エピローグ01

8年後

 あの学園での決闘騒ぎから八年が経過した。

 つまりは殺されないままの八年だった。

 元の人生の数倍は人と話した八年だった。

 元の人生よりも感情が揺れ動いた八年だった。

 僕は今日、皇帝となる。

 そのはずだった。

 本来、儀式のための準備に取られていた時間に、僕は軍の指揮を取ることになっていた。

 軍の士気は高い。

 小高い丘から見下ろした数十万を超える我が軍はどこを見ても「勝つ」というシンプルな決意に溢れている。

 本来浮足立ったり、恐怖を覚えるはずの、一兵卒ですら武具の整備を怠らない。元々戴冠式で、街の警邏していればよかった者がほとんどなのに、命のやり取りをする場に駆り出されて、これだ。

「我が主のご威光の賜物ですね」

 隣に佇む紅い目をした女性が声を掛けてくる。緑の黒髪とも呼べる長髪を携え、白雪の肌との対比で、夜空と月を切り出した人だった。

 八大氏族筆頭として成長したフィルは、何かあるごとに慌てふためき、周りを巻き込んで全力で取り組む羽目になったあの頃の面影はなくなっていた。

 成長してできた余裕はなにかにつけて僕への賛美に回されていた。

「意味がわからない」

「皆、我が主の晴れの舞台を邪魔されて腹が立っているのですよ。ほら、あの人狼の民でさえ士気が高い」

 フィルが指さした先には、学園で教鞭を執っていた教師がどうするべきかと尋ねてくる同胞に対し、一つ一つ指示を飛ばしていた。その顔は何故自分がという納得のいかなさも伺えたが、それでもやるしかないという責任感からか遠吠えにも近い声量で作戦について説明していた。

「どうしてこうなった」

「ご自身か、あの教師についてか、は計りかねますが当然の結果かと」

「……色々あったからなぁ」

「キティの裏切り、前八大氏族からの決闘騒ぎ、戦争の過激化、魔物の出現、停戦に教会派との共闘、リオン様のご友人の行方、この世界と亜人の成り立ち、人間との和解、そして今がキティとライア率いる教会派との最終決戦ですからね」

「八大氏族のハーピィが太り過ぎて飛べなくなったり、アインがメイド長を初日で首になったと思ったら騎士として軍に引っ張られていったり、あの人狼教師の里帰りに付き合ったり、母上が家出したり、クランツェがフィルに告白したり、ルセアの婚活を手伝う羽目になったり、キティとキャスの姉妹喧嘩仲裁とか、確かに色々あったなぁ」

「茶化さないでください」

「茶化すつもりはないさ。どれも大事な思い出だ。フィルのお母さんが先代聖女だったことを知った日の驚きは未だ記憶に新しいよ」

「まさかこの因果が教会派と和解に至らない原因になるとは思いもしませんでした」

「気にしなくていいさ。キティと天才君がいた時点で最後までもつれ込むとは思ってたさ」

「さすがです、我が主」

「それよりもその我が主っていうのは辞めないか? 僕らはそれより進んだ関係になっただろう」

 フィルは朗らかな笑みを浮かべる。

「どんな関係になっても、我が主は我が主です。もちろん心よりお慕い申し上げています。家来としても、妻としても」

 フィルは僕の手を引く。

「ほら、騎士隊長兼メイド長が呼んでいますよ。八大氏族の皆様もお待ちでしょうから行きましょう。この戦いが正真正銘、最後の戦いになるのですから」

 試しに首元を強く抓ってみた。

 もう何も思わなかった。

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破滅主義者のサクセスストーリー 宮比岩斗 @miyabi_iwato

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