第7話 流行缶蹴った!

「このまま、まっすぐ行ったところに『流行缶』があるわ。さぁ、華を持たせてあげる」


 僕は桜野美玲に言われるがまま、本当にあるのか?と半信半疑で僕はまっすぐ歩み出した。桜野美玲がここを警備していた警備員を一網打尽にしたせいか辺りはシーンと物静かだが、先ほどの重苦しい雰囲気よりも気味悪さを覚える。僕は警戒しつつゆっくりと一歩ずつ、足を踏み出していく。しかし、それを許さないと僕の背後からパン! という乾いた音がすると、僕のすぐ横に銃弾の火花が散った。


「な、なにするんだよ! 当たったら死ぬだろが!」


「早く、行きなさいよ。次は当てるかも知れないわよ」


 僕が跳びはねながら驚く姿をフフと笑って見ている桜野美玲に猟奇的な雰囲気を感じ、僕はゾッとした。銃を構える桜野美玲を背中にして僕は再び歩き出した。どうやら、僕は退路を絶たれたらしい。これでは華を持たされるどころか、手向けの花をあいつから貰いそうだ。


「そろそろかしら?」


 桜野美玲はそう言うと、銃を構え直す。ついでに、この時僕に向けられた銃口も違うターゲットに移った。どうやら、僕たちが探していた物が見つかったらしい。


「これが、流行缶か……」


 その缶はこの世の物とは思えないほど、禍々しかった。無理矢理例えるなら、アニメで出てくる呪具が妥当だろう。それぐらい、僕は初めて見た『流行缶』をこの世の物とは思えなかった。元はクールドリンクの缶とは思えないほどに缶全体が赤く燃え上がり、周りはその缶を中心に緑色の円が半径十メートルに渡って広がっていた。


「そ、そこ…… までだ!」


 僕と桜野美玲の前に一人の男……いや、どこにでもいるようなおっさんが立ちはだかった。


「遂に、姿を現したわね」


「あの、おっさんは?」


「このLITTLE FACTORYの経営責任者 宮重登よ。つまり、ヤモリキーホルダーの流行の産みの親という所ね」


 ヤモリ? 僕はそのワードに引っかかった。僕をこんな地下に閉じ込めたいや、今日のこんな状況に僕を追いやった原因の種ではないか。しかも、その生みの親が僕の今までのフラストレーションがすべてこの瞬間、桜野美玲→ヤモリ→おじさんに変換された。


「おい、おっさんのせいだぞ。あんたが、こんな気持ち悪いヤモリを流行さすから……」


 今まで、苦労の一日が頭に浮かぶ。桜野美玲との出会い、薄暗い牢屋のなか、銃弾とのおにごっこ、そして桜野美玲の笑顔。あれ、おかしい僕の目の前がぼやけてきた。


「あなた、なんで泣いてるのよ。流行缶に洗脳でもされた。撃って覚まさせあげようか?」


「それは、やめてくれ。もし、撃たれた僕は一生目が覚まさないから」


「ごちゃ、ごちゃうるせえ! あんたら流行ハンターだろ! どうして、俺の工場を狙うんだよ!」


「それは、自分の胸に聞いてみるのが一番いいのでは? この工場の経営責任者のあなたなら分かるはずよ」


 余裕の笑顔を崩さない桜野美玲に対して、おじさんは焦りの表情が隠せていない。


「ここから、僕はどうすれば?」


「あなたはただ、『流行缶』の所までまっすぐに進むだけでいいわよ」


「そうはさせるか……」


 おっさんが憎悪に満ちた表情でゴソゴソと胸ポケットから今日ではお馴染みになった銃を取り出した。どうやら、世の中は僕が思っていたよりも平和ではなかったらしい。


「ねぇ、僕はどうすればいいの?」


「真っすぐよ。けれど、銃弾より早く走りなさい」


「む……」


「何か言ったかしら!」


「なんでも、ありません」


 桜野美玲に逆らえないのは、もう分かっている。だったら、信じるしかない。こいつが口癖のように言っていた『関係のない人は殺さない』という言葉を信じるしか…… 関係のない人に僕は含まれるのだろうか。心配になり、チラッと桜野美玲を見るが桜野美玲とは目が合うことはなかった。ただ、じっとターゲットを狙い、一層集中力を増した表情をしていた。


「私の合図で飛び出しなさい。そして、振り返らずただ缶に向かって真っすぐ進みなさい。大丈夫、安心して。私は関係のない人は殺さない。あなたと私は同類。関係のない人ではない」


 不思議だ、桜野美玲の言葉に身が引き締まる。大丈夫、僕の呼吸は一定だ。僕の足は疲労はしているが走れないことはない。


「カウント、3、2……」


―― 息を吸え! 足に力を込めろ!


「ゴー!」


 僕は飛び出した。おっさんも引き金を引いたのか銃口から煙が出て入る。ギューと眼前に迫る銃弾。しかし、僕は逃げない目を瞑らない。なぜなら、後ろには同類がいる。


ギン


銃弾が銃弾によって弾かれる。


「おっさん、銃の扱いど素人すぎるわよ!」


 僕に迫りくる銃弾をことごとく撃ち落とす桜野美玲の銃弾。おっさんの銃弾は僕の眼前に迫る度に消えていく。すべての銃弾を打ち落とされているというあり得ない現実に、おっさんは恐怖を感じ、焦りを生んだ。銃口はもう定まることはなく、桜野美玲が弾かなくとも僕に銃弾は届きはしなかった。僕は落胆の表情で弾無しの銃を撃ち続けるおじさんの脇を抜け『流行缶』へと走った。


「缶蹴ったー!」


 大きく振り上げた僕の足が缶を蹴り飛ばした。宙を舞う『流行缶』は禍々しさを持ちつつも、ただの缶と同じくとても軽かった。それは日々生まれ変わる流行に、振り回される人の気持ちの重さにも共通する重さのようにも感じた。

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