第8話 光と影

カン、カンという缶が転がる音が工場に響き渡る。『流行缶』が倒された効果か、緑の円は消滅した。歓喜のあまり腕をつきあげる僕とは反対にぐったりと、その場に倒れるのはこの工場の経営責任者 宮重登だ。この、瞬間僕たちの勝利は決まったはずなのに、桜野美玲は銃口を下そうとはしなかった。それどころか、引き金を振り絞っている。


「おい……」


僕は理解できない状況から…… いや桜野美玲の表情を見て、一瞬声をかけるのをためらってしまった。そんな僕の迷いをつくように一発の銃弾が銃声とともに桜美玲から宮重登に撃たれた。生々しく赤い血しぶきが吹き上がるのを見て、僕はやっとのことで喉から声を発する事が出来た。


「おい! 何しているんだ!」


苦しむ宮重登に駆け寄った。宮重登はうめき声を上げながら、右足のふともも部分を抑えている。僕は服の袖を引きちぎり、止血を試みる。やったことはなかったが、学校で習った知識が役に立った。止血した後も、血は止まることなく溢れ続ける。


「止まれ! 止まれ!」


バン! 僕の声にかぶせて銃声がまた鳴る。その銃声に合わせ、今度は右肩付近から血しぶきが上がる。宮重登から、苦痛のあまりか声にならない叫びが上がる。僕は顔面に血を浴びながらも再び止血を試みる。


「あなた、そこをどきなさい。心臓が狙えないでしょ。銃弾もただではないの」


桜野美玲の冷たく冷徹な声が背後から聞こえる。桜野美玲の表情を見ずとも僕はこいつが本当に殺す気でいることが分かった。だからか、僕は宮重登を守るかのように桜野美玲の前に立ちはだかった。


「何? あなた、私に歯向かう気! 言葉の自由は許しても、あなたが私に歯向かうことは許してないはずよ。そこをどきなさい!」


「どうして、殺すんだ! この人が何したって言うんだ!」


僕の感情が荒ぶる、悲しみ、怒り、たくさんの感情が込み上げる。それは態度となり、口から唾を飛ばしながら僕は桜野美玲に微力ながらも食い下がった。桜野美玲はそれでも、感情は冷たく、嘲笑っていた。


「したわよ。したから、殺すのよ。あなたはトレハンの新入りみたいものだから、知らない。トレハンのモットーは二度とターゲットの流行が流行らないように流行の影を見つけ、流行を殺すこと。彼は流行という光の裏に影を作ってしまったのよ」


「影? どういうことだ!」


「自分で少しは考えてみたらどうなの? 思い当たる節があるはずよ」


思いあたる節…… だと。そんなのいくらでもあった。桜野美玲、傭兵、銃、ヤモリ、流行缶、僕にとってすべてがあやしい。しかし、こいつが今上げている影というのはそれではない。もっとほかの…… 流行の裏に潜む影とは、なんだ? 潜む? そういえば、学生の桜野美玲はどうしてあんなにも簡単に作業員に溶け込めた…… 工場でいくらパスポートを持っていたとはいえ、幼女体型の桜野美玲は誰だっておかしいと思うはず…… 違う! そうではない!


「まさか!」


「やっと分かったのね。ここで働いているのは、まだ高校生にも満たない子供たちばかりだった。これだけでも、十分過ぎる影だけどね。労働時間、給料どれもすべてひどいものよ。LITTOLE FACTORY…… 嫌味な名前よね!」


桜野美玲が宮重登を睨み、怒りのまま引き金を引こうとする。


「待て! だからってこの人を殺す必要はない。警察に突き出せばいいだけだ。なのに、なぜ殺す!」


「倒れた『流行缶』を見てみなさい」


僕は桜野美玲に言われるがまま、倒れている『流行缶』を見た。『流行缶』はまだ、赤く燃えるような色をしていたが、温度が下がっているのか真ん中を中心に青っぽく冷えてきている。


「あの、『流行缶』はまだ活動する。もう一度、宮重登が触れればまた流行は始まってしまう。だったら、それを防ぐためにどうすればいいか分かるわよね?」


「息の根を止め、『流行缶』が再び活動するのを防ぐか……」


「そういうことよ。あなたは賢明ね。さすが、同類よ。そこをどきなさい」


――  同類か……


さっき言われた同類は心が落ち着いた。けれど、今言われた同類は心がざわめく。


その、同類は何か嫌だな。


僕は手探りでポケットを確認する。すると、さきほど、閉まった銃に手が当たる。


銃 …… 保身ようにと持たされたが僕は人生で一度もこれを使ったことがない。


「あなたが、それわ持つということはどういうことか分かるわよね?」


 桜野美玲は僕が銃を持とうとしているのが分かっているのに、一歩も引こうとはしない。それもそうだ。銃の扱いに慣れている奴が素人の銃にビビるはずがない。どんなものでも、使いこなせなくてはただの棒きれ当然だ。


「あぁ、分かっているさ。だけどな、僕にだって譲れないものぐらいある。この人は本当に悪いことをした。けどな、影ができるとこには必ず、光はあるのだよ!」


僕は銃を構えると見せかけ、携帯の光を桜野美玲に向けた。薄暗い工場に急に光ったライトは一瞬だが桜野美玲の視界を奪った。目を隠す桜野美玲から僕は隙を突き、桜野美玲の視界から消えた。


「ど、どこに行ったの!」


「ここだ!」


僕が右手に握ったのは『流行缶』だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る