第11話 ドリンカー契約
誘われた世界で僕が目にしたのは初めてのものばかりだった。やけに縦に長い机の上にはうん万円もする食材が並べられ、その脇には何十人ものメイドの格好をした女性たちが丁寧に頭を下げ、僕を出迎えた。
「結城様、こちらにどうぞ」
「は、はい…… 」
座ってもよろしいのですか? そんな疑問をじぃーやに目線で投げ掛けたがじぃーやは僕の目戦ににっこりと笑い、椅子を引いてくれた。
「少々、お待ちください。美玲お嬢様が準備をなさっているので」
そう言うと、じぃーやは今、僕が座っている反対の位置にまで移動した。じぃーやが位置につくと、一切の音が鳴りやんだ静寂な時間が流れ始めた。突然の雰囲気の変化に戸惑いながらも僕は、郷に入っては郷に従えと心のなかで呟き、手にビッショリとした汗をかきながらも頭を下げ、来る時を待った。
カツ、カツ、カツ
別にカツ丼が食べたいわけではない。僕の正面にある螺旋状の階段からそのような下に敷き詰められた大理石を叩く音が聞こえてきた。木造建築に大理石はミスマッチだと思うがこの部屋はそうなのだから何も言うまい。
「美玲お嬢様、お客様がお待ちになっております」
「わ、分かってるわよ。こんな奴にどうして、私が……」
螺旋状の階段から下りてきたのは一人の女神…… ではなく、桜野美玲だった。いつもの制服姿ではなくこの館にふさわしい白いドレス姿に身を包んでいる。両肩を大胆に露出したドレスにらさすがの僕も目を奪われた。
「何、ジロジロ見てるの? はっ倒すわよ」
語尾に音符マークが点きそうなもの言いで言われても暴言は暴言だ。何より、桜野美玲の顔の横で作られた拳が狂気を帯びている。僕は人間の本能である性欲を理性で抑え、顔は逸らさず目線だけを逸らした。
「美玲お嬢様! その物言いはこれからの契約に支障が…… 」
「わ、分かってるわよ! ど、どうしてこいつなのかしら…… 本当にその数値あってるのでしょうね!」
「はい、この私くしに失敗という二文字はございませんから。彼は間違いないありません。後は、お嬢様任せました。どうか桜野家に未来のため」
「桜野家の未来のために……ね。あまり、その物言いは好きではないのだけど、仕方ないわ」
どうやら、話が終わったらしい。じぃーやは椅子を引いた後、桜野三玲から少し離れそのまま桜野美玲の側に着いた。
「単刀直入に言うわ、宮城結城君。私はあなたと契約を交わしたい」
桜野美玲の声のトーンが下がる。桜野美玲の表情に硬さが見える。
「契約?」
「そう、あなたを私のドリンカーとして雇うわ」
ん? よく分からない用語が出てきた。ドリンカー? そもそも契約ってなんだよ。
「では、この紙にサインをお願い」
「ちょ、ちょっと待て! 話が見えない。おま、お嬢様が僕が必要なのは分かったがドリンカーってなんだ? それは僕を指しているのか?」
「そうよ。じぃーや説明して上げて」
桜野美玲の命を受け、じぃーやは一礼をして一歩前に出た。
「分かりました。私にお任せ下さい。その前に確認のため、質問させていただきます。宮城結城さまは本当に『流行缶』をお飲みになられたなのです?」
「あぁ、飲んだ」
僕の発言に人形のように動かなかったメイドさん達がざわついた。なかには、僕を崇めるかのように手を擦り合わす者もいた。じぃーやは乱れたメイドたちを制するように手を挙げた。それを見て、メイド達は再び人形に戻った。
「それは、美玲お嬢様も間違いありませんね」
「残念なことにね」
「そうでしたか…… 宮城結城様これから話すことはこれから自分の使命だと思いお聞きください」
「分かった」
「『流行缶』は、お聞きなられているように一度、活動を始めれば三日三晩活動を停止しない代物です。トレハンとしても、回収するのはするのですが、『流行缶』はとてつもないエネルギーを秘めていると言われています。これを補完するというのは包装を解いたむき出しの爆薬を補完するぐらいの危険性があるのです」
「話を遮ってすみませんが、本当に『流行缶』は爆発するのですか?」
僕は桜野美玲が言っていた『流行缶』の危険性について信憑性が高いものかもう一度 確認したかった。
「はい、事例がありますので……」
事例…… 確証はここでも得られていないというわけか。これでは、まだ分からないな。
「話を続けて、じぃーや」
「はい。重要なのはここからです。トレハンはそのため、あるパートナーと共に行動します。それが、ドリンカーの存在なのです。ドリンカーには『流行缶』の中身を飲める力があるとされていますので謂わば、爆弾処理の役目を担うことができます。トレハンとしてはドリンカーの存在が命の危険性を下げるためには必須なのです。しかし、美玲お嬢様には縁なく未だ、ドリンカーが居られません。なので、私いや、桜野家一同でドリンカー宮城結城様をお迎えしたいのです」
じぃーやは話終えた合図として、軽く一例をした。僕もそれにつられて一礼をする。初めて聞いた僕でも納得のいく内容であり、言い声だった。口に出しては言わないが、どこぞのお嬢様とは正反対だ。
「では、契約にサインしてちょーだい」
桜野美玲が一人のメイドを呼び僕の手元まで、契約書を持ってこさせた。契約書に一通り目を通した。僕がこの契約を交わせば、桜野家に雇われた身となり、働きにより報酬が支払われる。仕事での怪我は保証するが、命は自己責任。そして、自分と桜野家の素性を一切他言してはならいない。
条件としては悪くない。正直、変なバイトするよりは確実にこちらの方が稼げる…… が、この条件ではまだ、僕は動けない。
「なるほど。話は分かりました。ですが、このお話はお断りさせてもらいます」
「あら、どうして? 素敵な話だと思うけど」
契約を断れたのに眉一つ動かさない桜野美玲はさすがだ。交渉の場に置いては必ず、ポーカーフェイスが勝つ。感情が少しでも乱れたら、負け。大丈夫、落ち着け。今回は確実に主導権はこちらだ。
「どこが、素敵だよ。どう考えても、お嬢様の都合だろ。僕には命の危険性が上がる要素しかない。お金と命が本当に釣り合うと思っているのか? もし、思っているとしたら、お前はそこら辺のお坊ちゃんと変わらないな」
僕の挑発にかかったのか、桜野美玲の眉が一瞬だがピクリと動いた。プライドが高いのは知ってる。そして、何よりも人と一緒なのをこいつは嫌う。
「この契約書を見て、どうしてそう思ったのか不思議だわ。今の社会的造り知ってる? 雇う側は労働者に報酬を払い、労働者は報酬に身あった働きをする。この契約書通りよ!」
そう、お前の言うとおりそれが今の社会の造りだ。お金と命が還元される社会……それが流行している。
「はぁ…… お前はやはり毒されている。流行にな!」
ここからが、勝負だ。一気に戦況を僕の方へと傾ける。
「流行? 社会の造りに流行なんてあるわけないでしょ! それに、トレハンの私が流行に毒されるはずなんてない!」
「そう。トレハンのお前が、流行に毒されることはない。しかし、今のこの社会の造りはいつ出来たのか知っているか?」
「確か…… 戦争に負けてから導入されたはずよ」
「そう、つもり昔だ。その時代、僕たちはまだ生きてはいない。そして、もちろんお前も生きていないのであれば、トレハンでもない。お前が生まれて来る頃にはこの世界は今の社会の造りの流行に毒されていた。生まれたときの赤子なんて、皆同じだ。平等に社会の常識を目で見て蓄える。そうして、物心つく頃にはこの社会の流行の虜だ」
「なるほど。なかなか言い訳に近いものだったけれど、あなたにしては、筋が通った説明だわ。それなら、私も流行に毒されていると考えてもおかしくわない。私が、トレハンになったもつい二年前だからね。でも、私は今の社会の造りの流行が影だとは思わないわ。事実、この社会の造りのおかげでこの国はここまで大きくなかった」
「それだから、お前はそこら辺のお坊ちゃんと変わらないと言ったんだ!」
僕は机を両手で叩き、立ち上がった。金属の高そうな食器が振動で音をたてる。
「はぁ? どういうことよ!」
「お前は大きな光の中に隠れた影を見落としている。この社会の造りで、できたものは途方もない格差。お金を出せば、良い塾に入れ成績が上がる。お金を出せば、治せる病気が増え命が伸びる。では、お金を出せないものはどうなる? 学歴社会の今、馬鹿はいらない。膨大な医療費がいる今、貧乏人は治療が受けられない。そして、この悪循環は直ることもなく何十年も回ってきた!これが、この流行の影だ!もし、お前が本当のトレハンならば、影に隠れた人たちを救おうとは思わないか!」
僕は桜野美玲に詰め寄った。今の僕はたぶん、常軌を逸している。人はある一つのものに執着すると周りなど見えなくなり、そして本気になる。
「お、思う…… わよ」
桜野美玲は僕の本気の勢いに押されぎみに答えた。
「だったら、頼む。僕の報酬を僕の妹の病気の治療に契約を変えてくれ。お金と命ではなく、命と命の契約だ。あいつだけは死なせたくない、頼む!」
僕は先程の強気とは裏腹に本気の弱気を土下座という古くさいもので表現した。昔から、交渉に必要なのはポーカーフェイス…… けれど、命と命の契約で必要なのは嘘のない感情。
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