故郷
地球では、僕の名前を知らない人はいないらしい。ただ、僕は地球のことをまだよく知らない。
いろんな人たちにいろんなことを聞かれて、いろんな場所に行って、いろんな検査を受けた。生活に必要なものは全て誰かがくれるけれど、全然楽しくはない。
「地球に生還されたお気持ちはどうですか」
何度も質問されたのだが、どう答えていいのかいまだによくわからない。だって、僕は初めて地球に来たのだから。みんな興奮して、顔が怖い。なかには、自分が思い描いた答えが得られるまで何回も質問してくる人がいる。疲れた。
話は、一年前にさかのぼる。惑星外研究員として働いていた僕は、探査機に乗っていた。いつも通りの作業をしていたはずだったが、探査機が故障して母船に帰れなくなってしまった。応援を待っていたところ、どういうわけか突然ワープしてしまった。宇宙にはワープウェーブと呼ばれる嵐があるらしいと聞いてはいたけれど、自分が巻き込まれるとは思わなかった。
それでも万が一のことは考えられていて、非常食の備蓄はかなりあった。飛ばされた先で救難信号を出していると、二十日ほどで返事があった。
「あなたは地球人なのですか」
どう返答していいか悩んだ。確かに僕の先祖は地球人だ。太陽圏外へ、移民として旅立ったのである。その中でも特に遠方まで行き、地球との関係を断つことにした。遠い星で、全く新しい生活を始めた、と歴史の授業で習った。
地球人の血は引いている。でも、地球生まれではしない。
「地球由来です」
結局僕は、そんな返事をしたのだった。
八か月がたって、地球から僕を助けるための船がやってきた。もう少し遅ければ、死んでいただろう。
偉い人たちの会議などがあって、決定に時間がかかったらしい。そういうところが、ご先祖様が地球暮らしを嫌った原因かもしれない。
土星近くの基地を経由して、地球までやってきた。僕のニュースは大々的に報じられた。
驚いたことに、地球では先祖が旅立ってから五十年しか経っていなかった。僕らの星とでは時間の進み方が違うのか、それともワープによって時間も超越してしまったのか。僕のご先祖様と知り合いだったというお爺さんが、僕の顔を見て泣き出したりもした。
僕から、いろいろな情報を聞き出したい人はいっぱいいた。ただ残念ながら、僕は惑星外調査以外のことは人並みにしか知らない。彼らが望むような、地球には存在しない技術や知識を提供することは難しかった。
なかには、僕の話を疑う人もいた。無理もない、彼らはワープウェーブのことを知らないし、時間の流れが異なる星のことを想像するのは難しい。僕だってよくわからない。
それでも、地球の生活には徐々に慣れていった。重力も自然も街も全く違うけれど、人々はそんなに変わらない、ということに気が付いたのだ。
故郷に対する寂しさはあった。けれども、戻れないというあきらめも大きくなっていった。
そうして、地球での暮らしが三か月ぐらいになった頃。宇宙船が現れた。
数はそれ程多くはないけれど、見るからに強そうだった。彼らはすでに、地球外の基地をつぶしてきていた。
そして、とんでもないことが分かった。彼らは、僕の星の人間だったのである。
「我々は千年前、この星を追い出された者たちの子孫である。先祖の無念を晴らし、地球を正しい道に導くために戻ってきた」
びっくりした。彼らは、確かに僕の星から来た。けれども、僕の時代よりもさらに何百年もたった世界から来たのである。
偉い人たちが僕のところにやってきて、交渉役になってくれと頼んできた。心から嫌だったけれど、戦争になっても困るので引き受けた。
「まさかあの有名な裏切り者に会えるとは」
交渉の席で、言われた。意味がよくわからなかったが、彼らが言うには、僕は最初から逃げるつもりで、惑星外研究員になった。そしてまんまとそれを実行して、外の星に情報を売りに行ったスパイだというのだ。星では代々最も恥ずべき人物の名前として、ずっと語り継がれているらしい。
「そんな馬鹿な」
もちろんそんなことはないと主張したが、信じてもらえなかった。
地球は降伏した。そして僕は、裁かれるために僕の星に連れていかれることになった。
「出ろ」
移動中はずっと、独房に入れられていた。突然まぶしい世界がやってきて、目がちかちかした。
だんだんと世界が現れてきて、びっくりした。乱立するビルと、砂漠。なんだかよくわからない塔から、なんだかよくわからないものが放出されている。エアカーや見たこともない乗り物がひっきりなしに走っていて、すごくうるさい。酸素が薄いようで、ちょっと歩くだけで息切れしてしまう。
「地球は本当に田舎だったなあ」
「仕方ないだろう、この星より千年近くも遅れているんだから」
乗組員たちの声が聞こえる。
故郷の牢屋の中で思った。地球に、戻りたい。
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