第2話 流行と缶蹴り

 きっと、今から刑を下される人はこんな気持ちなのだろう。僕の背中はクラスメイトに見捨てられた孤独、目の前に迫るのは死期。


―― あぁ、どうしてこんなことに……


僕はがっくりと肩を落としながら、桜野美玲の付き人のように桜野美玲の後ろを歩かされていた。


「あなた、このキーホルダーどう思う?」


前を歩いていた桜野美玲が、歩きながらポッケからおもむろに何か取り出した。


「それは……」


 桜野美玲が取り出したのは三月が持っていた今、流行していると言われているヤモリのキーホルダーだった。どう思うか…… これは何が正解なのだ。少しでも間違えれば、多分その場で刑は執行されるだろう。ここでの、選択肢は二つ。

A こいつもきっと、女の子だからと安易に考え、かわいいと同調する。

B どう思う? と聞かれているだけなので、刑を覚悟で気持ち悪いと述べる。


どちらが、正解なんだ…… くっ、分からん。


「早く、答えなさい。まさか、私の質問の意味が分からないのかしら」


 桜野美玲がこちらを振り向いた。一本一本、丁寧に手入れが行き届いた黒い髪がサッとなびく。普通の男なら、ここで落ちるが今の僕は普通ではない。命を懸けた選択をこの女に迫られているのだ。焦るに、焦って僕の頭が真っ白になったとき、一つの答えが出た。


―― 流行にはもう左右されない……


 そうだ、今さら何を迷うことがあるのだろうか。あの時、決めたではないか。僕に力をダイブツン!


「正解はB! そのキーホルダーは気持ち悪い!」


 僕の答えに、静まり返る廊下。周りの知らない生徒たちが僕を指さすのが目の端に映る。そ、そんなの…… 関係ない! 僕はお前らに答えたのではない、桜野美玲に答えたのだ。


「うん、まぁいいわ。じゃ、行くわよ」


―― えぇーあっさりー!


 え? いいのこんな空気で…… 僕のあの命を懸けたシンキングタイムなんだったの? へぇーそんなにも軽くあしらっちゃうのね。せめて、『それで、いいのかしら?』って言ってほしかった。聞き返してほしかった。


―― なんか、むかついてきたぞ!


「おい、待てよ! 行くってどこにだよ!」


 ふん、いつまでも僕が下から出るとでも思ったか、甘いぜ。歩く出刃包丁とか言われているけど、所詮女! 声変りして低くなった声でおどしてやるぜ。


 桜野美玲は僕の声を聴いた後、本当ににビビってしまったのか、俯いたまま動かなくなり、肩を震わし始めた。


―― 本当にビビっているのか? どうしよう、女の子泣かせちゃったよ。


 僕はやり過ぎたと深い罪悪感に駆られ、桜野美玲に謝ろうと一歩彼女との距離を詰めようした瞬間、僕の左頬にビュッとした風を切る音が聞こえた。


「へ?」


 気づいたときには、もう遅かった。桜野美玲は僕に華麗な回し蹴りを左頬に決めていた。僕はなんとか元を取ろうと、はためくスカートの中をのぞいたが


―― スパッツだと!


 スパッツだったという喪失感とともに、僕は体ごとふっとばされた。その時の感想は? ともし、聞かれたらこう答えるしかないだろう。


『弱者は一生、強者の尻に敷かれていくものだと身をもって体験しました』


「次、私にそんな態度とったら首へし折るわよ」


「は、はい。すみませんでした」


 僕は丁寧に頭の額を廊下の汚い地面につけた。男なら、簡単に頭を下げるなと言われるかもしれないが、強さに男、女も関係ない。人も動物だ、本能で理解する。こいつには敵わないと。


「あの…… 今から何をしに行くのでしょうか?」


 僕は桜野美玲の顔色をうかがいながら、先程の質問を再びしてみた。


「缶蹴りよ!」


 笑いそうになった。こんな大真面目な顔でこの年になって缶蹴りなんて言われたら笑いは反射レベルで込み上げてくるのが普通だ。しかし、僕は笑いそうにはなったが、顔には出さなかった。あくまでも、ポーカーフェイスだ。


「あなた、流行はどこから生まれると思う?」


「わか……」


「そう、わからないでしょうね。そもそも、流行とは……」


 そこから、桜野美玲は僕の話など聞かずペラペラと流行と缶蹴りの関係について話し始めた。彼女の説明を要約すると、こうなった。流行とは人が洗脳されて生まれるものらしく、もちろんその洗脳には個人差があるみたいだ。先程、桜野美玲が見せたヤモリが気持ち悪く見えた僕は洗脳にかかりにくいタイプらしい。彼女もそうだと付け加えて言っていた。それで、缶蹴りと流行の関係だが、この話はにわかに信じがたい話だった。人を洗脳しているのはある特別な『流行缶』と呼ばれる缶らしく、洗脳を解くためにはその缶を倒さないといけないらしい。


「だから、缶蹴りか…… で、その缶はどこで手に入るのですか?」


「これよ」


 桜野美玲が指さす方向には自動販売機があった。その自動販売機は僕もよく利用するごく普通のものだ。


「ただし、条件があるわ」


 また、勝手に話し始めたので再び要約をする。まず、『流行缶』が生まれるのは必ず、クールドリンクらしい。僕はその説明途中、桜野美玲の説明のために自腹でクールドリンクを買わされた。


「このクールドリンクをある条件をクリア―したものが持つと百度まで一気に温度が上昇し、『流行缶』となる」


「ある条件とはなんでしょうか?」


「まだ、それは分かっていないわ。ただ、何か強い信念を持つものに反応することは確かよ」


 強い信念か…… なるほど、僕には反応しないわけだ。


「もう一つ、いいですか?」


「何?」


「どうして、星の数ある流行の中でどうしてヤモリのキーホルダーの流行を終わらせたいのですか?」


「それは、私が虫嫌いだからよ」


 あぁ、この人はきっと流行に左右されることないだろうな。だって、ものすごく自分勝手だから。










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