第13話 もう、充分でしょ?フフフ

グサッ!


突如、襲った背中の違和感に僕は思わず、立ち止まってしまった。恐る恐る、振り返った僕の目に写ったのは仁王立ちを決めた、桜野美玲だった。


「なんだよ。今、僕のお腹の空腹はお前の今の顔よりも怖いぞ」


口調では平然を装っているが、嫌な汗が身体中からふきでて、胸くそ悪い。


「―― でしょうね。さっきから、グーグーとうるさいお腹よね。でも、そのお腹もあなたもすぐに黙らせてあげる」


桜野美玲の口角が不気味に上がる。


「ま、待てよ! これ以上、何をするつもりなだ! お前をベッドまで運んだのはじぃーや! それ、以外ないだろ!」


そうだ。もう、答えは出ている。なのに、どうして今、桜野美玲は僕に牙を向けている。どうして、僕はこんなにも追い詰められている。


「確かに、この舘で働く男性はじぃーやしかいないと私は言ったわ。けれど、昨日はもう一人男がいたじゃない」


怒りを腹に抑え、静かにしゃべる桜野美玲はスッと右の人差し指を上げる。


「それは、あなたよ」


鋭い眼差しともに僕に向けられた人差し指。ハ、ハ、ハハハハ、だめだ。指を刺されただけなのに顔が硬くてうまく表情がつくれない。何より、背中に刺さった出刃包丁の感覚が抜けない。


「確かに、昨日僕はこの舘に一晩お世話になった。だが…… それだけだ !」

「フフフ、本当かしら? まぁいいわ。今からそれを確かめるから」


桜野美玲は悪魔のような笑みを浮かべると、部屋にある電話に手をかけた。リズムよく番号を押していく。一体、誰に電話をかけているんだ。


プルルル、ルルル、ガチャ……


「お嬢様、謎解きは終わりましたか?」


この心温まる声はじぃーやだ。


「いいえ。でも、すぐに終るわ。じぃーや、あなたに確かめたいことがあるのだけど」

「―― はい。なんでしょうか、お嬢様」


じぃーやの口調が変わる。こっちの殺伐とした雰囲気を悟ったのかもしれない。


「あなたが、最後に結城を見たのは何時かしら?」

「はい。それでしたら、確か…… 夜の十二時を過ぎ ……」

「うそだ!」


桜野美玲はシーと指を口許に立てている。それを見て、僕は唇を噛み締め踏みとどまった。


どうしてだ? じぃーやと最後に会ったのは確か、あのときの直前なら、じぃーやはどうして十二時過ぎなんて……


「ありがとう、じぃーや。あなたのお陰で謎の全てが解けたわ」

「左様ですか。では、じぃーやはそちらにお戻りいたします」


ガチャン……


静かに切られた電話。桜野美玲がニコニコとこちらを見てくる。体も軽いのだろう。白いドレスをひらつかせながら、下向く僕の顔を覗きこんできた。


「結城、どうしたの? ボーと立ちすくんじゃって…… まぁ、無理もないわね。まさか、あなたとは思わなかったわ」


「どうして、そうなる…… 」

「えっ?」

「だから、じぃーやから時間を聞いて、どうして僕がやったことになるんだと、聞いているんだ!」


落ち着け。時間の間違いはうっかりで済まされる。まだ、僕に逃げ道が……


「そのうっかりがあなたがやったと決定付けられたのよ」


思わず、顔を上げてしまう。見上げると、桜野美玲が僕を見下ろしていた。


「じぃーやはね。きっちりとした執事でね。この舘にある多くの時計は一分足りとも狂ってはいないのよ。ある一室を除いてはね」

「何が言いたい」

「あなた、私の部屋に入ったでしょ」


僕は驚きの表情で桜野美玲を見た。桜野美玲は僕の表情を見て満足げに笑っている。僕は何も言い返せないまま、ただじっと桜野美玲を見つめていた。


「あなたとじぃーやの時間の差は十分以上のタイムラグがあるわ。例え、あなたが寝る前に時計を見たとしても、ここの部屋で時計を見ているならば、あの夕食した所から移動して在っても五分以内のタイムラグね。だけど、あなたが見た時計は、私の部屋の時計だった。私の部屋の時計は古いからかすぐにネジが緩んでね。毎日、私が寝る前に調整しているのよ。ここの館の人達ならみんな知っていることだけど、あなたはそれを知らなかった。まぁ、他にもいろいろあるけど、もう充分?」


僕はフゥと一息ついた。完敗だ。たった一つの質問からここまで完璧に言い当てられるとは思わなかった。もしかしたら、昨日の契約も桜野美玲の思惑通りだったかもな。


「もう、充分だよ。完敗だ。それで、僕のこといつから疑ってたんだ?」

「腕と太股に違和感がある時からかしら? あなたでさっき確かめたけど、腕と太股に手が来る運び方はお姫様抱っこしかないわ。じぃーやはそんな運び方は一度もしたことがなかったからおかしいとは思ってたのよね。そして、私の疑問は見事的中した。まさか、あなたが私を運ぶとき生意気にお姫様抱っこするなんてね…… 私の部屋を見るだけでも重罪なのに、ついでに私の寝顔までも見たわけで…… 」


桜野美玲からふつふつとオーラ見たいものが、出てきた。人は死ぬ間際、死神を見ると聞く。だとしたら、今、僕は桜野美玲の背後に死神が見える。大きな鎌を振りかぶって僕の首を刈り取ろうとしている。


「い、嫌だ…… 」

「あなた、もう充分生きたよね? さっき、充分って言ったものね」


―― そっちの充分かよォォオオオオオオオ!


「死になさい」


見えた。今、確実に死神が桜野美玲が自分の鎌を渡した。


「ち、違うんだ! 僕は頼まれて……」

「へ、へぇ…… 誰があなたに頼んだのでしょうね。お姫様抱っこで人の寝顔をマジマジと見つめながら運べと」

「確かに、そうだけど…… 」

「大丈夫。死後のことは気にすることはないわ。あなたが死んでも、桜野家がずっとあなたのお墓のお世話をしてあげるから」

「ヒッ! それ、もはや呪い……」

「つべこべうるさーい!!」


桜野美玲によって大きな鎌が僕に降り下ろされた…… はずだった。だが、僕が目を開けると僕の眼前で鎌は止まっていた。


「お待ち下さい、お嬢様」

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流行と缶蹴り『仮』 むぺぺ @mupepoo03

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