笑顔の裏で互いにこう囁きます。

(戻ったら、おしまいだからね)


「あははは!」

 

 二人はさらに、大きな声で笑いました。

 さて、おでかけの準備です。

 こいはまず台所に向かい、食べ物と飲み物を適当に見繕ってきました。料理長のビーバーさんに『小腹がすいたから』といいわけもばっちりです。で、それを慣れたようにバスケットに詰めていきます。

 その間にお姫さまはお着替え。裾の長いサテンのドレスから、麻のシャツ、膝下くらいまでの丈の皮スカートに履き替えます。靴も、ヒールなんか履いてられません。ブーツに履き替えます。

 二人の共同作業は、これで完了。

 お姫さまはバスケットを腕に引っ掛け、つばの広い帽子を被り、翼をばっさあと広げます。スカートの裾をちょいとつまんで窓枠に足をかけたお姫さま、こいの方を振り返り、言いました。

「ばれたらまずいから、縫い物、適当に進めておいて」

「おっけー」

 こい、親指と人さし指で丸を作って微笑みます。お姫さまも微笑んで、手を振りました。

「じゃ、行ってきまーす」

「行ってらっしゃーい」

 こい、早く帰って来なくていいからね、という思いを精一杯込めて、手を振りました。

 お姫さまが遠ざかるのを待って、窓を閉め、鍵をかちゃん! 無論、アリバイ工作などもってのほか。こいはヘビの領主様がお気づきになるのを、鼻歌まじりで待つことにいたしました。

 

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