森のおひめさまのお兄さま
さて、時間は少し遡ります。
「姫はまだ見つからないのか!」
ヘビの領主様、執務室でうろうろうろうろ。落ち着きがありません。
はっきり言って、見ているこっちが、うっとおしくなります。
こいも「こいつ、うざっ」といった感じで、それでもヘビの領主様をなだめにかかります。
「あのさ、ちょっと落ち着きなよ」
ヘビの領主様、こいの言葉などまったく耳に入らないご様子。そわそわと尋ねます。
「ベアトリス、奴らはまだなのか?」
「だからさ」
「アナスタシア、一体どこに……」
「だから」
「ああ! おれがふがいないばかりに……」
――ごんっ。
こい、持っていたお盆で力いっぱい、ヘビの領主様の頭をどつきました。
「何をする!」
本当、領主様に何しやがるんでしょうね、このアマ。でも、こいは知ったこっちゃありません。目を三角に吊り上げ、子どものしつけをするママのように、ビッシビッシ! 指導。
「男はね、一旦指示を下したら、あとは、どーんと構えて待っているものなの。ほら! いつもどおり、そこに座る!」
ヘビの領主様、あわてて椅子に腰を下ろします。
「それから、一大事なときほど普段どおりに! 『領主さま、書類にお目通し下さい』」
「わ、わかった」
ヘビの領主様、書類を一枚手に取ります。あっ、目がよそ向いた。
「で、姫は――」
「まだ一行も読んでないでしょ!」
そうは言われても気になるものは気になります。待っている時間ってとってもつらいんですからね。このままでは、とても仕事になりそうにありません。
こいはため息をついて、言いました。
「ねえ、アレクサンドル」
ヘビの領主様、目を丸くします。
こいが自分をこんな風に呼ぶのは本当に久しぶりのことです。本来なら『もう子どもじゃないんだぞ!』と叱らなければいけないところですが、ヘビの領主様は不問にふすことにいたしました。
「なんだ?」
「一つだけ、聞いておきたいことがあるんだけど」
「言ってみろ」
「アレクサンドルは、自分のご両親についてどう思ってるの?」
それとお姫さまと何の関係があるのでしょう。内心首を傾げつつ、ヘビの領主様は答えました。
「ああいうヒトたちだからな。仕方がない」
「仕方ないってどういう意味?」
ヘビの領主様、じっくり考えて言いました。
「生んでくれたことに感謝している。あの自由奔放さはヒトとしてどうかと思うが、それを正そうという気持ちはないな」
「でも、親でしょう?」
「おれが理想とする両親像を彼らに対して抱くのは勝手だが、それどおりに生きろというのは無理だ。おれだって、彼らに『こういう子どもが理想だ。だから、そうなれ』などと言われたら、ちょっと困る」
「……ふーん」
こいは思いました。
(親がなくとも子は育つってこういうことかな)
正直、この答えはちょっと意外でした。ヘビの領主さまは小さいころ、おとなしくて引っ込み思案な性格でした。だから両親に対して文句が言えず、今は両親に対して文句をいっぱいためこんでるんじゃないか、とこいは考えていたのです。
「で、おれの両親に対する考えがなんだ?」
「ううん。聞いてみたかっただけ」
こいは適当にごまかし、次の質問に移ります。
「アレクサンドルのご両親に対する考えはわかった。で、次、イヴァンのことは?」
「イヴァン?」
「そう。アナスタシアの父親のこと」
ヘビの領主様は、まったく頓着することなく言いました。
「いいヒトだと思うが?」
「でも、お母さんの恋人なんだよ」
ヘビの領主様、再び首を傾げます。
「それが?」
こい、ちょっとのけぞり。
「だって、お母さんの恋人でしょう!?」
ヘビの領主様、そのまま折れるんじゃないかしらと言うほど首を右側に傾げました。
「だから?」
ああもう、じれったい! とうとう、こいは叫びました。
「もう! だからお母さんと恋人がいやらしく見えたことはないのって!」
ヘビの領主様。領主様にあるまじきまぬけづら。その発言はさらに間が抜けてます。
「なぜ?」
「なぜって……」
ああ、なんでいちいちこんなこと言わなけりゃならんのでしょう!
いらいらしながら、こいは叫びました。
「あのね、普通の子どもはお母さんがお父さんそっちのけで恋人を作ったりしたら、いやだって思うものなの!」
ヘビの領主様、感慨深げにうなずきます。
「なるほど」
「なるほどって……。あのね!」
思わずこいは、おっぱいが机にこすりつかんばかりに身を乗り出しました。ヘビの領主様はあわてず騒がす、あきれ顔で冷静に事実を指摘します。
「お前、忘れたのか? おれが物心ついたときには、父はすでに領地に戻ったあとで、イヴァンがおれの父親代わりだったじゃないか」
「……あ」
こい、勢いをにわかにそがれました。
そう言えば、そーでした。ということは。
「おれは母から話を聞かされるまで、イヴァンがおれの父親だと思ってたんだぞ」
ヘビの領主様が自分の出生に疑問を抱いたのは、十歳のころです。
きっかけは一冊の本で、タイトルは『二本足族について』という、いかにもなやつ。
家庭教師がブリッジしてんのかと思うほどのけぞりながら、『ごほん。このご本を読むよーに』と、シャレか威張りたいのか(いや多分両方か?)よくわからない態度でオススメされた本です。
その中に『二本足族が異種族同士で子を成した場合、男児は父の形質を受け継ぎ、女児は母の形質を受け継ぐ』という一文がありました。
何のこっちゃ、わかりまへん。
当時10才であらせられたヘビの領主様も同じことを思いました。で、質問しました。
えっへんえっへん、いちいち咳払いしながら、モグラの家庭教師様、要は『男の子は、お父さんの種族に。女の子は、お母さんの種族になる』ということを微に入り細に入り、延々二時間に渡ってご説明なさいました。
で、驚いたヘビの領主様は、お母さまに質問いたしました。
『ぼくのお父さまって、ヘビなんですか?』
ちなみに、こうもりのお母さま。息子が聞かなけりゃ一生隠すつもりだったとあっけらかんと言うのですから、大したタマです。でも、聞いたヘビの領主様も
『そっか、本に書いてあることはやっぱり正しいんだ! やっぱりご本ってすごいものなんだ!』
とちょっとおかしな喜び方をしてますから、この母にしてこの息子あり、と言ったところなのかもしれませんね。
ま、これも長々書きましたが、要は、ヘビの領主様は事実を知っても、一向こたえなかった、ということです。
タフでなければ生きていけません(出典は某ハードボイルド探偵小説です)。
「で、でもさ!」
あっ、こい、ようやく復活。
作者ですらどう立て直そうか悩んでいた本筋へ、物語を一気に運んでくれます。
「真実を知ってからは? イヴァンがいやになったりしなかった?」
ヘビの領主様、これまた平然と答えました。
「全然」
こい、KO負け。ヘビの領主様、平然と話を続けます。
「イヴァンは芸術に対する造詣も深かったし、一緒に遊んでくれるのも楽しかった。一度父のところに行ったが、父はおれと遊んでもくれなかったし、ワインを水みたいにガブガブ飲む。はっきり言って、品がない。そのくせ何かとヒトを見下した発言をする。これがおれの生みの親の片割れかと子ども心にがっかりしたことを、今でもおれはよーく覚えているぞ」
「……」
「もしどちらが父親かと聞かれれば、おれは迷うことなく、イヴァンだと答えるぞ」
遠くの親戚より近くの他人とはよく言ったものです。
そうです。血のつながりではなく、愛情を持って接してくれるヒトこそ親なのです。
「じゃあ、仮にイヴァンがまたこの城に住むようになっても何とも思わない?」
こいの問いかけに、ヘビの領主様は答えました。
「思わん。アナスタシアも喜ぶだろうし、結構なことじゃないか」
そこまで言って、ヘビの領主様ははたと気づきました。
「もしかして、アナスタシアの悩みはイヴァンのことなのか?」
「そう。お父さまが恋しいお年頃」
ヘビの領主様、拍子抜けしたように羽ペンを机に放り出しました。
「なんだ。なら、さっさとそう言えばいいじゃないか」
こい、答えないかわりに心の中でこう呟きます。
(だって、普通聞きにくいじゃん。こういうこと)
が、ほっとしたのも束の間、
「しかしな……」
すぐにヘビの領主様は頭を抱えました。
「あの、イヴァンだからな……」
「そこなんだよねえ……」
こいも同じように、『うーん』と考え込みます。
「うーん」
二人して頭を抱えた、その時。
「なーなー!」
突然、ドアがばたんと開きました。そこには満面の笑みを浮かべた少年タカが。
ヘビの領主様、思わず叫びます。
「クロウ! いつもノックしろと……!」
「それよりさ、見て見て!」
少年タカ、ヘビの領主様の注意を気にも留めず、ずかずかずか。
ひどく興奮した様子で握り締めたものを差し出しました。少年タカの手の中で、
「ジュウ……」
と何やら苦しげな声が。
ヘビの領主様と一緒に少年タカの手の中をのぞきこんだこいは、それの正体がわかったとたん、びちっ! と飛び上がりました。
「イ、 イヴァン!?」
「ベ、ベアトリス……」
小さな金色毛並みのモモンガは、息も絶え絶えに言いました。
「な、なんとか言ってやってくれ……」
「ちょっとちょっと! クロウ!」
少年タカ、弾丸のごとく話を続けていきます。
「飛んでたらさ! ヴァイオリンの音が聞こえてさ! 降りてみたらさ! いるじゃん?!」
話に熱が入るにつれ、少年タカの手にも徐々に力が。
それにつれてモモンガ、ヴァイオリンと熱烈的・抱・擁! これはたまりません。
ところで苦しんでいるモモンガには大変恐縮ですが(そんなこと後でしろ! って叱られそうですね。でも、かまわずやっちゃいます❤)ここで少年タカの説明に、少しばかり補足を。
① 少年タカはこうもりのお姫さまを捜して、森の上空を飛んでいました。
② すると聞き覚えのあるヴァイオリンの音色が聞こえてきました。
③ そこで気になって高度を下げてみました。
④ すると、切り株の上で、超格好つけながらヴァイオリン弾いている音楽家モモンガさん発見!
⑤ 少年タカ、ぴんと来ました。「そっか。姫の悩みってこれ?」
⑥ そこで滑空。
⑦ 哀れ音楽家モモンガさんはぐうの音も上げられないまま、くちばしに咥えられて城までやって来ましたとさ。
「姫の悩みってこれだろ? おれって親切ー」
少年タカ『親切な自分』に、相当、ご満悦。
そのせいで死にそうになっているモモンガが、ここに一匹。
「と、とりあえず、そろそろ……うぎゃああああ!」
「イヴァンっ、しっかりしろ!」
「クロウっ、お願いだから!」
ヘビの領主様、こい、二人で少年タカの周りをぐるぐる。手を上げたり下げたり踊ったり……はしてませんね。とにかく必死に指を開くよう説得します。
その甲斐あってか、少年タカはようやく「おっと、いけない」と指を開いて、音楽家モモンガさんを机の上に離してやりました。音楽家のモモンガさん、つるつると磨かれた机にお腹をぺったりつけ、手足をのべっと広げて呟きます。「し、死ぬかと思った……」
(うん、そのままいっぺん死んだほうがいいんじゃない?)
と、こい、ひどいことを心の中で呟きます。
一方、お優しいヘビの領主様は。
「だ、大丈夫か? イヴァン」
真剣に音楽家のモモンガさんを心配。やがて、ぜいぜい喘ぐモモンガさんの体が柔らかな黄金色の光を放ち、手足がすらりと伸び、ヒトの姿をとりました。
さて、その姿とは。
美形です。
超美男子です。
きっちり着込んだタキシード。さらさらの金髪。こうもりのお姫さまの目は、お父さま譲りなのでしょうね。瞳は美しいターコイズブルーに輝いております。何より、その体は見事にスレンダー! いいですね、これぞ音楽家! 音楽家はやはり、体でも心でも魂でも、輝きがなくては!
さて、ここで問題です。
音楽家モモンガさんはこんなにいい男なのに、なぜモモンガの姿でヴァイオリン演奏をしていたのでしょう?
それはね。
若い女の子にもてるためなんですよー! よー、よー、ょー……。
ヒト形は、有閑マダムがちやほやしてしてくれますが、モモンガでいれば、若い女の子がかわいいかわいいと、ちやほやしてくれるんですな。んで、モモンガさん。どっちかーっつと若い女にきゃーきゃー言われるほうが嬉しいんですね。
だから超小型ヴァイオリンなんか作って(これ、手作りです)、これ見よがしに切り株の上で演奏なんかしてるわけです。
年頃の娘がいるってのに、まったく、この野郎。
「なんなんだ、一体……」
しかし、さすがのミスターたらしも、今は余裕がない模様。よろよろとソファに歩み寄り、ぐったり身を預けます。乱れた前髪をかきあげた音楽家のモモンガさんに、こい、てってっと歩み寄り、いま起こっていることを伝えました。
「実はね、アナスタシアがお城を飛び出しちゃったの」
「ふーん。……なに!?」
音楽家モモンガ、飛び起きました。そのまま、ずずいっと、こいにつめ寄ります。
「どういうことだ? 何があった? 無事なのか?」
こい、持っていたお盆で、ごんっ(この期に及んでまだ、持ってたんですねえ。しみじみ)。
「あいた!」
音楽家モモンガさん、片手で額を抑えます。
「何するんだ!」
何するんだって、こういう時よく聞くセリフですけど『お盆で頭を殴った』ですよね。
正解は『何で殴ったんだ』です。
そして答えも決まってます。『とりあえず黙らせたかったから』。
無論、いちいちこんな説明はいりません。こいも思いっきり、説明を省いて、言いました。
「それはこっちのセリフ。いい? アナスタシアはね、君のせいで城を飛び出したんだから」
音楽家モモンガさん、目をパチクリさせながら、こいのセリフを繰り返します。
「お、おれのせい?」
「そーだよ」
こい、両手を腰にあて、子どもを叱るお母さんモード。
「イヴァンがあっちでふらふら、こっちでふらふらしてるから、アナスタシアは『お父さま、わたくしが嫌いなの?』ってなっちゃったの!」
音楽家モモンガは思わずこいに噛みつきました。
「何を言う! おれはこの世で一番、アナスタシアを愛しているぞ!」
ヘビの領主様、鋭いつっこみ。
「母さんよりもか?」
「う……」
少年タカ、更につっこみ。
「百人のおねいちゃんたちよりも?」
「うっ……」
こい、冷たい視線でひとこと。
「サイテー」
「ううっ……」
オトコはその場でその場で一番が変わる、悲しいイキモノです。
ま、オトコの悲しみは音楽家モモンガさんの胸にひとまず収め、さしあたっての大事は、こうもりのお姫さまです。
「とりあえずさ、アナスタシアに会ってやって」
「もちろんだ!」
勇んで返事をしたものの、音楽家モモンガさん、はたと気づきました。
「しかし、アナスタシアはいまどこに?」
「居場所なら、もうすぐわかると思う」
こいがそう言ったその時、正門のほうから『オオーン』と声がしました。
おじさまオオカミです。
「わかったみたい。さあ、行こう」
こい、音楽家モモンガさんを
「君はここで仕事!」
こいに釘を刺され、しおしおと机に戻りましたとさ。
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