〈第11葉〉村外れの教会

 *前回までのあらすじ*


 ワゼット村唯一の宿屋「ローブ亭」で宿を取った翌日、リンネはアンネ=フリージアの墓参のため、村外れの教会へと向かうことにした。

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 ローブ亭を出た後、リンネはクレマチス夫人に渡された地図を片手に教会へと向かった。

 

 昨晩ラモザ老人と出会った橋を渡り、小さな木立を抜ける。木々の種類を識別する間もなく視界には光が溢れ、両脇には青々と茂るオルデ畑が広がった。見通した限りでは、大体二十平方トリュームはあるだろうか。


 トリュームは旧聖カンサス帝国の統治時代に定められた共通単位である。肥育用の家畜であるウォロフの腸の長さを基準とした単位だというが、実際にウォロフの腸を見たことがある者は畜産農家くらいのものだろう。大人の歩幅で十歩くらいの長さ、というのが1トリュームという長さの通説だった。


 ともかく、一つの村の自給自足には充分な規模の広さの畑であることは間違いない。これだけの量のオルデが実れば、収穫期にはこの一帯は黄金色の絨毯じゅうたんが敷かれたように映えるだろう。


 そのまま畦道あぜみちを真っ直ぐ進んでいくと、正面の丘陵の上に小ぢんまりとした古風建築の教会が見えてきた。

 ラモザ老人が言っていた通りの一本道である。

 屋根に掲げられた十字架は日頃の雨風にさらされて傷んでいるらしく、角が取れてりんとした姿を保っていなかった。大きさは都市部の一般家屋とあまり変わらないだろうか。余計な装飾がないことも相まって、十字架さえなければ普通の家だと言われても違和感はない。


 坂を上り、教会の正面に立つ。門戸と呼べるほどもない扉には鍵がかかっておらず、リンネが軽く力を加えると簡単に開いた。


 その内装も非常に簡素なものだった。祭壇の裏に据えられた人間の男の姿をした石造りの神像が暗がりの中でリンネを出迎えてくれた他には、特別目立った設備は何もない。ガーデナー教会によく見られる柱彫刻やステンドグラスの類もなく、木張りの床は歩みを進める度にきしみ、天井の梁は長年の勤めで随分と疲弊しているようにも見える。

 粗雑に並べられた木椅子と長細いその形状が体裁を辛うじて保っているものの、リンネが訪れた教会と呼ばれる施設の中でも非常に貧しい印象を受ける造りとなっていた。


「あの」


 教会内の散策を続けるリンネの背中に、小さく声がかかる。振り返ってみると、入口に白い頭巾を被った修道女らしき娘が立っていた。


「申し訳ありませんが、今日は地霊日でして……」


 年の頃は十七、八といったところだろうか。木箒を持っているあたりを見るに、庭掃除の最中だったらしい。大きな革袋を背負い、片目を隠したリンネの姿にいささか戸惑った様子である。


「地霊日とは?」

「あ、地霊日は地神エレアーデが大陸の霊道を開拓するためにお出かけされる日のことで、教会はお休みなんです」


 どうやら、ここでまつられているのはエレアーデと呼ばれる土着神らしい。となると祭壇裏の石像はその神を模したものなのだろう。聖カンサス帝国が支配する以前、つまり、ガーデナー教がこの大陸の一神教として浸透する以前から、こうした小さな農村部では土着信仰が存在している。


「あの、旅のお方ですか?」

「そんなところです。あなたは、この教会の神官ですか」

「は、はい、一応。父に比べればまだほんの見習いですが」

「では、お父様がこの教会の神父をなさっているということですね」

「ええ、そうなります。父は今村長さんのところに行っていて……帰るのは夕方頃かと」

「なるほど――失礼ですが、あなたが神官となったのは何年前でしょうか?」

「え? あ、はい、私がおつとめを始めたのは四年前のことで――」


 この村で診療所の放火事件が起きたのは、三年前のことであると聞いている。

 ならば、夕方まで待ちぼうけを食らう必要はないだろう。


「あの……それで、何かご用があるのでしょうか」


 不自然な質問を続けるリンネをいぶかしむように、娘は少しだけ語気を強めた。リンネは一つわざとらしく咳払いを入れ、頬を崩した。


「フリージア先生の墓参りです。案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

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