根無草放浪記 ~ Wizerd Weedy World

紫縁

[リンネの植物図鑑]

〔本来扉絵があったはずのページ〕

正暦2××年虫踊始月むしおどりはじむるつき某日

 

 やあ。

 この前訪れた町で、たまたまこの古びた植物図鑑を手に入れたんだ。


 てのひらに収まるサイズの、甲冑かっちゅうみたいにしっかりした装丁そうていが僕好みだったから古道具屋のご主人にお願いして譲ってもらったんだけれど、中身は随分と雑な作りになっていてね。


 時代にそぐわないことが載っているのはいいとしても、明らかに間違ったことが書かれているし、中には作者の私的な思い込みのような内容も含まれているんだ。


 乗っている品種の順番もバラバラ、記述法も体系化されていない。誰が書いたものかは分からないんだけれど、正直、学術的な価値なんてほとんどないような代物なんだよ。

 

 

 ……それがちょっと面白くてね。



 僕はこれまで植物図鑑を持ち歩くことはなかったんだけれど、どこの誰だか分からない作者の姿が側にあるような感じがして、気に入ってしまったんだ。


 しかも、挿絵さしえが未完成のまま出版されてしまったみたいで、メモをするにはちょうどいい余白が残っているんだよね。(実際、僕がこれを書いているのは扉絵とびらえがついているはずのページだ)

 

 せっかくの機会だし、この植物図鑑をノート代わりにして思ったことや旅の記録を綴っていこうかなと思う。もし僕がどこか旅の途中で死んでしまったら、誰かが僕の続きを書いてくれることを祈っているよ。

 

 そうやって、ひとの人生は世界と共に一つに繋がっていくんだ。

 あの美しい花の輪環りんかんのように。


 ……ちょっと詩人みたいになっちゃったな。


 おっと、雨が降ってきた。休憩はオシマイだ。

 早いところ、次の村に向かうとしよう。


                                       リンネ

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