主人公の感情をいかに伝えるかについてこの頃、今までのやり方ではいけないと痛感し変更した。改善かどうかはまだ分からない。
これまでは、主人公の内面で起きている感情やそれに類するものについて、書き込むと言う形を取って来た。主人公の思考は別である。あくまでこれは感情の話だ。
でも、それは読者に対して「伝えたつもり」になる自己満足でしかない。
言葉にすると、感情が死ぬ、と言う原理があると思っていて、
例えば、「痛い」と言えば少し痛みが減ったり、「さみしい」と言うとさみしさが少し和らいだりするのと同じで、言葉にすることは感情を言葉の分だけ殺すことになる。
その原理からすると、読み手にとって書き込まれた主人公の想いは、死んだ感情になってしまう。ふむふむそうだね、と客観的に理解することは出来ても、実感することはなくなる。
それに今さらに気付いた。
だから、書き込みをやめることにした。
で、どうするかと言うと、それ以外の方法で、感じさせることを目標に書く。言葉にして明示的に書き連ねるのではなく、文章の気配で、比喩で、シンボルで、または主人公達の動きなどで、漏れ出るようにする。
それはこれまでよりも読み手のことをもっと信頼することでもある。きっと、読み取ってくれるだろうと、直接的な言葉を避けて、伝えようとする。
もしうまくいったなら、客観的な理解ではない、実感に近い感覚で、それは共感とも違う、むしろそれこそが読書体験と言えるものになるのではないか。
そう言う仮説で書くことに決めた。
で、書いた。『桜、はらり』
https://kakuyomu.jp/works/2912051595461772738