第5話 死神の笑顔

 僕の後ろからは、工場の警備員たちの慌てる声が聞こえてくる。しかし、その声は一向にこちらに向かってくる気配はない。僕はこれでいい!という確かな確信をもってそのままの勢いで走り続けた。追手の声が聞こえなくなると、僕は大きく開けた場所に出た。周りは柵に囲まれていて、真ん中は吹き抜けとなり、所謂ドーナツ型の設計になっていた。僕が興味本位で下を覗き込むとそこは重くるしい雰囲気となっていた。


―― なんだ、ここ?


 警備の数がやけに多い。それに、僕を捕まえた警備員と服装が違う。体全体が黒一色で、顔は見えないようにフルフェイスマスクをしている。背中には銃、ズボンのポケットにもう一丁。まるで、映画に登場する傭兵みたいだ。逃げられる隙がないか、うかがっているとブーブーと僕のポケットが激しく揺れた。僕はばれたらまずいと、すぐに携帯をポケットから取り出した。携帯を見ると、自分が見たことないアドレスから一着のメールが届いていた。僕はこんな状況のため、後から確認しようとしたが、宛先が『見なかったら殴る』という脅迫状だったので、とりあえず開いた。


宮城結城君へ


たった今、私、桜野美玲は捕まりました。


「—― まさか」


 僕は一度携帯の電気をおとした。そして、こう思ったいや、思うことにした…… これも罠だと。深呼吸をした後、もう一度メールを読み始めた。


今から、あなたが覗いている下を通るのでいたら返事をください。


「イタイ! こら、そこの変態、どこ触っているのよ!」


 僕がこの一文を読んだ後、すぐにこの脅迫メールを送ってきた本人の声が聞こえてきた。僕は恐る恐る身をかがめながら、今自分がいる場所から下を見た。僕の目に飛び込んできたのは周りを警備員に囲まれた桜野美玲の姿だった。


「うそ、だろ……」


 僕はメールの続きがないかすぐに確認した。下にスクロールすると、まだメールの続きがあった。


私はこれからこの男くさい連中によってあんなことや、こんなことをされてしまうでしょう。私としてはその姿をあなただけには見られたくありません。なので、私に周りの注意が向いている内に脱出してください。


―― なんだよ、このメール…… 勝手に巻き込んでおいて今度は勝手に脱出してくださいかよ。女の子一人置いて、男がそんなことできるわけがないだろ!


 僕はすぐさま、このメールに返信した。


「僕はあなたを助けたい」


 僕のメールの後、次のメールが来るまで妙な間があり再びメールが返ってきた。そこにはこれが最後のメールと書かれた後に、僕のやるべきことが書いてあった。僕はこのメールのすべてに目を通した。目をつぶり今の状況とメールの内容を照らし合わせ何度もシュミレーションした。僕がやるべきことは三つ。一つは下にいる警備員を僕に引きつけること。二つ目は桜野美玲との合流。三つ目はこの地下にある『流行缶』を僕と桜野美玲のどちらかが蹴り飛ばすこと。


「よし、行こう!」


 僕は吹き抜けた穴に向かって飛びこんだ。ドーンという直地音と、ともに僕の方に周りの視線がこちらを向いた。そして、こう言ってやった。


「俺はお前らが隠し持っている『流行缶』を狙ってきた一流の流行ハンターだ! その女は俺が勝手に連れて来て関係のない女だ。離してやれ!」


 僕の言葉に周りが明らかに殺気立ったことが分かった。なるほど、さすがにあいつが書いたメールだけある。みんな僕を殺して食べる勢いだ。


「おい、その女を離してやれ。流行ハンターが現れた今、あいつが優先だ。皆、戦闘用意!」


 僕の方にすべての銃口が向く。ん? おかしい。子供のたわいもない、いたずらにどうしてこんなにも本気になっているのだ。早くも、僕のシュミレーションにズレが生じる。僕は助けを求めるように桜野美玲の姿を探すが、あいつの姿はもうそこにはなかった。そう、僕はあいつの罠にはまり、おとりにされたのだった。桜野美玲は二重三重と罠を僕に張っていたのだろう。僕は結局あいつの掌の上で、もがいていただけだった。


「打ち方用意。打て!」


 警備員の合図で再び始まる、僕の逃走劇。僕は涙目のまま、また全力でダッシュを駆けた。背中に迫る銃弾に恐怖を覚えつつも、僕は右や左と入り組んだ道を進んで行く。


「ふせなさい!」


 曲がり角を曲がった直後に突然、掛かった声の指示。僕は指示通り、全力で伏せた。頭の上を一発の銃弾が通過したのを感じると、その後、何発もの銃弾が僕を追いかけてきた警備員に向かって撃たれた。弾が命中したのか、警備員は倒れたまま誰一人も動かない。


「まぁ、こんなところね。あなた、大丈夫?」


「お、お前殺したのか?」


「口の利き方はどうしたの? まぁ、いいわ。私は関係ない人は、殺さないわよ。ただ、眠らしただけ」


 頼むから、銃を片手にその笑顔をするのははやめてほしい。今の状況ではその笑顔は死神の笑顔にしか見えない。桜野美玲は倒れた警備員たちの荷物をあさっている。


「あなたも、一つぐらい持っておきなさい。保身のためよ」


―― 保身のためか……


僕は受け取った銃の銃口を前にいた死神、桜野美玲に向けた。


「保身のためだ。お前一体何者だ」




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