第9話 ドリンカー
桜野美玲は僕を見つけ、すぐに銃を構え直したが、構えているだけで僕に撃とうとはしない。両者にらみ合いの状態が続くが、桜野美玲は一息つくと、銃を下ろした。
「どうして、分かったの?」
「ずっと、疑問だった。それだけの銃の腕を持ちながら、お前がどうしてこの『流行缶』を狙い撃たないか。蹴るより狙い撃つほうが圧倒的に有利だ。遠くから、狙い撃てば誰にも発見されず缶を倒すことができる。しかし、お前は一度も僕や自分にも撃てという命令は出さなかった。理由は分からないが、お前はこの缶を撃てない、いやこの缶は撃ってはいけないが正解かな?」
「正解よ。もし、今私があなたに向かって撃っていたらこの『流行缶』は大爆発を起こしていたかもね」
「かも?」
桜野美玲には珍しく曖昧な説明に引っかかった。
「『流行缶』による爆発の事故は確認されてはいるけど、誰も試したことはないのよ。当たり前でしょ? 誰だって死にたくはないわ」
―― そんなものなのか?
『流行缶』というのは僕が思うよりもでたらめな力かもしれない。
「で、あなたはここからどうするつもり? 全然、答えが見えないのだけど。私としてはこの男を殺しやすくなったからいいのだけどね」
「ひっ!」
銃を向けられ宮重登はまだ動く手足を動かした。どうやら、どうにか逃げようとしているらしい。しかし、それは端から見ればアリジコクに落ちたアリがもがいている姿しか見えない。
「ま、待て! 」
「なによ、まだ何かあるの?」
怪訝そうな表情で美咲がこちらを見てくる。銃口は宮重 登に向いたままで、しっかりと引き金に指がかかっている。
「確か、トレハンのモットーは流行の影を見つけ、流行を殺すことだったよな?」
「そうよ」
「だったら、僕が今から流行の原因を殺してやるよ」
そう言って、僕は『流行缶』のなべぶたに手をかけた。要はいつものように缶を開ける行為をした。
「まさか、飲む気? やめときなさい。その中は冷えていても人が飲める温度のものではない。しかも、その中身は人の信念よ。流行に疎いあなたでも洗脳されるかもしれない」
「丁寧にどうも。でも、僕はやめないよ。これが僕のトレハンのモットーだ。悪い流行を流行らしたのはこの缶事態だ。だったら、僕は流行の影を見つけ、悪い流行缶を飲み干す!」
そう言って僕は『流行缶』を口に当てた。缶を傾け口の中に人の信念を注いだ。
ゴク、ゴク、ゴク、
舌に以上な熱さを感じる。けれど、火傷したような痛みはなかった。飲んでいる中で僕の知らない風景が僕の頭に流れ込んできた。これは宮重 登の記憶か…… 味はなんだろう、すっぱいな……
僕は最後の一滴も残らず、飲み干した。体が熱い。頭にはまだ、宮重 登の信念が流れ込んできている。それでも、僕の自我は不思議にも正常だ。だけど、どうしてだろう。さっきから涙が止まらない。
悔しい…… 悔しい…… 本当に悔しい……
これは宮重 登の信念か。僕はギュットそれを胸元で掴んだ。これは離してはいけない、きっとこれが宮重登の光だ。
「あ、あなた大丈夫なの? 」
「あんなさぁ、悔しかったんだろ?」
「はぁ? 私?」
「悔しくて、悔しくて、でもどうしていいか分からなかった」
涙を拭き、これを頼むと『流行缶』を桜野美玲に渡すと、血を流しながら倒れている宮重 登の側についた。
「おっさんの信念…… すっぱいな。汗水流しながら働いているせいか? このヤモリのキーホルダー娘さんが考えたのだろ。ここで、働く従業員も親なき子どもたちばかりだ」
「お、お前どうして……それを?」
僕の言葉を聞いて、驚いたのか宮重登の弱々しくなってた目が見開いた。
「おっさんの信念を飲んだ。だから、全部分かるよ。親なき子どもを見つけては、まだ年齢で働けない子どもでも雇って生活費をあげていた。これは……」
「そうだ。娘へのせめてもの罪滅ぼしだ。どうもな、小さな子どもを見ると亡くなった娘がちらついてな。ほっとけなくなっちまった。そうしてるうちにさ、俺は思うよになった。この娘が作ったヤモリのキーホルダーを流行らせやりてぇとな」
宮重登が、徐にポケットを探った。桜野美玲は警戒したが僕が首を横にふった。宮重登が取り出したのは紙粘土で作られたヤモリのキーホルダーだった。月日が経って壊れた部分を何度も直しているのが外から見ても分かる。汚いのにとても綺麗だ。
「そう思ったとき、『流行缶』に出会った」
「あぁ、そうだ。最初はそれがなんなのか分からなかった。けれど、その缶を手にしてから娘のキーホルダーは売れていった。そこで、気づいたそれが噂の『流行缶』だと言うことを…… だがな、おかしかった。娘のキーホルダーが流行したはずなのに、俺は日に日に娘を忘れていった。ここで、働いている子どもたちも手に負えない注文数により、笑顔をなくしたよ。最近では、死んだような顔をして、ただ作業をこなしていた。俺も、もうだめだ。話している今でも、俺は娘の顔が覚え出せないんだ」
おっさんの目からすっぱい涙が流れ出す。
「大の大人の涙は汚ねぇだろ。けどな、もう涙を流すことしかできねぇ。あまり、見ないでくれ」
動く手で顔を覆い隠す、しかし片手では抑えきれない涙が頬をつたる。
「そうですか。気休めでしかありませんが、僕はあなたの娘さんのこと忘れません。だから、娘さんを知りたいときは僕に行って下さい!」
僕は宮重 登の信念なかで小さな少女を見た。二人とも笑顔で幸せそうにしていた。悔しい『流行缶』のなかで一滴混ざっていた幸せの『流行缶』だ。
「あぁ…… 頼むよ。気休めでも俺は娘をもう一度知りたい。今度もし、目が覚めたら……」
この後、宮重登は意識を失った。僕たちは救急隊を呼び出した後、桜野美玲が強引に僕を拘束したのち、すぐにこの場を立ち去った。宮重登は退院後、警察へ出頭したらしい。これはメディアにも大きく取り上げられ、ここで、働いていた子どもたちは皆、児童施設へと預けられた。しかし、不思議なことにメディアには一切『流行缶』については語られなかった。僕の身体も特に変化は見られなかったが、僕の日常は特に変化なしとはいかなかったようだ。
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