〈第4葉〉老人と川

*前回までのあらすじ*


 ガーデナー教と呼ばれる宗教によって、この世界では野生の植物に関わることが禁忌とされていた。ワゼット村の人びとは過激派のガーデナー正教会に対する恐れを抱いているらしい。有益な情報を集めることができないまま、リンネは途方に暮れていた。


______________________________________


 広場には、いつの間にか角ばった帽子をかぶった背の低い男が現れていた。

 左手には何やら重たげな金属製の道具箱が提げられている。


 男が右手をかざして小さく言葉をつぶやくと、街灯にぱっと光が灯った。

 恐らく街灯師というものだろう。都会では既に機械制御の烟気灯ファラム・ランプが発明されているが、こうした片田舎では未だに人力の火炎魔法で明かりを灯しているのだと聞いたことがあった。


 流石に仕事中の村民を捕まえて話を聞こうというのは分が悪い。無表情で仕事を続ける男から目を離して、リンネは空を見上げた。既に日は陰り、薄紫色の雲が不安げにたなびいている。


 ――今日はこのあたりにして、明日に備えようか。

 そう思った矢先である。


 広場の真横を走る小川に架けられた橋の上に、小さくうずくまる人影を見つけたのだ。


 今日はこれで最後にしようと心の中でつぶやき、リンネは重たい腰を上げた。


 人影の正体は、川に釣り糸を垂らす老人らしかった。革のチョッキを羽織った老人はこれまたローブ材で出来た木箱に腰掛け、水面に浮かぶウキをじっと見つめている。


「こんな小さな川でも、釣れますか」


 おくすることなく、リンネは老人に声をかけた。老人はいぶかしげに顔を上げ、リンネの顔に目を凝らした。やはり、顔の左側に布を貼り付けた人物というのは物珍しいのだろう。


「急にすみません、僕の名前はリンネ。リンネ=ライラックと言います。この村に少し用があって来ました」

 にっこりと笑いながら、リンネはまくし立てるように大方の自己紹介を終えた。


「はあ、旅人さんかね」

「そんなところです。どうです、釣果ちょうかは」

「まずまずってとこだ。昔はもっとよく釣れたもんだが」


 老人は片手で釣り竿を引き上げ、改めてリンネに対峙たいじした。わざわざ対応する姿勢を見せてくれるあたり、敵意は持たれていないらしい。

 これは間違いなく情報収集の好機だ。


「少し拝見しても?」

「構わんよ。旅人さんのお眼鏡にかなう魚がいるとは思わんがね」

「ありがとうございます」


 礼を言って、びくの中をのぞき込む。体に斑点はんてんのある数匹の魚が泳ぎ回っていたが、中には既に息絶えて腹を見せているものもいた。


「ムイラ、サルベに、スノウポグですか。大漁ですね、今夜はご馳走だ」

「まあな。ああ、でもムイラは逃がさねえといけねえんだ」


 ああ、一匹死んじまってるよ、と呟きながら、老人はに手をかけた。


「なぜです? もしかして、この村じゃムイラは神の使いだったりするんですか」

「お前さん、なかなか面白いこと言うね。なに、そんな難しい話じゃねえさ」

「というと」

「問題はうちのカカアでな」


 老人はしわの寄った左手の小指を立てながら、苦笑した。


「ムイラの臭えのがダメだってんだ。煮ても焼いても、どうにも臭いが抜けないってんでやたら毛嫌いしやがる」

「なるほど」


 リンネはあごに手を当てて、少し考える素振りを見せた。

 こうなったら、一か八かである。

 

「それなら、ちょうど良い方法がありますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る