〈第13葉〉不穏な噂

 *前回までのあらすじ*


 アンネ=フリージアの墓参のために村外れの教会を訪れたリンネは、教会で働いている修道女らしき娘と出会う。リンネは墓前に花を供え、わずかながら彼自身の過去を語った。

 その足で彼女の薬草園へ向かおうとするリンネを、娘は必死に留める。


「化物が、出るのです」


_______________________________


 ――アンネ=フリージアの薬草園には、魔物が出る。


 そのうわさが広まったのは、薬草園襲撃事件の一年後、つまり今から二年前の事件がきっかけだったという。リンネが到着した夜、老人はその事件のことをつぶさに話してくれた。


 アンネ=フリージアが亡くなり、ワゼット村には医者が一人もいなくなった。当時新しい医者を招き入れる目処が立っておらず、例の正教会への恐怖もあったのだろう。事件の後、若者が次々と村から出て行くようになったのだという。時代も変わったものだ、と、老人はどこか悲しげに話した。


 若者が大勢いなくなった村で、唯一活力があったのは自警団だった。元々、自警団に入るような者は血の気が多い。しばらくは村おこしに奔走ほんそうしていた彼らだったが、「そもそも村がこんなことになったのはあの薬草園のせいだ」として当て付けに薬草園に悪さをするようになった。


 そんなある日のことだったという。


 薬草園におもむいていた村の自警団の男三人が“何者か”に襲われて重傷を負ったのだ。男たちの身体には太い鞭で打ち付けられたような傷が残っており、うち一人は、そのときの傷が原因で死亡した。


「あれは、人間の出来るような所業ではありませんでした。我々の背徳にお怒りになった先生の霊が、魔物の形となって転生したのでしょう」


 亡くなった男の墓前で瞑目めいもくを終えたリンネに、葬儀の際に遺体を見たという教会の娘は至極真面目な面持ちでそう言った。


「以来、薬草園は立ち入り禁止区域となっています。私が以前近くを通ったときには、傭兵ようへいの方々が警備を敷いていました。恐らく、誤って人が近づかないように」

「警備にあたっているのは自警団ではないのですか」

「ええ。村長さんが町から雇ってきた方々です。何度か魔物退治に向かったようですが、残念ながら成果は挙がっていないみたいで……」


 そこまで話して、娘ははっと我に返った様子でリンネの方を向き直った。


「ですから旅人さん、どうか考えをお改め下さい」

「なるほど。それは確かに考えを改めた方が良さそうですね」

「分かっていただけましたか」

「ええ。先に村長さんのお宅に伺うことにします。許可が必要でしょうからね」

「旅人さん!」


 半ば怒りを含んだ声が、身を翻したリンネの背中にかかった。足を止め振り返ると、そこには修道服のすそを固く握りしめて、きつと前を向く娘の姿があった。


「……私は、これ以上人が無為に亡くなるのを見たくはありません」


 あふれ出る情動を押し殺し、必死に理性で取りつくろったような震え声。

 この平和な村で生まれ、修道女として処女を貫いてきたであろう娘はあまりにも純朴で、長い一人旅を続けるリンネの目には眩しすぎるほどだった。


 旅は世界を知ることが出来る。それはつまり、世界の闇を知ることでもある。


 しかし、それをこの無垢むくな娘に説いたところで何になるというのだろう。


「私にだって、の意地があります。そう簡単にこの地で枯れ果てる気はありませんよ」

 リンネはそう言って娘に笑顔を手向けた。

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