流行と缶蹴り『仮』

むぺぺ

出会い

 世の中は常に流行というものがある。流行はいつの間にか社会に溶け込み社会中心となって社会を動かしている。そして、人は皆それが流行であることに良くも悪くも何の疑問を持たない。それどころか、流行に乗っかることが自分のステータスになってしまっている。流行を持ち込んだ奴はどこの社会に居ても絶大な権力を握る事が出来る。


―― だが、ここで一つの疑問が生じる。


 一体、誰がどうやって流行を世間に流しているのだろうか。一日で、社会に浸透させ社会を変える。そんなことが本当に可能なのか。もし、本当に可能だとしたら、それはきっと神の力によって人は洗脳されているのだろう。


「おい、起きろ! 起きろと言ってる、宮城結城!」


 パシ! と乾いた音が静かな授業中に鳴り響く。


「う……うん」


「授業中に居眠りとはいいご身分だな」


「げっ! 笠松!」


 僕は想定していた以上の危険を寝起きながらも認識し思わず、名前を呼んでしまった。しかも、呼び捨てで…… やばいです。漫画でもないのにパキパキと僕の頭上から嫌なきしむ音が聞こえてくる。


「ほほぅ…… 宮城。先生を呼び捨てとは本当にご身分が高いらしいな。どうだ、今から職員室に来るか? 手厚くお前を歓迎してやるぞ。先生、総出でな!」


「え、遠慮します…… 笠松様?」


「やっと自分の身分が分かったようだな…… では、後で職員室に来るように!」


「結局かよ!」


「何か、文句でも?」


「いえ、ありません」


 僕のような、かわいい小動物が大蛇のような睨みを効かされては成す術もなく、僕は保身のために直ぐさま席に着き、この後の授業を寝ながら過ごした。


「よくもまぁ、そんなにも寝られるね」


「うるせぇーよ、三月。というより、なんだ? そのださいキーホルダー」


 僕の幼なじみの杉原三月は何かとてもださい、いや気持ち悪いキーホルダーを携帯に付けていた。そのキーホルダーはヤモリのような形をしていて、長い赤い舌がペロっと出ている。色はピンクで模様は斑点だ。


「ださくないもん! かわいいでしょ! 結城、知らないの? 今これ、世界ですごく流行ってるんだよ!」


「あぁ……そう」


 僕はここで、この気持ち悪いキーホルダーに対してかわいい、かわいくないとかいう論争はしない。なぜなら、言っても無駄だから。世界がかわいいと言っているのだから、それはかわいいのだろう。しかし、これだけは心の中で言っておく、それは断じてかわいくない!


「というより、昨日付けていたクマのキーホルダーはどうしたんだよ?」


「あぁ、あれはもう流行終わったから外したのよ。結城は相変わらず、流行に疎いね。流行に乗らないと、結城だけ社会に置いて行かれるわよ」


 三月が今、かわいいとされているヤモリキーホルダーを撫でながら嫌味たらしく言ってくる。きっと、そのキーホルダーは明日にはいないだろうと思うと少し、気持ち悪いキーホルダーが不憫に思えてきたりもする。


「そんな社会なら、置いていかれたほうがましだ」


「また、強がっちゃてー」


 何も、強がってなどいない。僕は心底そう思う。流行はあらゆることを肯定する。例え、それが悪いことでも流行りだからと人は言う。人は流行のという輝かしい表しか見ていない。何かが流行すれば、何かが消えている。その事実を、人は心のどこかで知りながらも決して見ようとはしない。


「お前はきっと流行に洗脳されてるんだよ」


「何よ、それ。流行に洗脳されるならいいことじゃない」


 なるほど、三月はそういう洗脳を受けているのか。僕は洗脳されていることに気付いていない三月に哀れみの視線を送った。三月は僕の視線を僕が三月に喧嘩を売ったと感じたのか、三月は僕を睨んできた。僕は三月と睨み合う恰好になってしまった。三月の鋭い目つきにジリジリとタレ目の僕が押されていくのが分かる。


「ちょっと、いいかしら。宮城結城くんはあなた?」


 僕と三月の睨み合いに待ったをかける形で棘のある声が入って来た。三月も棘はあるのだが、まだ松張りでチクっとされた程度だ。しかし、この声は包丁のようにザクッと刺さりそうだ。


「は、はい。僕ですけど……」


 流行に疎い僕でもこいつを知っている。最近隣のクラスに転入してきた生徒らしく、勉強も運動もできて容姿もお嬢様のような気品があると言って一気に話題となった。所謂、流行が来たというやつだ。しかし、その流行は一日で終わった。その日の内に告って来た男を完膚なきに毒舌で叩きのめしたらしい。その言葉は今、僕の口からは言えない。なぜかって? 今、口にすれば僕が叩きのめされるからだ。とにかく、次の日からこいつは歩く出刃包丁と言われている。


「ちょっと来て」


―― やばいです


 僕の心の声がどうやら漏れていたらしい。前にいる、出刃……違った。桜野美玲はこれから、僕を叩きのめすつもりらしい。僕はクラスのみんなを見渡した。しかし、みんな僕と目を合わさない。三月! 僕は幼なじみに救いを求めて振り返ったが


「いってらー」


 ですよね。お前に、救いを求めた僕がバカでしたよ。僕は三月に笑顔で見送られながら、この歩く出刃包丁…… 桜野美玲によって連れ出された。












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