〈第10葉〉目覚め

 *前回までのあらすじ*


 ワゼット村唯一の宿屋「ローブ亭」で、リンネは宿主であるラモザ老人からアンネ=フリージアについての話を聴いた。植物学者として名を馳せていたアンネ=フリージアはかつての世界宗教の一派であるガーデナー真教会に目をつけられ、殺害されたのだという。寝室へ案内されたリンネに、ラモザ老人は「更に話しておかないといけないことがある」と告げるが……。


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 翌朝、フロントを小さくまとめたような塩梅あんばいの201号室でリンネ=ライラックはまばゆいばかりの朝日を浴びた。


 彼を目覚めさせたのは、ローブ材に囲まれた部屋の中で唯一素材を異にする石電話である。詳しいことは知らなかったが、基本的な仕組みは雷電系の魔法術の原理を用いているらしい。

 クレマチス夫人のモーニングコールを受け、リンネはのろのろと鈍い動きでベッドをい出して大広間へと向かった。


「おはよう、リンネ先生」

「おはようございます」


 そこには既に朝食を済ませ、茶をたしなむラモザ老人の姿があった。夜に出会ったときとは異なって、襟口えりぐちの緩い寝間着姿である。


「かかあが朝食の準備はもう出来とるから、食べるようにってことだ。それよか、リンネ先生。昨日教えてもらった野草茶ってのは最高だ。そのへんに生えてる草が、まさかこんな味の飲み物に化けるとはな。……名前はなんといったかね」


「【バター・ヘルバ】です。ポルカ目ヘルバ科ヘルバ属。このあたりではよく目にするでしょう? 昔から薬として使われてるんですが、意外と香りも悪くないんですよ」


 軽く薀蓄うんちくを垂れながら、朝食の席に着く。

 テーブルには昨晩に次いでムイラの蒸し焼きと、野生のコバルのものと思しき干し肉、オルデパンが並んでいた。昨日言っていた、リベット氏の農場で穫れたオルデを用いたものなのだろう。


「そういえば、この村ではオルデの生産が盛んという話でしたが」

「ああ、昔はそれなりに有名だったさ。だが、昨日も言った通り最近は全くだ」


 思えば、この村に来て最初に話した男もそんなことを口走っていたような気がする。


 老人の話を聞きながら、リンネはパンをかじった。柔らかい繊維質が舌の上を転がり、ほのかな甘味が口の中に広がる。馴染み深い植物由来の、安心する味だ。


「天候不順でも続いているのですか?」

「いんや、そういう訳でもねえだろうよ。雨も適当に降っとるしな。わしはオルデの専門家じゃねえが、伊達に長い間この村で生きとらん。ここ数年のお天道てんと様も、今までの数十年と何ら変わっとらんさ」

 そう言うと、老人はやけに気取った手つきで茶をすすった。


 老人の言う通り、オルデは比較的降水量が多く、温暖な地域で育つ穀物だ。雨気質のセンティフォリアの中でもワゼット村のような南方に位置する村は格好の条件下といったところだろう。元々生産の安定性は高い穀物であるだけに、天候不順でもない状態で不作が続くというのは確かに不思議である。


「そうだ、先生。今日はどうするつもりなんだい?」

 ムイラの小骨を取り除きながら首を傾げていたリンネに、老人はそう尋ねた。


「はい、墓参も兼ねて教会へ行こうかと。確か、葬儀が行われたのは村の外れでしたか」


「ああ、昔からある小さな教会だよ。村で一番大きい教会はガーデナー教でな、真教会とは別の系列らしいが、そんなとこじゃ居心地が悪いだろう? もっとも、あの教会も今じゃ廃れちまったが……まあ、気の毒といえば気の毒さな」


 その言葉は変に辿々たどたどしいものだったが、リンネには老人の言わんとしていることは充分理解出来た。命の恩人を殺害した人間が信じる神を信じようと思う人間は、まずいない。


「教会は広場の横の、そう、例の橋を渡った先にあるオルデ畑を抜けた先だ。一本道だからまず迷わねえとは思うが……そうだな、村の地図を持って行くといい。後でかかあに聞いて出して貰っとくさ」

「ご厚意に感謝します」

「いいってことよ」

 そうと決まれば、善は急げである。リンネは残ったオルデパンに干し肉を挟んで口に放り込み、それを水で喉奥に流し込んだ。


 が、その一部が運悪く気管に入り込んでしまったらしい。


「お前さん、やっぱりフリージア先生によく似てるぜ」

 盛大にむせ返るリンネの姿を見て、ラモザ老人が豪快に笑った。

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