もう一人の転生者ともうひとりの転生者
生前から私は「良い子」だと言われていた。親や教師からの評判はすこぶる良かった。ただ、それに反比例するように友人からの評判は低迷していた。
理由としては「ウザい」の一言に尽きた。
ルナ様に言われて気づけたことだけど、私は「良い子」であろうとして、いつの間にやら正義感が育ち過ぎていた。本来ならば多くの枝葉の一つとして日差しを分け合い健やかに伸びるものだが、「良い子」という賞賛欲しさに、他を押し退けて光を求めるこの樹海の木々のように、歪んだ伸び方をしていた。その末路は裁断されるかのように、正義を振りかざした相手に殺されたのだ。私が退学に追い込んだ不良が、車でグシャリと私を潰したのだ。
殺された後、気づけば白磁の城とでもいうような宮殿にいた。そこには金髪碧眼、白を基調に碧があしらわれたドレスの美人が裾を持ち上げていた。ただ、背はとても小さく、にも関わらずえらい巨乳で不揃いさが悪目立ちしていた。
挨拶を交わし、私の現状について説明が入る。ルナ様は私に新しいチャンスを下さると仰った。しかも「聖者の器たる人物をこんなところで見捨てる訳にはいかない」とまで評価してくださった。ただ、もっとやり方を選びなさいとお説教を受ける羽目にもなったが。
転生までのおよそ数年間、ルナ様はつきっきりで社会生活の送り方について教えてくれた。人の心がわからなかった私はひどく出来が悪く、何度かひどく可哀想な子供を見るような目をされたがそれでもどうにか社会性というものを手に入れた。
転生の日、ルナ様はどこか安堵した表情でこう告げた。
「正直に申しますと、どこに出してもはずかしくないとは言えません。ただ、人の心はわかるようになったと断言できます。その心のままに世界を救ってください」
私は「はい!」と返事をすると、目の前が暗くなり。気づけば赤ん坊として生まれ、助産師に抱えられていた。
そこからは激動だったといえよう。
一つにも満たない年で貴族の両親は政敵に暗殺され、両親の師匠筋にあたるプロントという宮廷魔術師に救われる。政局ばかりの国に見切りをつけていた師匠はその後、運営していた孤児院の子を連れ、国から逃れる。
逃げた先は亜人すら近づかない霊峰の麓だった。近くの湖から全景を眺めると、この霊峰、半身を削ったクレーターで大きく様変わりしているが富士山と瓜二つであることに気づく。おそらく教科書かなにかで見る機会のあった富士五湖から見た風景なのだろう。惜しむらくは富士五湖の配置や形が記憶になく、確証は持てないままだった。
それから数年もすると得意分野は全く異なるが師匠にも劣るとも勝らない魔力、技術を会得した。その頃になると自分の特訓よりも弟弟子らに教える方が楽しくなっていた。きっと本当の意味で人に頼られるとはこういうことを指すのだろう。前世では独善的だったものの意味を、ようやくその時に悟った。
跡継ぎ騒動がリオン様が私を指名しないという決断をして、ようやくその道を進むことができようかという時、妹のように可愛がった子を攫われたのだ。
「……キャスが攫われた?」
あの子は特別だった。
弟子の中でも一番幼いキャスは赤ん坊の頃から面倒をみてきた。それゆえ一番可愛がっているのも私だ。名前だって私が名付けた。師匠は気づいていないかもしれないが、あの子は誰よりも魔法の才に恵まれている。そしてなによりいつの間にか和の中心となるあの子はいずれ里の長になるべき神童であった。
あの子は、下手な大人ならば返り討ちにするぐらいの魔法なら既に会得している。師匠だって里にいた。にも関わらず、この短時間で攫われたということは相当な凄腕であるに違いない。
「状況を教えて!」
走ってきた弟弟子に大声をあげる。
「盗賊みたいな奴らが昼寝してたキャスを攫っていったんだ! 俺らもすぐに追いかけたけど、目の前から消えたんだ!」
「そいつら何処行った?」
「山の上! たぶん古代神の御社!」
「師匠は?」
「追いかけようとしたら腰やらかした!」
「何やってんだ! あの師匠!」
思わず声を荒げてしまった。滅多にないことをしたせいで、弟弟子が目を丸くして小さくなっていた。これはルナ様から聞いたとある状態を指していた。「ビビっている」というのだ。こういう際は優しい言葉で誤解を解くのが正しいと教わった。
記憶を頼りにそれを実行しようとしていたら、リオン様が口を挟まれる。
「消えたのにどうして何処に行ったのか分かるのか教えてくれないか」
弟弟子の顔が冷水でも当てられたかのように強張る。
「えーと、それは……」としどろもどろになる弟弟子にリオン様は続ける。
「この結界、転移なり瞬間移動の類は中からも外からもできないようになっているみたいだけど合ってるか?」
答え合わせを私に求められる。
「私は転移魔法は使えませんけど、たしかに師匠は転移ぐらいできるようにしておくべきだったとよくボヤいてました」
回答を聞いた弟弟子は悪戯がバレたように、けれど悪びれる様子もなく頭を掻く。
「あーあ、バレたかぁ」
その姿に腹が立つ。身内の不幸を騙るその性根が許せない。誰かを不幸に陥れようとするその性悪さは断罪しなければならない。
姉たる私がやらなければならない。
手を振り上げ、下ろす。瞬間、滾ったその手は思わず魔力を帯びてしまう。それでもいいや、と勢いを落とすことをやめた。
そのまま頭と胴を切り離すかと思われたそれはリオン様が間に入り、腕を止めた。
壁の役目をした左腕を抱え込むようにして抑え、しかしなんともないような、もしくは何処か嬉々とした声色で弟弟子に尋ねる。
「誰にそう言えと吹き込まれたんだ?」
「誰って、この子の悪戯じゃないのですか?」
「悪戯にしては流石に度が過ぎる。それについちゃいけない嘘の類は分かる年だ。冗談でもないなら誰かの指示を疑うのが建設的だろ?」
弟弟子に目を遣ると、バツの悪い顔に変わっていた。「なんでわかんだよ」と舌打ちをして、リオン様を睨む。
「オレと大して変わんないだろ」
「リオン様になんて口をきくの!」
もう一度頬を引っ叩こうとしたが、今度は振り下ろす前にリオン様に腕を捕まれ叶わなかった。
「気にしていないから」とそれだけ口にし、力を抜くようにと視線で語られる。
私が力を抜くと、リオン様は弟弟子に「どうしてこんなことしたんだい? 理由は?」とまるで母が子に説法でもするように優しい口調で問いかける。
「……ジジイにやれって言われたんだよ。やればキティ姉さんが八大氏族の一員になれるって」
「そんなことだろうと思ったよ」
「師匠のせいで申し訳ありません……」
「気にしないでいいよ。無事がわかってなによりじゃないか」
ああ、やはりこの方は聡明でお優しい。この方は前世では一体どのような仕事をなされていたのか。もしくはどのような学校生活を送っていたのか。気になって仕方がなかった。
訊けば教えてくれるだろうか。よしんばそれを元にこれからについてもご教授頂きたい。
「さて、問題なさそうだから帰ろうかな」
「あの! 今度はいつ会えますか?」
そう尋ねた直後のことだった。
横殴りの轟音が霊峰から響き渡る。少し遅れて大地も大きく揺れる。森は左右に暴れ、野鳥は慌ただしく空へと逃げ出した。
私とリオン様は弟弟子に視線を向ける。意味するところはただ一つ。他に何か隠してないかということだった。
揺れが収まり、ようやく私達の視線に気づいた鈍い弟弟子はぶんぶんと首を横に振る。
「いや、何もしらないって!」
私が怪訝な視線を続けて送っていると、横でリオン様は再び確認する。
「キャスは霊峰にいると言ったよね。それは嘘?」
「……本当」
息を呑む音がした。
「――キティ!」
「はいっ!」
掛け声とともに地面を蹴り出す。なりふり構わずの全力疾走。森の中を駆け抜け、岩肌が露出した山道へと一足飛びで辿り着く。リオン様が横にいらっしゃらいので置いてきてしまったかと不安だったが、それは杞憂であったことがわかる。リオン様は低空で宙を滑っていた。おそらく一度空高く上昇し、森を抜けたのであろう。リオン様は横につくと、「こっちだ」と進行方向を変える。
急勾配な坂は一歩踏み込むたび、小石が跳ねた。土煙が巻き起こり、隣を飛ぶリオン様を巻き込んだ。申し訳無さで速度を落とそうとしたものの、魔力で身を纏って全て弾いていた。そして「気にするな」と仰った。
私たちの視界に巨大な何かが入り込む。それを認識した瞬間、私は足が止まってしまう。
隣のリオン様も見開いた目で、私に何かを尋ねようとしているが言葉が出てこない様子だった。
視界に写り込んだもの、それは巨大な鎧武者だった。朱が主だった配色、兜が三日月をかたどったそれはまさしく武田の赤備えそのものだった。
それは私達の存在を認識すると腰のものを抜く。大男がおよそ二人縦に並んだ大きさの武者が引き抜いたそれは直刃の日本刀だった。
生前、京都の修学旅行でをたまたま見る機会があった。その時見たのは美術品に位置する刀だったため、吸い込まれる程美しいという印象だった。だがこれに感じるのは別ベクトルのものだった。目を背けたくなる程の剣呑さ。近づいてはいけない類のソレだった。
「キティ、目を疑ってるところ悪いけどそれどころじゃないよ。武者の足元見てごらん」
言われるがまま視線を足元へずらす。そこにはキャスと師匠の二人が横たわっていた。
瞬間、私の足は二人の元へ飛び出してしまっていた。
「キティ!」
後ろからリオン様の声が届く。これが悪手であることはわかっている。けれどジッとしてはいられなかった。
鎧武者が両手で刀を持ち、上段の構えを取る。振り下ろしならば横にズレれば避けられる。そう確信し、さらに速度を上げる。
そして、思って振り下ろされる。予想よりも速い。風を切り、音を超え、光に迫る。だが、避けられない程ではなかった。
――その認識は最悪を呼び寄せた。
横に跳ぼうと踏み込む。中小様々な大きさの石で重ね塗りされた山肌の上で滑り、まるで撫でるかのように踏み抜いた力が逃げていった。
眼前に迫り、死を覚悟した瞬間、強い衝撃が横から加わった。私は山肌を転がり、体中あちこちに擦り傷、切り傷が出来上がっていく。
「悪いな。友を傷つけるなんて人として最低だ」
リオン様が土煙の中、そう告げた。
風が吹き、土煙が晴れる。
リオン様の左肘から先が失われていた。
「リ、リオン様、左腕が……」
「気にするな。あとソレ、受け止めてあげてくれ。この土地と腕のせいで加減がわからないから」
言われて人影が空から降ってくるのに気づく。咄嗟に二人分受け止めたが師匠の方は、乱暴になってしまったがゆえ嗚咽を吐かれた。
「安全な所までよろしく。僕はこの鎧武者の相手しなきゃいけないから」
「で、でも! リオン様が!」
「気にするな。そこの二人が残るよりはマシだ」
「……ごめんなさい!」
二人を担ぎ上げ、森へと駆け抜ける。
「古代神だか魔物の類か知らないけど、久しぶりに気分が高揚してるんだ……楽しませてくれ」
背後でリオン様がそう口にしていた。
里へと駆け込んだ私は二人を弟弟子、妹弟子らに預けるとその場に前のめりになって倒れ込む。性も根も尽き果ててもいいという勢いで走った。魔力も体力ももう残ってはいなかった。
立ち上がろうとしてもの根が生えたかのようにビクともせず、それでも気合で立ち上がろうとすると全身が飛び跳ねる程の痙攣を起こし命令が遮られた。
安静にしなきゃ、と妹弟子が心配を表す。
「……駄目、リオン様を助けに行かなきゃ」
体を引きずり、這ってでも進もうとする。
「どうして?」
そう問いかけてきたのは意識が回復したキャスだった。立ち塞がるように私の前で問いかける。
「どうして?」
そんなの決まっている。
「どうして?」
ルナ様にはきっと呆れられるだろう。
「どうして?」
「私の正義が、善人を見捨てることを許さないからよ!」
「ならつれてく。おなじうまれのよしみ」
キャスはそう言うと、私の手を取る。すると体の痛みが引き始める。無理に魔力を放出したせいで、ズレにズレまくった魔力の神経が整えられていくのを感じる。
「キャス、これは?」
おそらく私が何を訊いているのか周りの弟子らにはわからないのだろう。手から伝わるキャスの魔力が私の体を弄くり、修復している。
「いくよ」
思い切りよく手を引かれ、山へ向けて走り出した。魔力を私に供給したままだった。私がその走力に追いつけるように、なんなら追い越せるようにという量を流し込む。
「キャス、これは一体どういうこと!」
それに答えず、キャスは速度を緩める。
「もうおぶってくれたほうがはやいよ」
そう言われてしまったら返す刃は持ち合わせておらず、言われるがままキャスをおぶる。抱きつかれた首筋から魔力供給はされたままだった。
天才ではあると知っていた。だがこんなにできたことはなかった。魔力量の多さが売りで、その扱いはせいぜい一回り上の魔法使いに勝るかどうか程度。こんな走りながら裁縫をするような真似をできる訳がなかった。いや、やる機会も、やる気もなかっただけかもしない。
私は首を振り、いくつも浮かぶ疑問は全て終わったあとでいいやと振り払う、とにかく足を回すことに専念する。
「飛ばすからしっかり捕まっててよ」
深く踏み込み、地面を踏み抜く。
それだけで体は弾丸の如く跳ね飛ぶ。
風抜き、音超え、光に届き、神速へと至る。
私のギフトはその強靭な肉体だった。魔力はあるが魔法はてんで使えない。その肉体の維持、強化に全て回っていた。体外に魔力を放出することがひどく苦手だったのだ。
対してキャスはきっと真逆で、放出することに長けているように見える。空気との摩擦熱を防ぐため魔力の膜を体中、そして私にまで張っている。おかげで無理して魔力を回す必要がなくなっていた。私が張ることになっていたならば、下手くそゆえ膜は夢のまた夢、よくて泡、悪ければ出来の悪い剣山のようなもので燃費最悪だっただろう。
ゆえに戻るときより速く、一瞬で元の場所まで戻れた。リオン様と鎧武者の戦場は体力の砂埃が舞い、視界が遮られていた。
もはや戦いの音はない。ただ一人の息遣いだけが聞こえる。
太ももを上げ、水平に振り抜く。突風と呼ぶには程遠いが、舞い上がる風に砂埃が乗り、視界が晴れる。
その中からリオン様が現れる。切られた左腕にシャツが覆っていた。断面に対する荒い止血。当然、受け止めて切れず、血がにじみ、ポタポタと早い感覚で地面に向かって血が垂れていた。右手には鞘に入った刀が握りしめられていた。黒く飾り気のないそれは別れる際には持っていなかった代物であった。
「思ったより早かったな。でも良いタイミングだ。これでようやく……」
力なく微笑まれる。今にも消えてしまいそうなのに、そこには曇りのない笑顔があった。まるで別れの挨拶を交わすかのように。
「まったく、せっかく逃したのに連れてきちゃ駄目じゃないか」
そう言って膝からその場に崩れ落ちる。
「リオン様!」
肩を抱き、支える。しれっといつの間にかキャスが肩から降りていたが、今はどうでもいい。
「今すぐ止血します!」
裾をちぎり、切断された腕を強く縛り付ける。しかし、今この場でできることはこれ以上なかった。あとは病院へ連れて行くだけ。
私が担いで走れば一刻もしないうちに大きな街の病院まで辿り着くだろう。だが、体力が尽きかけたリオン様が街まで辿り着くまで保つだろうか。それとも里で安静にして医者を連れてくるべきだろうか。
とにかく里へ行きながら考えよう。
「ねぇ」
後ろから話しかけられる。振り向くと青白くなった何かがが私の前に差し出される。それはリオン様の切り落とされた腕だった。切断面から血が垂れ、それが自分についても気にしない様子で「これ、その人の?」と訊いてくる。
「ねえ?」
短く息を吐き、顔を引いた私に追い打ちをかけるように、その手に持ったもので私の頬を撫でてくる。
「そ、そうよ」
答えると満足げに「わかった!」とリオン様の止血した布を取り去った。せき止められていた血が、地面に流れ出す。そ数秒もしないうちに血溜まりができた。慌てて止血しようとした私の動きをキャスは制すと、腕の断面同士をぐりぐりと押し付け始めた。意識を手放していても痛みは走るのかリオン様の体は飛び跳ねた。
「何してるの!」
私が二人を離そうとしても「いいからいいから」と聞く耳持たずで、リオン様の体が飛び跳ねようがのた打ち回ろうが気に留めず、ぐりぐりと腕を押し付けることを止めようとしない。実力行使もやむを得ないと思い始める。
「いい加減に――」
「はい、なおった!」
バンザイするキャス。その手にはもうすでに切断された腕は握られていなかった。
その腕はピッタリ、リオン様の腕とくっついていた。結合面に血が滲んでいたが、青白かった腕はすぐに血色を取り戻す。
「これ、どうやったの?」
「なんとなく!」
断言されてしまっては言い返せない。
「……とにかくリオン様を安静な場所へ移そっか」
「これで大丈夫」
里に戻り、リオン様をベッドに寝かす。結合面はもちろん、全身の傷に処置を施した。ただ、その間も決して日本刀を放そうとしなかった。いや、離れなかった。
この刀はなんなのだろう。聖剣・魔剣の類であることは間違いない。問題はコレがリオン様元々の持ち物だったかどうかだ。リオン様のものならば、気に掛ける必要はないだろう。けれど、これがあの鎧武者由来のものだったとするならばどうにかして手放す方法を見つけなければならない。最悪、再び片腕を落とす必要すら考慮する必要がある。
――あの鎧武者、明らかに日本由来のものだった。ここは異世界で、あのような存在は有り得ないはずだった。だが、存在した。だとするならば、同じ転生者、それも日本人が作り出したもの。それが考えられる。
「起きた?」
そんな呑気な声でキャスが部屋へと入ってくる。そこでピンと頭に引っ掛かった言葉があった。「なら連れてく。同じ生まれのよしみ」というものだった。私の治療を施す際に口にしたものだが、キャスとは同じ故郷の生まれではない。この里で育ったという意味だとするならば、言葉のあやとして理解できる。
「訊いてもいい?」
部屋には私とキャスの二人のみ。
怖い。もしもこの子がリオン様を害したとするならば殺さなければいけない。だが、遅くなって良いことはない。私しか知らないのならば逃がすこともできる。
「なにをー?」
「どこで生まれたの?」
「ちきゅーのにほんってところみたい」
一縷の望みを掛ける。
「あの鎧武者を生み出したのはキティ、あなたなの?」
「――よろいむしゃってなあに?」
「――え?」
そこで思い至る。幼い話し方をする意味などもうない。
「生まれ変わったのって何歳?」
「わすれた!」
その天真爛漫さに私は緊張感が緩む。
「ふふ、わかったわ。ありがとう」
リオン様はすやすやと寝息を立てている。影響はあるのだろうが、直ちにというわけでもなさそうに見える。ならば今はゆっくりと寝て、休んでもらおう。
「……あの鎧武者はなんだったのかしら」
その独白から数時間。リオン様は目を覚ました。日は落ち、里は魔灯で発熱灯のように暖かみのある光に溢れていた。
目が覚めたら失ったはずの左腕があることにリオン様は大変驚かれ、夢であるかのような口振りをした時は不謹慎ながら漫画のようだと思ってしまった。
キャスの事情も含め、別れた後のあらましを説明すると、やはり鎧武者の件が引っかかっているようでした。キャスについては「二人いるなら三人目がいてもおかしくない。むしろ、もっといるかもしれない」と驚きが全くない様子でした。
また、日本刀について尋ねると、鎧武者を倒したら、霞となって消えた鎧武者の中から現れたとのこと。それを拾いあげたところで私達が合流し、緊張が切れ意識を失ったと笑われました。
その日本刀について、リオン様はどこで覚え、よく覚えていらっしゃったと言いたくなるぐらい良い手つきでその日本刀の分解を始められました。分解を始める前に手から放れようとしないソレを床に何度か振り下ろしたのには流石に肝を抜かれました。リオンが見たかったのは銘らしく、そこに刻まれた文字はよく見知った言語でした。
「村正」
それがこの日本刀の銘でした。妖刀と名高いソレの伝説についてはよく知らないけれど、良くない伝説だったと記憶していました。
「ふうん」
リオン様はつまらなそうにただ一言呟いただけでした。
「とにかくこの件については保留だね。それにそろそろ帰らないと執事の一人が騒ぎ出す頃だ」
「それではお送りします」
「一人、ついてきてほしい人がいるんだ。連れてきてくれるかい」
「師匠ですか?」
「いや、違う。キャスだ」
「リオン様! その姿は一体どうなされたのですか」
謁見の間に降り立った私達を出迎えたのはリオン様専属執事のそんな悲鳴だった。呆れたように見えるのは八大氏族の面々。小さなメイドの女の子は慣れた手つきで替えの召し物を運ぶ。なぜかそのメイドの子は大剣を背負っていた。
リオン様はその場で衣服を脱ぎ、メイドの子に渡す。繋がったばかりの腕が露わになる。傷口は塞がってはいるものの、内出血の輪ができてしまっているそこに視線が集まる。
「気にしなくていいよ。ちょっと腕ごと斬られただけだから」
悲鳴があがる。その場にいた家臣全てがリオン様の元へ駆け寄る。私とキャスは部屋の端へと追いやられる。「一体何があったのか」と皆が口々に訊いている。その必死さとは対照的に当の本人はあっけらかんとしていた。
その証拠に訊かれたことには答えずメイドの子に「僕より似合いそうだからあげる」と刀を渡していた。メイドの子はいたく感動したのか刀を胸に抱いて震えてしまっていた。
パンと手を打つ。
「僕のことはあとで説明するよ。それよりも皆に報告があるんだ」
リオン様が人混みを掻き分け、私とキャスの前までやってくる。キャスの手を取り、皆の前まで肩を押す。
「この子がプロントの後釜。いいな?」
「あたくしよりも小さい子供が八大氏族なんてできる訳ございません!」
そう反論したのはリオン様と同じぐらいの吸血鬼の女の子だった。「フィルが八大氏族入りしたのだって似たような年の頃だったろ」と言い返すリオン様の傍目で、キャスは「よろしくー」と覇気のない挨拶を交わしていた。
今後に不安が残る顔合わせだった。今からでも姉として断るべきかなと逡巡する。しかし、そんな不安はあの大人の色香漂う八大氏族のお姉さんが自ら歩み寄り「よろしくね」と握手を交わしたことで消え去った。
夢魔の女帝は続けて私にも手を差し出してくる。
「八大氏族としては迎え入れられなかったけど、御主人様の良き友人として力を貸してあげてくれないかしら」
「はい! みんなの為、ひいてはリオン様の為、良き友人として力になりたいと思います!」
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